拝啓 愛し貴方
雪が溶ければ、此の気持ちも溶けて無くなりますか。
めっきり足腰の弱くなった祖母と、二人きりで暮しています。其方は、お変わり有りませんか。幸せ、でしょうか。そうでないと困ります。貴方が幸せに暮せるように、と、私は貴方を手放したのに。
こんな手紙なんてよこして、何を綺麗事をほざいてやがる、とお思いでしょうか。ええ、其の通りです、全く。本当に貴方の幸せを想うのならば、こんな手紙は送るべきでは有りません。
貴方はきっと私のことなんて、忘れたいでしょうから。
けれど、御免なさいね。せめて、最後に、いいえ、もう読まなくったって結構です。私は、是を書く事で、貴方のことを忘れようと思っているのです。きっぱり、抹消しようと考えているのです。
そんなこと出来るかどうかなんて、判らないけれど。
ねえ、貴方。覚えてらっしゃいますか。あの日も、こんな肌寒い冬でした。借金取りに追われている私を、貴方は匿って下さいました。とても、とても、嬉しかったのですよ。今まで、こんな私に良くして下さった方なんて、そうそう居ませんでしたから。
そして、是からも居ないでしょうから。
ああ、いけませんね。何か書くと、未練がましい響きになってしまう。実は、今でも貴方のことが、死にたいぐらいに好きなんです。
時間が全てを解決してくれる、なんて言葉、信用してはいけません。現実は、其の逆。時間は全てを難解にしていくのです。其の証拠に、私の貴方へ対する想いも、もう言葉なんかじゃ表せないぐらい。さっき申し上げた、「死にたいぐらいに好き」なんて言葉も、適切では無いのに、其れぐらいしか言葉が見付からないから、仕様が無く、そんな言葉で飾ってる、と謂う具合なのです。
ふふ、笑いますか? 私は、大馬鹿ものなのです。貴方様と、違って。
其れと、貴方に感謝の言葉を述べなければ。有難う御座います、私の残りの借金を代わりに払って下さったのですね。手切れ金、のつもりでしょうか。もし、そうなら、こんな手紙、本当に書くべきじゃないですね。御免なさい、散々迷惑かけておいて、離れて尚迷惑をかけるなんて。
結局、何が言いたかったのか、よく判らない手紙になってしまい、申し訳なく思います。いいえ、そんなこと問題ではありませんね。手紙を書いてしまったことを、申し訳なく思います。返事なんて望んでおりません。望むべきでは、有りません。ですから、私の住所は、何も書かないことにします。そして、貴方の住所を記した紙も、もう燃やそうと思います。
大丈夫です、安心して下さい。
さっきも言った通り、私は大馬鹿ものなのです。紙が無ければ、貴方の住所も覚えられません。……貴方の顔や、体温は、どんなに時間が経っても、思い出せるけれど。
本当に、いやね。読み返すのが、厭になります。誤字、脱字、が無いか、普通は読み直さなければいけないのだろうけれども、出来ません。きっと、私、こんな手紙読み直したら、破いてしまいますから。本当のことを言うと、今まで三回、貴方への手紙を破り捨てました。読み直してみると、本当にろくでもないことしか書いてない手紙だから。……書いている最中は、全く気付かないのですけどね。
ふふ、四回目に来てやっと気付きました。もう、読み直さなければ良いのだ、と。
最後に、奥さんとお幸せに、末永くお暮らし下さい。
健康第一、お身体にお気をつけて。
追伸:私の家の庭では、もう、椿が咲きました。
春は、直ぐ其処なのですね。