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アルテ第6章 その1

ようやく完成、時間かけて申し訳ないです。相変わらず冗長ですが、よろしければお読みください。


ここまでの簡単なあらすじ


戦争の差し迫る重苦しい時代。魔法楽器の奏者、アルバートは父と兄の死により、伯爵位を継承して、二度と戻らぬと思った故郷に帰ってきた。彼は芸術家として行き詰りを抱えもがいていた。忘れかけていた故郷で、彼はなぜかメイドのふりをする義姉とそりが合わなかったり、父親がわりの執事と再会したり、素直な甥と美術談義をしたり、魔法を信じる少女と話をしたりする。そして、彼は運命の出会いをする。

魔法楽器の天才的な才能を持つ少女との出会いはアルバートを変える。

両親を探すアルテの手に届いた奇妙な手紙、事の真相を確かめるべく、アルテとアルバートは海の向こうの大国リンシアへの渡航を決意する。そこにはアルバートのある思惑もあった。


第六章旅立ち その1


 夕日は木立の斜面に、光陰のまだら模様を作り上げていた。

 アルテの差し出した手紙をアルバートは受け取ると、それを読んだ。手紙は無個性な上質紙の便箋に、スライデル語で、平民の言葉で書かれていた。羽ペンの走り書きだった。


愛する娘たちよ。

心配をかけてすまない。私たちはリンシアにいる。

私たちはアルテミス、ジュリア、君たちを愛している。

もしかしたら、もう再会はかなわないかもしれない。

私たちは二人をいつでも愛している。

                     

                                  マリウス

                                  レイナ


 アルバートは短い文面を何度か読み返した。なんとも意味の良くわからない手紙だと思った。変である。第一に簡潔すぎる。離れている娘たちを心配するなら、なぜこんな文面にしたのだろうか全くわからない。クラフトブルー夫妻が本当にこんな手紙を書いたのだろうかと、直感的に思った。しかも、もう会うことは出来ないかもしれないとは一体どうした事なのだろうか。


 アルバートはクラフトブルー夫妻の住んでいる所は何処なのだろうかと裏返して、封筒の裏を見た。そこには住所も夫妻の署名すら記されていなかった。これでは、たとえリンシアに行っても探しようもない。アルバートはもしかしたら誰かの悪戯なのではと思った。しかし、悪戯とは考えにくい。こんな手の込んだ悪意を向けられる心当たりは全くないからだ。


「なんなんだこの手紙は」とアルバートは言った。

「そうですよね。そうですよ。どうしてお父様とお母様がこういう事を言うのか分からない」

アルテは不安げで、焦った感じで言った。

「本当にこれは、その、君のご両親の手紙なのかい?」

「そうだと思います。筆跡と署名が間違いなくお父様とお母様のものです」


「じゃあ、もう会う事は出来ないというのは何なんだ」

「わかりません・・・・・・」とアルテは言い、肩を落とした。

 重苦しい沈黙が流れた。アルバートは不要な事を言ったと思った。

「私は・・・・・・、やっぱりリンシアへ行こうと思います。そして、確かめるんです」沈黙を破ったのはアルテだった。


「リンシアか、確かにこの手紙にはリンシアの消印が入っているね。十日前にパンティバルで投函されたものか」

「私はこの三年間、ずっとこんな手紙を待っていたんです。あちこち、もちろんリンシアにも、世界中に散らばった同じ境遇の人たちに、両親のことを手紙で問い合わせていたんです。だからこの手紙はそれを見たお父様たちが」


「落ち着いて、アルテ、確かに君の言うとおり、待っていた反応かもしれないが、これだけでリンシアに行こうと言うのは、正直どうなんだろう?消印だけじゃ、パンティバルはリンシアで、いや世界で一番大きな街だよ。あそこにはたぶん二千万以上の人がいる。そこで何の手がかりもなく人探しなんて、無茶な話だ」


「でも、私は行かなければなりません。どんな事をしてもリンシアに行きます。だってもしかしたら、お母様とお父様に危険が迫っているかもしれないからです」アルテは強い調子で言った。


「いやこれだけで判断は・・・・・・、そうだ次の手紙を待つ選択もあるんじゃないか」

「だめです。待っている間に、だって、戦争が始まってしまうかもしれないじゃないですか」

再び、沈黙が流れる。


 確かにそれはアルテの言うとおりだ。ラサミアとスライデルとの開戦はもはや時間の問題だと言っていいだろう。そうしたら、リンシアに行って、人探しなんて無理だろう。


「確かに、君の言いたい事はわかるが、お金は、旅費はあるのかい?それに、君は亡命者だからね。果たして渡航許可が下りるか分からないんだよ」アルバートはアルテのことを何とか助けてあげたいと感じたが、他にも様々な問題があることを告げた。そうでもしないとこの少女はどこへ突っ走って行くか分からなかったからである。アルバートはその事を心配したのだ。


