アルテ 第4章 その曲の名は その2
続きまして、アルテ第四章その2です。晩餐会を欠席していた人はこんな所にいましたという話です。ここは完全リライトしました。
分割して申し訳ないです。
第四章 その曲の名は その2
アルバートは半信半疑のまま、繰り返しながら段々と大きくなって音に、どうしようもなく期待を高められる。しかし、惹き付けられているのに、惹きつけられまいと思う。それは、アルバートがこれは本物なのかという問いかけと、自分もリフォン弾きだというちっぽけなプライドからである。しかし、そんなことは一瞬と持たない。音は揺らがない。それほど素晴らしいものなのだ。
アルバートは早足で音のする部屋の前へとやって来る。アルバートの心臓の鼓動は早くなり興奮している。アルバートの背中にちりちりと電流が流れるようなものが駆け抜けていく。
ピアノのような基本のリフォンの音はリズムを刻み、変化してそれから幾つにも分かれていった。リフォンの奏法に則った当たり前とも言えるものだった。アルバートは扉の向こうにいるのが、物凄い弾き手であると分かっていた。
扉の向こうの弾き手は、歌いだした。歌だ。迷いのない歌だった。若い女の声、弾き手は女性だ。
月の入り江に小船がたゆたう
ここではない狭間の遠くから
満ちて行く汐に乗ってやってきた
それは愛が常に溢れ落ちるように
私の愛はあなたへと満ちて行くのだから
あなたが誰かを愛した時
どんなに抑えてもわかる時がくる
愛は少しずつ満ちて溢れて行く
アルテミスあなたは私の愛
あなたが居れば他には何もいらない
愛は押し留めようとも溢れていくもの
愛し、愛される事は幸せなの
愛を愛する事を求めて生きるのよ
リフォンの音は優しい音で。オーケストラのようなスケールで演奏している。多重に重なった音、立体感、幾つもの楽器の模倣はリフォンの特徴である。しかし、いかに魔法楽器と言えども、この人の演奏は人技を超えている。
美しいソプラノだった。けれども、扉の向こうの人は遊びのために歌っているのではないのだろう。どこかの歌手のように、媚びたり、自分を見せつけようとする歌い方はない。祈りにも似た、ひどく真面目な歌い方だった。一つの一つの言葉をはっきりと確かめるように丁寧に歌っている。それがアルバートの心に語りかけてくる。
十六夜の下を小船は進む
風があなたを運んで行くわ
自由な風はあなたをどこかへ
やがて夜は明け船が陸へ
あなたは自分の足で歩む
さあ目を開けて前を見て
そして心の自由に耳を澄ませなさい
あなたの内側から聞こえてくる言葉に
アルテミスあなたは私の愛
あなたが自由であれば他には何もいらない
自由がなければ心が死んで行く
自由は自分に対して責を負うことも
心のおもむくままに生きるのよ
アルバートはとうとう抑えられなくなり、古い樫の扉を開いた。扉はゆっくりと音もなく開いた。この部屋はアルバートが練習室として使っていた部屋だ。この人の弾いているリフォンは自分のものだ。アルバートは演奏を中断させる気はなかった。ただ、どんな人がこれほどの演奏をしているのか知りたかったのである。
アルバートは扉を少し開いて、中を見る。石がむき出しの部屋、小さな窓を背に右側にリフォンがある。深い緑色をしているリフォンはアルバートのものだった。そこに少女が座っていた。
少女とリフォンから光が立ち昇っている。その人を中心にして虹色の光が炎のように揺らめいているのだ。アルバートはすぐれた魔力を有している奏者が演奏すると、奏者とリフォンが光ったという大昔の伝説を知っていた。アルバートはそれを信じていなかった。だが、目の前で起こっているのはそれ以外に思えないことだったのだ。
新月が三日月にやがては満月へ
月の満ち欠けは時を表す
時はあなたを育み試練を運んでくる
悲しみや絶望があなたを苦しめる
でもあなたは決して一人じゃないのよ
心の中にかぎりのない勇気のあることを
試練の中から優しさを学びなさい
生きる事は死を見つめる事
アルテミスあなたは私の愛
あなたが生きているのなら他には何もいらない
大切な何かに命をかける覚悟を持て
強さとは優しさを重ねた王冠なのよ
気高さを忘れないで生きるのよ
歌が終わった。アルバートは立ち尽くしていた。残ったのは雨と風の音だけだった。
「そこにいるのは誰?」
