14『森で見たもの』
「はーい、まいどありがとうねぇー」
時刻はランチタイム。
芝生広場付近に立ち並ぶ出張屋台のひとつでは、フードを被った小柄な少女が、商品を受け取るところだった。
「ありがとうございます!」
フェルカはパンの入った紙袋を持って芝生広場へ。
彼女が毎食きちんと食べられるのは、他でもない気力のお陰だった。
食べなければ窶れ、窶れれば周りに気付かれる。
幸い、食べたものを戻してしまうことは無かったため、フェルカは絶対に食事をおろそかにしないと決めて、それを実行してきたのだった。
(目立たないところで食べよう...)
モニカには"他の子と食べる約束をしている"と言って断ってある。彼女に見つかって気まずいことにならないためにも、芝生広場を奥へ通り抜けた先にある森林エリア付近へ行こうか。
そんな算段が立った矢先、
「ねーねー、スペンスさん。私タチと一緒に、ご飯食べましょうよぉー!」
「やっぱ女子は根性無しの男子と違って積極的だねぇ...けど、悪いな嬢ちゃん方。俺は先約があんだ」
大学部ローブの、キャピキャピした感じの女子たちと、それに囲まれている絶世の美男子。
本人はスペンスと名乗っているようだが、その整った顔は間違いようもない。
「えぇー!?それじゃあそのコも私タチと一緒に食べればいいじゃないですかぁー?」
グループのリーダー格らしき女は、あからさまに"スペンス"の腕に巻きついて、その豊満な胸を押し付ける。フェルカの目から見てもちょっと品がない。
「言われてみりゃ、そりゃあまあ一理あるっちゃある」
「ほんとですかぁー!?じゃあ私タチと...」
「だがまあ、アレだ。俺はそいつと二人っきりがいいんでな」
言って、"スペンス"は自然なそぶりで女の腕をほどく。
「悪いな、嬢ちゃん方。俺ぁ嬢ちゃん方にはなびかねえと思うぜ」
「...!?」
こうもアッサリ振られるとは思ってなかったのだろう。女子たちは困惑に言葉を失う。
「ま、全員そこそこ美人なんだし、他にノリのいい男でも見つけてくれや。んじゃあな」
「え...ちょ、ちょっと待ってよぉ!」
"スペンス"は爽やかな笑いを残して、そのまま何事も無かったかのように芝生広場を歩いていく。
――――と。
「お?」
「ほぇ......!!?」
"スペンス・ノート"改め、セイン・サンペーターと目が合ったのは、それから間もなくのことである。
「おおっとちびっ子っ!いいタイミングでいやがるじゃねえか!!」
「ほよ...ゔぅ...!?!?」
ニカニカ笑いながら駆け寄ってきたセインは、問答無用でフェルカの頭をフードごとぐりぐりと撫でくり回す。
「ひゃっ、やめ、やめてくださぁい...!!」
「おっと」
フェルカが頭上で両手を振るので、セインは戯れを一時中断。
「悪りぃな嬢ちゃん。いやー、ちょっといま困ってたもんでさぁ。俺、嬢ちゃんかあの坊ちゃんがいねえかなーなんて思ってたんだよ」
「ほよ...?なんで私たちを探してたんですか...?」
「アー...厳密には、探すために探してたんだよ」
「ほよよ...???」
首をかしげるフェルカの前に、甘いマスクの美男子はドカッとあぐらをかいてぼやく。
「アイレイだよ、アイレイ。いっつも昼の時間は一緒に食べてんのによぉ...今日は時間になってもなっかなか来ねえんだ」
「ふむふむ...ぇ、それでどうして私かユリムさんなんですか?」
「うん?あれ、俺言ってなかったっけ?俺、ダチらしいダチが今までアイレイしかいなくてよ。だから、頼れる先がお前ら新規友達様二名限り、てなわけ」
「なるほど...つまりセインさんは友達がアイレイさんしかいないんですね...」
「俺いまサラッと友達拒否された?」
「ふむむぅ...」
フェルカはアイレイの姿は見かけていないのだが、この際セインに気になっていることを尋ねてみることにした。
「セインさんって、いつもアイレイさんと一緒なんですよね?二人ってその...カップルなんですか?」
すると、セインは「アー...」と面倒くさそうに唸る。
「...いいや。アイレイは普通に友達。手は出してねえし出す気もねえ。ついでに言うと、俺が安心してアイレイと一緒にいんのは、あいつが俺の貌にいちいち蕩けたりしねえからなのさ」
「内容にも詳しく突っ込みたいところですけど...なんでそんな怠そうに喋るんですか...?」
「そりゃあお前、似たよーなコト何べんも聞かれりゃ怠いだろ」