「お金はありません。でも、絶対に何とかします。アルバートさんにお願いすることになるかもしれません。その時は必ずお返しいたしますので、お願いします。そうだ。野菜は後で取りに行くってローラさんに伝えておいてください。とりあえず私はジュリーにこの事を知らさせなきゃ」こう言うとアルテは階段を走り出して行った。


 アルバートは駆け下りていくアルテを見ながら、確かに次を待っている余裕などないのだと、アルテの言ったことは正しいのかもしれないと思った。

本当にリンシアへと逃げ出すのは選択の一つかもしれない。みんなを連れてこの国から出て行くのだ。だが、アルバートもラサミア貴族の端くれでもあったし、全てを捨てて逃げ出す事はもはや無理だった。アルバートは都合のいい考えをする自分がおかしかった。


 アルバートは厨房へ寄りローラに伝えると、自分の部屋へと戻った。そして、部屋の真ん中にある地球儀を回してリンシアの位置を確認した。海を挟んで、距離にして五千五百㌔と遠い。


 アルバートは窓から幾何学模様の前庭を見やった。複雑な模様を目で追っていると、次第にアルバートの心は次第に落ち着きを取り戻した。アルバートは自分の中にアルテを助けたいという気持ちと共に、一緒にリンシアへ行きたいと感じた。それは彼が驚くほど強い気持ちだった。そこには前から思っていたある考えがあったからだ。すぐに、アルバートは知人に電話をして、あることを訊ねた。電話を置くとアルバートはリンシアにアルテと一緒に行く事を決めた。


 リンシア行きを決めると、今度はまた解決しなければならない問題があった。いちばん大きいのは、お金の問題だった。まず、やっかいなのが、物価が上がり始めている事だった。伯爵家の収入の多くは未だに、農産物の売買と地代だった。今年は穀物の高騰で幾らかは期待できたが、収入の多くは入ってくる前から、すでに何に使われるのか決まっていたのである。いっそ、銀食器のセットでも売ってみるかと思ったが、買い叩かれるのが落ちだったのでやめた。この時勢がら手放すものが多いのである。


 リンシアへ行くには船か飛行機での移動が必要であった。船はいささか時代遅れではあるが、飛行機に比べて格段に安く、いまだに旅行の主役だった。飛行機はリンシアとラサミアの航路が出来て5年、安全性は証明されたが、未だお金持ちや貴族の乗り物で、船に比べはるかに運賃が高かった。だが、飛行機はわずか十時間ほどで着き、船では十一日くらいかかる。まさに時は金なりなのである。


 だが、お金がない以上、安い船旅で行くしかなかった。それでも、全額をすぐに用意するのは難しく、とりあえず家中の小金をかき集めてみようとアルバートは思うのだった。

とにかくリンシアに着けば、サリアが暮らしているから、出来れば、そこに厄介にでもなりたいと思った。また、サリアなら必ずいい案を示してくれると思った。母は素晴らしく賢い人なのである。


 次に困難なのが、渡航許可だ。渡航許可を得るために、プリンストンまで行く必要があった。そこで、アルテが亡命者だという事が、大きな壁になると思う。亡命者は難民として、扱われていて、出国すれば二度とラサミアに入国許可が下りない可能性もあった。それは覚悟するとして、最近ではどういうわけだか、スライデル出身者でも貴族や高官だった者、著名人は出国を制限されていた。これは亡命者を何がしかの政治目的に使用しようとしているためだという噂が流れていた。アルテは子爵公女ということもあり、出国の許可が降りない可能性があったのだ。


 さらには、ここに帰って来られなくなる可能性さえあることも考えられた。アルテとリンシアに渡れば、最悪その旅程の最中に、スライデルとラサミアが戦争になり、帰れなくなることは十分に考えられるのだ。そして、そうなった場合、アルバートはウィリアムやマリーに対する責任を放棄することになり、また貴族としての対面も失うことになるのだった。いやはや、この時勢下でリンシアへ行くなど、既に海外への逃亡を考えていると受け取られても仕方ないことでもあったのだ。


 だが、そうまでしても、アルバートはアルテと共にリンシアへ、行かなければならないと考えていた。彼は決意していた。アルテのリフォンをリンシアで聴衆の前で紹介するつもりだったのだ。


 アルバートの狙いはこういうものだ。これから開かれるパンティバル音楽祭のリフォン部門のコンクールにアルテを出場させる事だった。アルバートがリンシア行きを決意したこうした訳があったのである。アルバートは電話で知人から、音楽祭の日程を確認すると、まるでアルテを招いているように、開催されるようになっていたのだ。偶然だが、これを利用しない手はなかった。