アルバートは扉を開いて女の前に出た。
少女は膝に手を置かず、足を前後に少し開き、椅子から立ち上がって、真っ直ぐアルバートを見た。
「驚かせてしまったのならごめん」とアルバートは言った。
「あなたは?どこから来たの」
「アルバート・スラシュクロス、僕はここで生まれた」
すると少女は笑った。
「君は?」
「アルテミス・クラフトブルー、私はここの居候ね」
彼女との距離は5テルテほど、だが、少女はまるでアルバートを恐れていない。
アルテミスの歳は十五には届かず十三位といったところであろうか、背は157サルアほど、手足が長くバランスの均整のとれた体型をしていた。印象的なのは、大きなはしばみ色の目を持っていることだ。彼女が電灯の光からそれると、瞳は薄暗い中では琥珀色に見える。そして、彼女の目は人をまっすぐと見ていた。そこには強い意志と自信が感じられた。アルテミスの髪は二つ括りにしてあり、青いリボンでまとめられ、少女らしい感じがした。髪質はちょっと柔らかく、少し癖毛、明るい栗色をしていた。
アルテミスは濃い緑色のリフォンの傍らに立ち、革のブーツを履き、堂々としていた。少女の服装は水色のワンピースで。手縫いの粗末なものであったが、不思議とアルバートは神話の中の女神を思わせた。とても綺麗な少女だった。
「アルバートさんあなたはどうしてここに?」
「ミス・アルテミス、僕は、ここに、持ち物を置きにきたんだ。それに、リフォンの演奏が聞こえたから」とアルバートは言った。
すると間を置かずアルテミスは「なるほど、分かったわ。あなたは新しい御当主様ね。ミスター・アルバート、いえスラシュクロス卿とお呼びしなければならないわね」と言ったのだった。
アルバートは少女が推理したのか、それとも勘で言ったのか分からなかったが、少し狐につままれたような気分を味わった。しかし、ここは深く考えず流れに沿って、言葉をやりとりすべきだと感じた。自由に、まず、それが大切な気がする。
「それは別にいいよ。いちいち卿だのミスターだのというのは堅苦しいから」
「あら、そうもいかないわ。そうね、私が時と場所をわきまえて呼ぶことにするわ。それがいいのではなくて」とアルテミスは落ち着いた調子で言った。少し生意気な返答だが、こちらを謀っているのかもしれない。
「いや、本当にそんな事は必要ないよ。ミス・アルテミス」とアルバートはいつもの自分の調子で言った。
もしかしたら貴族的のやりとりかと思いかけると、アルテミスはおかしそうに笑い「いえ、私に対して、敬称は必要ありませんわ。アルテミスと呼び捨てにしてもらっていいわ。そうアルテと呼んでもいいわ。私の妹をジュリーと呼んでくださるようですから」と種明かしをした。
「あっ、そうか、君はジュリアのお姉さんなんだね」
アルバートはアルテに言われて気が付いた。名前を聞いた時点で気が付くべきだったのだ。けれども、言い訳をすると、アルテの演奏があまりに衝撃的であったために、言われるまで分からなかったのである。
「
そうです。さっき、少しですけど、妹がいろいろとアルバートさんのことを話してくれたから、それで分かったんです。黒髪で背が高くて、それにお名前でね」と笑った。
「そうなんだ。しかし、君は晩餐会には居なかったね」
「ええ、そうです。それついては非礼を詫びなければなりません。申し訳なかったですアルバートさん。私は町に手紙を取りに(僻地なので郵便配達がない)行っていましたの。帰りは十分間に合うはずだったんですけど、自転車がパンクしてしまって、遅くなってしまったんです」とアルテは晩餐会に出られなかった訳を話し詫びた。
「いや、別に、それは特に何も思っていないよ。でも大変だったね。屋敷に電話をかけてエドガーに車で迎えに来てもらえばよかったのに」
「ええ、でも、エドガーさんは晩餐会の準備があるから邪魔をしたくないと思ったんです」
「確かにね。だったら、暇をしていたから僕が行けばよかった」とアルバートは言った。酒なんて飲まないで、気分転換にあのボロ車の運転でもすればよかったのだ。
アルテは両手を振ると「とんでもない。私なんかやっかいなっている身ですから、迷惑をかけるわけには参りません。でも、お気遣いありがとうございます。あなたはとても良い方ね。私のような年若い者が言うのは失礼な言い方かもしれないけど、でも、妹もあなたのことをそう言っていましたわ」と言った。