なるほど、とフェルカは思う。セインは朝昼見ても色恋事に巻き込まれる、すなわち台風の目であり、彼とアイレイについて言及されることが多いのは想像に難くない。
「気になるならみんな一斉に聞きにきてくれよな...あ、いっそ俺からみんなに御一報しちゃうか?"セインとアイレイは友達です"って全学部の掲示板に...」
「ほえぇ...!?」
「冗談に決まってんだろ。お前ってば反応素直だなぁー」
セインは笑いながら、フェルカの頭をうりうり。
「そんで、アイレイ見てねえ?」
「ごめんなさい...見かけてないです...」
「そっかぁー、んじゃまあ、も少し探してみっかなぁー。このあたりには来てるだろうし。あんがとな、嬢ちゃん」
言って、セインはフェルカの顔を覗き込み、
「ほーらよっ」
ぱちんっ、とウインクした。
「ふぇ...」
「ギャハハ!!また照れたなコノヤロー!」
「も、もう...!!遊ばないでくださいっ!っていうか、そういうこと他の女の子にもやってるんですか...?それじゃセインさんが恋愛事で恨まれるのって、自分で蒔いた種ですよ...?」
「まさかまさか。俺は恋する乙女の視線には敏感なの。ちゃーんと誰にどこまでやっていいか分かってんの。恨み買うのは、ただ俺の貌見ただけで落っこっちまった女絡みだけだよ」
「ほんとに罪深い顔してますねセインさん...」
「ギャハハ!!罪深いたぁ詩的なコト言いやがる!!そうだなぁ、美しいって罪かもなぁ...なんちって!ギャハハハハ!!」
「疲れる...」
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セインと別れて、フェルカは一人、芝生広場を抜けて森林地帯へと向かう。
アカデミーの森林エリアは、少し、不思議な場所だ。
エトルクの東部に広がるシュマ大森林と繋がる広大な森の一角。フェルカが来たこの区域は、植物学用の林試場になっていない、シュマの大森林がありのままに木々を生い茂らせているエリアだぅた。
ここにいると、フェルカはどうしてか気持ちが和らぐ。なんだか森が自分を肯定してくれているような、そんな不思議な温もりを感じる。ただの気のせいなのか、フェルカの習っていない神秘作用のひとつなのかは、知り得ないが。
今日も人目のないのを確認して、不思議な安心感を放つ森の大木に身体を預け、フェルカはパンを食べ始める。
(......落ち着くなあ)
森は静かで、ひんやり涼しい。日光が遮られているのも今日のフェルカには高評価である。
フェルカが心安らぎながらもっきゅもっきゅとパンを食べ、水筒の茶で栄養を胃に流し込んだ頃のことだった。
「足元にはお気を付け下さい、レディ」
「はい...ありがとうございます」
静まり返った森に、男女の声と足音が通り抜ける。
(...??)
誰だろう。見つかりたくないな――――そんな思いから、フェルカは手際よく昼食の片付けを終えると、近くの茂みに小さな身体を潜り込ませる。
茂みからあちらの様子を伺うと、向こうの二人はちょうどそばに倒れていた大木に腰かけたところで――――
(あれは...アイレイさん...!?)
セインの探していたアイレイだ。セインの約束を破ってこんなところにわざわざ来るなんて、いったいどういうことなのだろう。
そして、アイレイの横に座った人物に目を移して――――フェルカは、思わず声を上げそうになった。
「急な呼び出しで申し訳ありませんでした。謝罪させていただきます」
そう言ってアイレイに頭を下げるのは、紳士然とスーツを着こなした初老の男性。
年老いて落ちたのかもともとなのかは分からないが、髪は銀色。瞳も髪と同じ色をしている。
「そ...そんな、謝られるなんて、私...!」
アイレイが動揺に近い困惑をするのも無理はない。
その男に頭を下げられるなど、剣術科にて剣の極みを目指す彼女にとっては畏れ多すぎるというもの。
「そこまで身構えられてしまうとは、フム...私も少々、自分の立場を弁えねばならないようですね」
優雅ににこやかに、そんな男の表情はカナギアのそれにそっくりだ。
いいや、おそらく順番的には彼が先で、カナギアは彼の影響を受けているからああなのだろう。
「それで...私にお話って、なんでしょうか?」
どこまでも腰の低い相手に戸惑いつつ、アイレイはその名を呼ぶ。
「デザンクロ先生」