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海の向こうの港での話

■英国/港/朝

アルバート:ハーイ、タケヒト!

壮人:バーティ……!驚いた。どうしたんだ、こんな所で。

アルバート:君が帰ってくるという報を聞いてね。こうして迎えに来てあげたというわけさ。感謝するがいいよ。寛大なこの私にね!

壮人:そうなのか。わざわざありがとう。

アルバート:長旅で疲れただろう。君の国は世界の端すぎるんだ。可哀想にね。久し振りの祖国はどうだった?楽しかったかい??

壮人:ああ……そうだな。……まあ、懐かしかった、かな。

アルバート:なるほど。楽しくはなかったというわけか。

壮人:……。

アルバート:うん。好都合だ。そのまま帰国なんてことにならなくて良かった。私がどんなに心配したことか。タケヒトが帰らなかったら私は退屈で死んでしまうだろうよ。

壮人:大袈裟だな。……ところで、君は一人なのか。勝手に出てきて、大丈夫なのだろうか。

アルバート:いいや。今頃、屋敷の使用人たちは狼狽しているだろうね。

壮人:バーティ……。君のその自由奔放な性格は長所でもあるが、短所でもある。

アルバート:高い位にある者は、若い頃に自由な方がいいのだよ。どうせ、将来は地位に束縛されるのだからね。父も母も、今のうちに遊んでおけと言っているから問題はないさ。

壮人:お父上はこの間、僕に嘆いていたように思うが。

アルバート:おーや、そうかい。まったく、嘆かわしい。父上ともあろう者が。自分の発言に責任を持ってほしいものだね。

壮人:僕を迎えに来てくれたと言うことは、僕と一緒に帰るということで間違いはないだろうね。

アルバート:ああ、いいよ。君は私の客人だからね。ちゃんと君の部屋もそのままさ。掃除は、なんとこの私が直々にしてあげたよ。

壮人:本当かい? それは随分珍しいことをしたな。ありがとう、バーティ。

アルバート:感謝したまえよ。

壮人:ああ。勿論だ。……そうだ。いくつか土産の品があるんだ。後で見せるよ。

アルバート:おお。土産!楽しみだな。シュンガはあるかい?

壮人:しゅ……。……。バーティ。どこで覚えたんだ。そんな言葉を。僕は君の前で一度も使ったことがないはずだ。

アルバート:僕は勤勉家なんだ。自主勉強は怠らないよ。興味があるものに対してはね。

壮人:……春画はないよ。

アルバート:なんだって!

壮人:当たり前だろう。僕は家にも持ってないよ。一枚もね。

アルバート:君の国では、男も女も人々は皆所有しているものではないのかい?

壮人:持っていないよ。止めてくれ。僕らはそんなにふしだらではない。

アルバート:嫁入り道具と聞いたが?

壮人:よ……めいり道具は……確かに、その……。枕絵は女が嫁入りする際に教本として持っていくらしいが……。

アルバート:ほら。

壮人:し、しかし、僕は女ではないし姉妹もないから真実の程は分からない。全て推測だ。明るいうちから止めてくれ。こういう話は、僕は好きじゃないんだ。会話の話題としては不適切だ。

アルバート:ははは。タケヒトはピュアだな。……それはそうと、部屋を掃除している時に写真を見つけたよ。ほら、あのデスクに置いてある写真だ。

壮人:ああ。三人で写っているやつだな。

アルバート:そうだ。君が左にいる写真だ。他の二人は国の友人?

壮人:ああ。中央が雅仁で、右が有月友之という。

アルバート:アリツキ……。聞いたことがあるな。

壮人:有名な家筋だよ。君の家程ではないだろうけど。

アルバート:タケヒトのクジョーも有名なんだろう?

壮人:一応、“御七家”の一つではあるな。

アルバート:そうそう、“ゴシチケ”!その、マサヒトっていうのは御七家でもないのに、君と一緒に並んでいていいのかい?

壮人:ああ。勿論。雅仁は僕らよりも断然に家柄が良いからね。彼は“主柱”になるかもしれないお人だ。

アルバート:“主柱”? それは何。

壮人:え? うーん……。国の心、とでも言うのだろうか。

アルバート:国王ということか。

壮人:国王……ではないんだ。ええと……うーん。そうだな。例えば、目の前に薔薇の花と百合の花があるとして。

アルバート:……?