「そうなんだ。それにしても、君の妹、ジュリーはとてもおもしろい子だ。見た目は、たやすく手折られそうなようなのに、芯はとても強そうだ」アルバートはさっきの晩餐の事を思い出しながら言った。自分と兄が違っていたように、この姉妹の性格と容姿はずいぶん違う。
「ふふっ、アルバートさん。ありがとう、私の妹を受け入れようとしてくださって。ジュリーは魔法に興味を持って聞いてくださって喜んでいましたよ」
アルテは花がほころぶように笑う。愛らしい、これが年相応の表情の部分かもしれないとアルバートは思った。
「ああ、あの話か、あのふくろうのドレスの事だね。確かに不思議なものだった。他にも君たちのところには色々と魔法の道具があったとか、そんな話をジュリーから聞いたよ」
「ええ、あのドレスは私も着たことがありますが、本当に不思議なものでした。妹のために言っておくと、家には『カミラの箱』という物もあったんですよ。あれは本当に変わったものでした。箱の中にこの星、球体のレ・アースが浮かんでいて、外側に双眼鏡が付いているんです。箱にはレバーが付いていて、星を回転させ、それを地上の見たいところに合わせて調整すると、そこの場所で起こっている事が映画みたいに見える道具でした。信じてはいただけないかもしれませんが」
「それはすごい。それを君はみたことがあるの?」アルバートは少し興奮してこう言った。しかし、それを打ち消すように「ええ、私が見たのは一回きりですね。でもあんなもの見るものじゃないです。あれは何か恐ろしいものです」とアルテは真剣な表情で言った。
「いま、それはどこにあるの?」
「いえ、それが確か、こちらへ逃げる時にお父様が船から海に捨ててしまったと聞きましたけどね」とアルテは別に残念ではなかったという感じで言った。
「そう。まあ、そんなものがあったら大変だよね。たぶん戦争の道具になってしまうかもしれない」
「そうですね」
「いまさらだけど、君たちから話を聞いておいて変な話だけど、僕もいろいろ不思議な事があるのは分かったけど、本当に魔法はあるのだろうか?」
「いいえ、その質問はぜんぜん変ではないですよ。普通の人はそう思いますよ。でも、ご先祖には魔術師がいたり、あんな道具をみたことがあれば、あったと思うようになります。まあ、今は残された道具しかないと思います。それでいいと思います。だって、魔法はちょっと危ないものですから」
「そう、でも、どうして君はそう思うの」
「まあ、直感ですね。私は魔法の道具を見るとそう感じるんです」
アルテは魔法について、あまり良い印象を持っていないようだ。だが、だったら、あのリフォンの演奏はどうなんだろう。あれこそ魔法のような演奏だったといえる。
「さっきの君のリフォン、あれは、その、すごいものだった」
「リフォン?ああ、マギフォルアの事ね。そうかな?私は人前で演奏した事ないからわからないわ」とアルテはスライデル語でリフォンを示す、マギフォルアという言葉を使った。わざわざ言い直すのには、この言葉に思い入れがあるのかもしれない。
「ええっ、君は人前で演奏した事がないの?正直に言えば、たぶん君はほとんどの職業演奏家よりも上手いと思う」アルバートは驚く。
「それは過ぎた評価ではないでしょうか、アルバートさん。だって私は、幼い時から母から教えてもらった以外にマギフォルアを弾いた事ないですから。それに、あなたはなぜ、私の演奏がプロよりも上手いなんて言えるんですか?」
「それは・・・・・・、僕は、僕もリフォンを弾くから」
アルバートがこう言うと、アルテは彼の顔を注視した。形の良い眉が一瞬、動くと美しい瞳が閉じられた。そして、そこには親しげな笑みが浮かんでいた。
「アルバートさん、もしかして、この部屋はあなたの部屋ということ?つまり、このマギフォルアあなたの?」勘のいいアルテは全てを察したようだ。
「うん、ここは僕の練習部屋だったんだ」
アルテの瞳が大きく開かれる。
「そうでしたか、私は、ここに来てから、ずっとここを使わせてもらっていたんですよ。でも、ここがあなたのものだったなんて、知らなかったんです」
