「あ」
「貴方なんて大っ嫌いよ!」
私の何度この言葉を言っただろうか。
それぐらい、何年もこの言葉を告げているにも関わらず、当の言われている本人は笑みを浮かべている。あの顔が嫌いだ。
顔の造形がおかしいとかそういうものではない。現にあの顔に吸い寄せられるように令嬢達があの男の周囲に群がっているのだ。
戦いの前線で活躍していただけあって、細身の体の下には引き絞られた肉体、そして整った顔立ちの女の子ウケする甘いマスク。藍色の髪をなびかせ、その切れ長の瞳で見つめられただけでバタバタと倒れる淑女の多いこと多いこと。
なぜ私があの男の軍服の下の筋肉事情に詳しいかと云うと、とある事情で知ってしまっただけのこと。不可抗力だ。決して私があの男の服をひんむいた訳ではないので勘違いしないで欲しい。
「シィラ、君は本当に強情だね。ほら、その可愛い顔を私に見せておくれ」
「殿下、気持ち悪いと申しておりますの、その御自慢の顔を近づけないで下さいませ!」
男が私の体を抱き込み、顔を近づけてくるじゃありませんか。
鳥肌ものです、ああやだやだ。帰ったら塩をまかなければ…!
顔を近づけてくるのをせめてもの抵抗で男の胸板を押し返しているが、ぐぐっと顔を寄せられてしまう。
私も馬鹿ではない。今日はいつにも増して歩きづらい、踵の高い靴を履いてきたのだ。
男の足へ、力の限りグリグリと踏んでやった。
さすがにその攻撃は思いも寄らなかったのか、男が顔を顰めたのだが、それも一瞬の事。すぐに先ほどより極上の笑顔を見せてきたではないか。
この男、ドMなのかしら。
そう思った私を許してほしい。
あれだけ全力で踵で男の足を踏んでいるのだ、男が変態という事に至っても致し方ない。
「…あの時の約束をお忘れで?」
「もちろん…覚えてるとも」
その瞬間に抱き込まれた男の手が緩んだ。私はその瞬間を逃さない、男から素早く離れる。
この大広間のパーティで目立つ行為をしてしまったが、そこはそれ。
あの男が抜け目ないとは思えない。
きっちり自分と私だけをうまく空間を隔離していたのだろう。
王族に伝わる秘術とやらはこういうことに便利だな、とよく思う。
「……じゃあまたね、私の愛しい姫君」
もう顔を見せないで下さいませ。
私がその言葉を言うよりも先に、あの男は大衆に紛れ込んだ。
これもいつものこと。
男は令嬢たちに囲まれ、その中から一人を選び、どこかへと姿を消す。
私を口説くかのように甘い言葉を吐いた後、まるで先のことは無かったかのように他の令嬢たちに手を出す。
そのような男に誰が嫁ぐものか。
だから。
「……大嫌いよ、貴方なんて」
遠い、遠い日の約束。
――ねぇ、シィラ。どうしたら僕のお嫁さんになってくれる?――
――わたしより強かったらいいわ。ロエンのおよめさんになってあげる!――