壮人:雅仁が薔薇の方が好きだとする。そうすると、百合よりも薔薇の方が好きな国民の方が多くなると言われている。

アルバート:何だって?

壮人:つまり、彼は僕らの国では文字通り、中心なんだ。彼の心身の健全が、最も重要とされている。

アルバート:……ごめん、タケヒト。意味が分からないんだが。それは何か。魔術的な意味でということ?

壮人:呪術的というほど朧気ではないらしい。制度的と呼んでもいいと思うよ。

アルバート:……???

壮人:ちょっと難しいか。伝統的な話は他国の人に伝えることは困難だな。要は、雅仁はとても地位のある人物で、僕らは彼が心身健やかに成長できるように配慮する義務があるんだ。だが、勿論彼も一個人であるから、色々あるようだけどね。僕は彼がとても好きだよ。大切に思っている。

アルバート:へえ。それはいいね。それじゃあ、私は君が、君の国の次の支配者になることを祈っているよ。

壮人:何だって?

アルバート:君の国には国王がいるが、実質的に支配する者はまた違うのだろう?

壮人:……? バーティ。君が何を言っているのか、僕には分からない。

アルバート:どうして。

壮人:僕は国に尽力するつもりだが、支配者になるつもりはないよ。

アルバート:そうなのかい? では、そのマサヒトを大切に思っているというのは、“普通に”大切だということか。まさかそんなわけがないだろう?

壮人:普通に、友人として大切だと思っているよ。

アルバート:それは君、欲が無さ過ぎるよ。

壮人:何故、ここで欲の話になるのか。

アルバート:だって、今の君の話を統括すると、要はそのマサヒトに好かれれば、君の国の民の大半が君に好感を持つということだろう?

壮人:それは……。まあ、そうかもしれないが……彼は常に中立中庸を心得ているよ。

アルバート:心得ていることと、実行できているかはまた別の話だろうさ。今の話が本当であるのなら、君や、君に似たポジションにいる者は、上手く事を運べば、容易く国を牛耳ることができそうだ。

壮人:そんな、悪意を持って雅仁に近づこうとする者はいないだろう。彼は高潔で不可侵な存在だ。それは我々国民にとって、深く根付いている。

アルバート:そうなのか。なんだ。君が支配者になれるよう、私は協力するつもりでいたのに。彼はお人形のように可愛らしい様子だったが、恋人はいるのかい? 彼の愛を得るのは無理そうなの? ここだけの話だがね、壮人。愛らしい同性を抱くことは、この国では貴族の嗜みでもある。私もそのうち見つけるつもりだよ。結婚前にね。

壮人:……。

アルバート:どうした?

壮人:……今君が言ったことを、僕は今まで考えもしなかった。しかし、それは可能かと問われれば可能であって、とても怖ろしいことのように思うよ。

アルバート:おいおい、タケヒト。冗談だろ。君はおかしい。

壮人:おかしいだろうか。……愚かであることは間違いなかろうが。

アルバート:私の国にそんな役割の者がいれば、私は真っ先にそこに言って彼の愛を得るね。

壮人:だが、それではまるで雅仁が道具か何かのようだ。

アルバート:だから、彼は魔術でいう贄のようなものなんだろ? ……まあ、魔術ではないらしいが。

壮人:……。

アルバート:ねえ、タケヒト。君、今からでもその“主柱”の心を射止めたらどうだい。君ならやれるだろう。君が極東の支配者になれば、私がいるこの国と同盟でも組もうじゃないか。君とだったら、敵無しになれそうだ。君、仲はいいんだろう? どのくらい親しいの? 一番の親友と呼べるのであれば、ゴールは目前だ。

壮人:……いや。彼に今、一番近くにいるのは……。

アルバート:ああ、待って。馬車を掴まえる。……おい。そこの御者!

御者:……うん?


アルバート:私の名はアルバート・フレデリック・アーネスト・ハーヴェイだ。自国の王子の名を知らぬ者はおらんだろう。ノーフォークの宮殿まで頼む。




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