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デザンクロ研究室の長い午後  作者: 門部ラン
序章『フェルカ・フィリーの秘密』
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13『少女の祈りと吸血鬼』


晴れの日、すなわち芝生広場が利用できる日は大抵みんな出払っている。


(これなら、あんまり目立たずに教室に戻れる...)


朝は自分を悩ませた快晴に今は感謝しながら、フェルカが無人であろう教室に入ると――――黒い瞳と目があった。


「!!」


席に座って本を読んでいた彼の名はトーマ・コルデ。

状況的に言うまでもないが、フェルカのクラスメイトである。


フェルカが戸惑ったのは、トーマの座っている席がフェルカの席だったことと、


「君の席、そっちだよ。朝に席替えしたから」


トーマの方から話しかけられたのが、初めてだったからだ。


「う――――うん。ありがとう、トーマ君」


「......」


ワンテンポ遅れて返事をすると、トーマはそれに何の反応も返さずに視線を本に戻す。


今のように、トーマはどうしても必要な時にしか口をきかない。もちろん、言うことも必要最低限である。

フェルカが午前中を保健室で過ごしたことなど一切触れてこない。


フェルカは自分の新しい席に向かいながら、無口なクラスメイトに勇気を出して話しかけてみる。


「あ、あのね。トーマ君」


「......」


トーマは本から目線を上げて、訝しげにフェルカを一瞥、そして、まだフェルカに連絡すべきことが残っていると思い至ったようだった。


「...朝に配布したプリントなら、机の上に置いてあるよ。二枚」


「え?う、うん。そうだね。ありがとう」


「僕じゃないよ。プリントを整えてくれたのはビーズリさん」


フェルカは自分が距離を置かれているのを明確に感じ取った。トーマは誰にでもそうだ。現に、彼はこの昼休みを、教室で一人静かに過ごしている。


フェルカはだんだん空気が気まずく思えてきて、何かトーマと話せそうなことはないかと、咄嗟に机上のプリントを手にとった。


「ぷ、プリントの中身はなんだろー?」


少女はトーマの耳に届くよう、わざと大きな声読み上げる。


「んーと...『ブラッディ・エンディについての注意喚起』『赤薔薇同盟(ラシュ・アリアンタ)についての注意喚起』――――ぇ......?」


そうしてフェルカは、自分が悪手を通り越して地雷を踏み抜いたことに青ざめる。


「......」


少年のなんともいえない沈黙にフェルカが慌てて弁解しようと思ったそのとき、


「フェルカ...?」


聞き慣れた、そして不安げな声に呼ばれた。

振り返った先にいたのは、赤みがかった茶髪をおさげにした女の子。

フェルカがいちばん親しくしているクラスメイト――――モニカ・ビーズリである。


「モニカ...?」


「貧血、大丈夫だった......?」


モニカは不安そうな目をフェルカから逸らして、控えめに言う。


「私、すごく心配で...いまも、フェルカがよくなりますようにって、教会へお祈りに行ってきたところだったの」


「そ...そうだったんだ」


カナギアの予想ど真ん中な事実に彼女の実力を感じつつ、フェルカは引っ込み思案な少女の手をとる。


「ごめんね、心配かけちゃって。でも、もう大丈夫」


「ほんとに...?いまも顔色よくないよ...?」


「大丈夫だよ」


強めに言い切ると、モニカはそれに気圧されて頷く。

こんなふうに友達の了解を得るのは罪悪感を覚えたが、背に腹はかえられないのもまた事実だ。

心の中でモニカに詫びていると、ふいに彼女は、


「あ...それ...」

「!!」


フェルカの手に持っていたプリントを指差して青ざめる。


二枚のプリントのトピックは、このエトルク国内の二大凶悪犯罪者。

厳密に言えば、片方は国内最大の犯罪テロ組織で、もう片方は国内最大の連続猟奇殺人鬼である。


BLOODy(ブラッディ・)-ENDy(エンディ)とは"出会ったが最後、生き血を一滴残らず抜かれて殺される"という評判から巷で勝手に付けられたあだ名である。

本名も性別も正体不明のまま、エンディがエトルクの闇に潜んでもう二十年近く経つ。

圧倒的な強さを誇り、数多き謎を孕んだその存在は、もはや都市伝説か怪物の類にまで昇華されつつある。


本来ならば公安(ウィート)は全力を挙げてエンディと戦わねばならないのだが――――それを阻んでいるのが赤薔薇同盟(ラシュ・アリアンタ)、通称赤バラだった。


ここ一、二年、赤バラはますます活動が活発になっていた。


その理由は不明だが、公安(ウィート)が彼らに手一杯で他の事件事案に力を割けないことも、エンディがいま野放しにされている原因のひとつだろう――――と、フェルカの父もぼやいていた覚えがある。


「もしも出会っちゃったらどうしよう...」


モニカは自らを落ち着けるように、胸の前で両手を組み、目を閉じる。

ビーズリ家は熱心なガウラ教で、モニカ自身もまた家族の影響を受け、ひたむきな信仰心を持つ少女だった。


「だ、大丈夫だよ。たしかに、想像するのは怖いけど...エンディは暗い路地裏にしか出ないし、赤バラだって、きっと公安さんたちがなんとかしてくれるよ」


「うん...そうだね...」


不安を取り除こうとするフェルカだが、モニカの顔は依然晴れない。

それもそのはず。エンディと赤バラという二つの持つ共通点は、ガウラ教徒にはひときわ大きな戦慄と恐怖を運んでくるのだ。


「聖書にあった通りの怪物だよ――――吸血鬼は」


吸血鬼。

それは、フェルカたちの生きる人間社会に紛れ込んだ、人の生き血で命を繋ぐ"怪物"のことだ。


「吸血鬼は悪魔の遣いだから、残酷なことが大好きなんだって、神父さまが言ってた。だから赤バラなんて悪い組織を作って、ガウラ様のお造りになった人間(ひと)の子の命をたくさん奪うんだって」


モニカの言う通り、膨大な数を誇る赤バラの構成員はすべて吸血鬼。

彼らは"吸血鬼至上主義"と"本能回帰"の二つを掲げて、吸血鬼本来の残虐嗜好を満たすために人間を襲う、そんな凶悪極まりない犯罪組織なのだ。


また、ブラッディ・エンディに関しても、吸血鬼であるとの説が有力とされている。これは、エンディの残虐嗜好はもちろん、高い能力も吸血鬼由来のそれである可能性が高いからだった。


すなわち、エトルクの平和を脅かしているのは、とにもかくにも吸血鬼なのである。


「ああ、ガウラ様――――この残忍な悪魔から、どうか私たちをお守りくださ...」


ガタン、と大きな音がして、少女たちは振り返る。

そこではちょうど、席から立った少年が本を片手に教室を出て行くところだった。


「......っ、」


待って――――フェルカはそう口を開きかけたが、彼女の隣では、モニカが怯えた顔でトーマの背中を見送っている。その両手はますます固く結ばれ、彼女はどうしようもなく目を伏せて、神に祈る。


結局、フェルカの蒔いた誤解の種も、モニカの祈りもそのままに、トーマは二人のほうを振り向きもせず、足早に教室を出て行ってしまった。



...吸血鬼の中で、人間社会に紛れて日常を送る者も少なくない。

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