寝台の上の愉快な話 弐ノ陸
■躑躅邸/廊下/夜
友之:やあ、直枝さん。ただいま。
直枝:お帰りなさいませ、友之様。
友之:雅仁は部屋にいるだろうか。
直枝:ええ。ですが今はお医者様が診察なさっているので、もう少々こちらでお待ちくださいますようお願い申し上げます。
友之:ああ、残念だ。折角急いで戻ってきたというのに。彼は今あの医師の手にあるのか。いや、良いことだ。彼の足が少しでも良くなることを、僕は切望している。……そうだ。直枝さん。
直枝:何でしょうか。
友之:この冊子なのだけれど……すまないね、少々歪で。父の裁断機を拝借したのだけれど、調子が悪いようなのだ。しかし実に興味深い、良い論文が載っている。民話を収拾して細分化したもので、なかなかここまで調べ上げたものはなかろうね。是非雅仁に捧げようと思っているのだが、しかし彼は今、壮人からの洋書に夢中のようだ。彼から贈られた書物はあと何冊ほど残っているのだろうか。
直枝:先日頂いた冊数は二十五冊ございます。明日、三沢様が更に三十冊ほどお持ちくださるそうです。
友之:随分多いな。では、それらが読み終わった頃に雅仁に勧めるとして、取り敢えずは図書室へ置かせてもらってもいいだろうか。
直枝:勿論です。
友之:ありがとう。この論文が彼の知識になることを祈るよ。雅仁に読まれる書物たちは、皆幸福だ。書物ほど、誰にも邪魔されず個人に直に訴えかけるものはない。俺も何か書いてみようか見当したくなる。ところで、診察はいつから始まったのか。
直枝:三十分前からです。
友之:では、そろそろ終わる頃だろう。待たせてもらおう。僕も壮人の洋書を読んでみようかな。暇潰しには丁度いい。
・・・・・・・。
■躑躅邸/寝室/夜
友之:やあ。帰りましたよ、雅仁。
雅仁:お帰り、友之。壮人は無事に出たか。
友之:勿論。君に、ありがとうと伝言を承った。確かに伝えたよ。しかしそんなことよりも君のことだ。本日の体調は如何だろうか。
雅仁:うむ。今日は良好だ。先程まで遠山に診てもらっていたからな。
友之:それは何よりだ。
雅仁:壮人の持つ異国の話を聞き終わらぬうちに再び渡英となり、彼の置いていった洋書は幾許か退屈を紛らすが、とは言え僕はまた当面退屈でありそうだ。友之。今日は何か学校の方で、街の方で、愉快なことはあっただろうか。
友之:愉快なことがない日々というのは、実は少ないものなのだよ。日常と呼ばれるものは往々にして、それ自体が小さな異常の連続であるのだ。さあ、今日も君へ、愉快な話を贈ろう。
……。