「いや、いいんだよ。君の隣にある、そのリフォンは僕がはじめて弾いたものだ。ここを出る時にもう二度とここには帰ることはないと思ったから。いい弾き手に使われることは、リフォンにとっても幸せな事だと思うから」
「ありがとう。私はとてもうれしいわ。ここにきたばかり時、こちらの館の上に登って見たくて、そこで、偶然にこの部屋を見つけたの。そして、あなたのリフォンを、マギフォルアを見つけた。ここには楽譜もあったし、ここに来て何かを弾けば私は救われたから」
アルテは救われたと言った。音楽がそうした力を持っている。アルバートは胸の中になぜか暖かいものを感じる。
「そうだったんだ。君は音楽が、リフォンが、マギフォルアが好きかい?」とアルバートは聞いた。
「ええ、私はそのどちらもが好きよ。だってマギフォルアはお母様が私に残してくれた全てだから」
アルバートは頷いた。アルテは自分の音楽の始まり、原点を語っているのだ。
「さっきの歌は、あの曲は誰の曲なの?」とアルバートは尋ねた。
おそらく、あの歌は。
「あれはお母様が私のために作ってくれた曲なのよ。私のために書かれた、私だけの曲なの」
「とても良い曲だと思った」
「ありがとう。これからもここを使わせていただいて良いでしょうか?」とアルテは言った。
「もちろん。君ほどの奏者に使わせないなんて、神罰がくだるよ」
そこで彼女のお腹が空腹のために鳴った。無理もないアルテはまだ食事をしていないのだ。
「ああ、そうだったわ。私まだ帰ってから何も食べてなかった。厨房に行けばまだ何かあるかしら」と恥ずかしそうに笑って言った。
「さあ、どうだろうローラさんは帰ってしまったと思うよ。ああ、そうだ。これを持っていくといいよ」と言い、あれがあったことを思い出した。アルバートは紙袋からフルーツケーキを出すとアルテにあげた。袋に入れっぱなしになっていたものだ。ちょうどいい相手にあげる事ができたとアルバートは思った。
「あら、これって、もしかして、あの、幻のフルーツケーキじゃない。頂いていいの?」
「幻は言い過ぎだよ。並べば誰でも買えるから。ジュリーと一緒に食べたらいいよ」
「ありがとう。そろそろジュリーが心配するから帰らなくちゃ」こう言うと、アルテは頭を下げ、フルーツケーキを持って走って出て行った。アルテは元気だった。アルバートも十代の頃は自分もそうだったことを思い出した。
アルバートはリフォンの前に、少女が座っていたところに腰掛けると、目を瞑った。そこには、さっきの音楽が響いているようだった。
彼は目を開けると部屋の中を見渡した。部屋には、アルテの私物が置かれ、窓には花柄のカーテンがかかっていた。楽譜の棚には埃がかからないように、布がかけてあった。椅子にはクッションが置かれ、リフォンに被せるカバーは彼女の手製のものだった。
アルバートはこの時、小さな何かが動き始めた事を思いもしなかった。彼の心はこの一時間位の間に余りの多くのことが起こったので麻痺していたのである。
しかし、少し後に彼はここでのアルテとの出会いが、まあ、いずれ彼は少女に出会っていたにせよ、この場所に、この時間にやって来た事が、カイロスの選択(*1)であったと、振り返る事になるのである。
*1 カイロスの選択 クロノスは単なる物理的時間を、カイロスは人間の主観的な時間を表す。
ここまでお読みくださいましてありがとうございました。ようやくヒロインが登場しました。
次回は短編を挟んでちょい時間をいただきまして、設定を詰めます。
音楽を言葉で表現するのが、やはり難しいなと今回もつくづく思いました。取材して書く事も重要なんだろうけど、それも活かし方がわからないと、衒学的になりかえって分かりにくくなるような。魔法ってのも難しい。そんなこんなで、リライトして、歌を作ってみましたが、これも苦し紛れでしたね。少し考えます。
ちょっと時間をいただきます。次回は「第五章苺摘みの少女」をお送りいたします。物語は光溢れる田園の中で、たぶん最後の重要人物が出てきます。そして、緩やかに新しい展開をむかえます。
最後に隔週と言っておりましたが、色々ありまして、守れず申し訳ないです。スケジュールはいったん未定とさせていただきたいと思います。もちろん執筆を放棄するわけではないので、再来週の週末くらいには短編を載せます。面白いものではないですが、よろしくです。