 パンティバル音楽祭は国勢の興隆が著しい新興国リンシア文化の華として、今や世界中から注目が注がれる芸術祭である。音楽祭は毎年七月に二週間にわたって開かれる。リンシアの建国記念日とも重なり、国中が華やいだ祭りの時を迎える。


 そこでのアルテの演奏は間違いなく大きな話題になるに違いない。そればかりでなく、アルテの両親探しにも大きな影響を及ぼす事ができると思うのだった。音楽祭でコンクールを制覇する事ができれば、ラジオや新聞、始まったばかりの映像放送テレビジョンで大きく取り上げられる事は間違いない。また、彼女が両親を探している事も話題として取り上げられるかもしれない。ただやみくもに夫妻を探しても、めぐり合える可能性はほとんどないのだから。


 さらにアルバートはもう一つの事を脳裏に描いていた。音楽祭にはかのリフォンの女王、ゼルダ・レオナードもやってくる。彼女はコンクールには出ないだろうが、どこかでゼルダは必ずアルテの音を耳にするはずだ。ゼルダはアルテの音を無視できないとアルバートは確信を持って断言できた。あわよくばアルバートはアルテをゼルダ・レオナードと競演させたい、いやぶつけてみたいとさえ思っていたのである。二人の天才的奏者が、全く違った音楽性が同じ舞台に上がったらどんな事を引き起こすのか彼は見てみたかったのだ。それが敵わないとしても、あのゼルダがアルテの演奏を聴いた時、どんな表情を見せるのか、アルテのリフォンにどんな言葉を述べるのかを、アルバートはそれが見てみたかったのである。アルバート自身もアルテのリフォンに魅せられていたのだ。アルバートはパンティバル音楽祭へ出場しなければならないと改めて思った。 


 アルバートはアルテが満場の聴衆が詰め掛けた、煌びやかな大ホールでライトを浴びて、あのリフォンの音を聴かせる場面を思い浮かべた。アルバートはアルテがドレスを着て壇上のリフォンの前に現れ、淑女の礼をして、演奏を始める、光景を思い浮かべた。美しく悪魔的なあの演奏に聴衆は魅了され、もはや動く事もできない。演奏は終わり、鳴り止まない拍手、それは自分に向けられたものであるような錯覚を持った。その感覚は彼が久しく味わっていない感覚だった。アルバート自身、それが本当にアルテのためか、あるいは自分のためか、あるいは自分のためかを含んでいるのか分からなかった。しかし、アルテの為になることだと思い直した。


 アルバートはこれらの空想に対して、何も成し遂げてもいないのに、何かを成し遂げたような、高揚感を感じた。しかし、さすがに自己陶酔が恥ずかしく、決まりが悪く感じて頬の辺りをしきりにさすり上げながら、部屋を出た。


 そこでアルバートはアリスと出会った。アリスは聖職者が着る様なローブを着ていた。そう、アリスではなくリンだった。リンはその深い目で、彼を見つめていた。アルバートは自分の心の奥を見透かされたような、気味の悪さを味わった。


「これはアルバートさん御機嫌よう」とリンは落ち着いた調子で言った。

「こんにちはリンさん、どうしてここへ」

「占いの続きをお聞かせしようと思いまして。まかりこしました」とリンは視線を合わせニヤリと笑った。


「・・・・・・占いですか。いや、卜占の類は結構です。あれは、先読みではありません」とアルバートは強い調子で断った。彼にしては珍しく激しい不快をリンに対して感じた。

「ふふふっ、これはきっぱりと断れましたね。すみません。まあ、冗談です」リンはおどけた。

「冗談?冗談にしては笑えないですね。占いの事は、アルテにはもう言わない方がいいと思いますよ。彼女はいまひどく動揺している。そういう悪戯はやめるべきでしょう」とアルバートは強い調子で、そう言いながら、何をこんな小さい子に自分は腹を立てているんだと思った。

「ええ、分かっています。彼女にはもう占いの事を言うつもりはありません。占いなんて本当のことではありませんよ。たまたま現実が占いの方へ、一人歩きしたに過ぎない。それに僕も彼女を大切に思っていますから。全くもって冗談ですよ」


「僕には冗談とは思えない・・・・・・。でも、ああ、ならいいです」アルバートはリンの左隣を抜けそこを去ろうとした。


リンは遮るように立ちはだかると「僕を不吉だとお思いですか?」と言った。

「いえ、そうは思いません。ただ、貴女は何を考えているのかわからないんですよ」

「はははっ、何を考えているか判らないですか?これは言われましたね。僕はね世界のあらゆる可能性について思いをめぐらせているんです」リンはこう言うとアルバートを見上げるように睨み付けてきた。


