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静かな海(リメイク)  作者: 浮世雲のジュン


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第七話 吉岡さんの話

この章は、雫が「祖母の灯りの本当の姿」を知る物語です。


雫にとって祖母は、いつも落ち着いていて強い人でした。

けれど、吉岡さんの言葉から見えてくるのは、

不安を抱えながらも灯りを守った、ひとりの人間としての姿です。


“強いから灯せる”のではなく、

“怖さを知っているから灯せる”。


その灯りが、雫へと静かに受け継がれていく――

そんな夕暮れの章です。


第七話 吉岡さんの話

翌日の夕方、雫はまた海へ行った。

防波堤には、いつものように風が抜けていた。

波は穏やかで、空の端に沈みかけた日が水面に細い光を落としている。

「また来たのか」

後ろから声がして、振り向くと吉岡さんだった。

帽子を目深にかぶり、片手に小さなバケツを持っている。

「はい。ちょっと」

「ちょっと、が続いてるな」

吉岡さんは雫の横に腰を下ろした。

しばらく二人で海を見ていたが、やがて吉岡さんが言った。

「この前、文子さんが言ってたぞ。雫ちゃんに孫を預けたら、ずいぶん安心して帰ってきたっ

て」

雫は少し照れくさくなった。

「私は何もしてないです」

「そういうのが、いちばん効くこともある」

吉岡さんはそう言ってから、海の向こうを見るような目になった。

「おまえさんのばあちゃんも、そういう人だった」

雫は顔を上げた。

「おばあちゃんが?」

「ああ。あの人、もともと肝が据わってたわけじゃない」

それは意外な言葉だった。

雫の中の祖母は、いつも落ち着いていて、暗い夜でも平気な顔をしている人だったからだ。

吉岡さんは鼻を鳴らした。

「若いころは、ずいぶん泣き虫だったぞ」

「ほんとですか」

「ほんとだ。おまえさんのじいさんが漁に出てる日なんか、風が少し強いだけで落ち着かなく

なってな。けどな、不安そうな顔を人に見せるのが嫌だったんだろう。泣いたあと、ちゃんと

立ち上がって、火を灯してた」

雫は黙って聞いた。

「強かったんじゃない。怖いままでも、誰かを安心させることができたんだ」

その言葉は、波の音よりも静かに雫の胸へ入ってきた。

怖くない人が灯すんじゃない。

怖いことを知っている人が、灯すのだ。

吉岡さんは続けた。

「だから、おまえさんが夕方や夜を苦手でも、別におかしくない。むしろ、分かるやつのほう

が、人にやさしくできる」

雫は、結菜の言葉を思い出した。

“お姉ちゃん、平気そうなのに”。

平気そうに見えるだけ。

その言葉は自分を隠すためのものだった。

でも今は少し違う。

平気じゃないことを知っているからこそ、誰かの怖さにも気づけるのかもしれない。

「……おばあちゃん、強かったんじゃなくて、やさしかったんですね」

吉岡さんは小さく笑った。

「そうだな。しかも、ちょっと芝居がかってた」

雫も笑った。

風が少し強くなり、海の匂いが濃くなる。

吉岡さんは立ち上がり、ズボンの砂を払った。

「まあ、覚えとけ。人は、立派だから灯りになれるわけじゃない。ちょっと暗がりを知ってる

やつのほうが、案外ましな灯りになる」

それだけ言って、吉岡さんは帰っていった。

雫はしばらく、海を見たまま動かなかった。

祖母のことが、前より少し近く感じられた。

ただ頼もしい人ではなく、不安も抱えたまま灯りを守った人。

その姿は、雫にとってずっと本当のものに思えた。

吉岡さんの言葉は、雫の中にあった祖母の像を

そっと塗り替えていきます。


祖母は強かったのではなく、

不安を抱えながらも誰かを安心させようとした人。

その姿は、雫がこれから歩く道の灯りにもつながっています。


“立派だから灯りになる”のではなく、

“暗がりを知っているから灯りになれる”。


雫が感じたその気づきは、

祖母から受け取った灯りが

確かに自分の中に息づいている証でした。


そらは、この章の風をこう言っています。


――「灯りってね、強さじゃなくて、

   怖さを知ってる人のほうが、あったかいんだよ。

   わらわら」


読んでくださり、ありがとうございました。


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