 アルバートは明らかに自分の対する挑発だと思った。リンの戯言に反応して、むきになるのはリンの思う壺なのだ。リンはアルバートをからかっているのだ。どうして、そこまでアルバートを弄ぼうとするのかは分からなかったのだが。


「さっきは、その、なぜ気分が悪くなったんですか」とアルバートは質問を投げかけてみた。あれは明らかに挙動不審だった。

リンはその質問に瞬きをする。


「ああ、あれは占いの結果ですよ。あれには僕も驚いたんだ。お聞かせしましょうか・・・・・・いや、あなたにこそお聞かせしたい」


「いや、占いのことなら、聞きたくはありません。さっきのあれは人に話せないような、そんな結果だったんじゃないんですか?それに対して、あなたこそ恐れおののいたんじゃいですか?」アルバートは言い返し、立ち去ろうとした。この少女はなんともやりにくい。


「ちょっと待ってください。それはいいです。それよりも実はお願いがあって来ました。僕はリンシアに行くんですよ。これは前から決まっていたことで、さっき電話で本決まりになったことです」

「なぜ、あなたがリンシアへ?」アルバートは驚き、立ち止まり、振り返ってリンを見た。

「ええ、半月ほどですがね。僕の研究に注目したリンシアの科学アカデミーが、招聘してくれたんです。向こうに行って、僕の研究を口演し、大学でも特別講義をするんですよ」


「そうですか。それは大したことです。僕には良くわかりませんが」科学者としてのリンは大したものらしい。確かに飛びぬけた知性と知識、まったく十三歳の少女とは思えない。まして、このタイミングでリンシアに行くとは、ますます、この少女にはよく分からない力が働いているのではないかと思わざるを得なかった。

「ありがとうございます。そこで、しばし、家庭教師の件はお休みすることを言いにきたんです」


「なるほど、お休みを、それはしかたがありませんね」仕方のないことだと、アルバートはこの一言には特に疑問持たなかった。しかし、次の一言は彼を驚かせた。

「ええ、それだけじゃありません。私はアルテとリンシアに行きます。さっきアルテから直接、手紙の事を聞きました。僕は彼女の力になりたい。パンティバルで彼女の両親探しを手伝いますよ」


「えっ、それは本当ですか?あなたもアルテと行くんですか」

「はい、そうですね。そう考えています」

「しかし、君は未成年ではありませんか?一人でリンシアへなんて行けるんですか」

「そうです。だから僕には同行者が必要なんですよ。それを貴方にお願いしにきたんです。それが決まらなきゃアルテに一緒に行こうとは言えません」


「私に?」

「ええそうです。貴方もリンシアに行こうとしている。違いますか?」

「そうですが・・・・・・、なぜそれを」

「見ていればわかりますよ」


「そうですか、確かに貴方の言われるとおり、私もリンシアへ行こうとしています。だって、アルテの力になりたいと思いますから」

「隠しもしませんか」

「隠すとは一体どういう?」


「私には分かりますよ。貴方はアルテに対して邪な思いを抱いている」

「いや、それは違いますよ。それは」とアルバートはなぜかそれ以上、言い返せなかった。

リンは右手の人差し指を立ていやみたらしく「いやいや、これは失礼しました。どうにもくだらない戯言を言ってしまう。貴方に僕は嫉妬心を感じているのかもしれない。とにかく僕は二人分の旅費と滞在費を持っていますよ。これは貴方にとって助かる話ではありませんか?それにこちらは貴方が保護者として付いて頂ければ助かるわけだ。どうでしょう?後はもう一人分の旅費をあなたが工面できれば良い」とリンは言った。


 嫉妬心?とは何に対してか、よく分からないとアルバートは思った。しかし、リンに対してアルバートはどう思うにせよ。リンの申し出を断る事など出来ないものだった。まさに渡りに船とはこのことだったのだ。


「わかりました。リンさんあなたとアルテと私でリンシアへ行きましょう」

「ええ、それがいいでしょう。まあ、アリスもですがね。アルテにこの事を知らせに行きましょう」


アルバートとリンは急いで離れに向った。

アルテとジュリーはさっきのテーブルで言い合いをしていた。

「私は今すぐにでもここを出てプリンストンに向います」

「姉様は少し後先を考えるべきです」とジュリーの大きな声がした。リンとアルバートはそこへ入っていった。


リンは「喧嘩はやめなさい。アルテ君は僕とアルバートさんの三人でリンシアへ行くんだ。今さっき、私たちが話し合って決めたんだ」とおおきな声で言った。アルバートはアルテに向かって大きく頷いた。

アルテは立ち上がると、リンに抱きついた。こうして、リンシア行きが決まった。


お読みくださいましてありがとうございます。


「六章その1」です「六章その2」はいま少し修正が必要ってところです。お待ちください。

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