第六話 夕暮れの帰り道
この章は、雫が「誰かと一緒に歩く」という灯りに気づく物語です。
夕暮れは、昼と夜のあいだにある不安な時間。
子どもにとっても、大人にとっても、
心が少し揺れやすい瞬間があります。
雫はまだ、自分の気持ちをうまく言えないままですが、
誰かの不安に寄り添うことで、
自分の中にも小さな灯りが生まれていく。
そんな“夕方のやさしさ”を描いた章です。
第六話 夕暮れの帰り道
午後の遅い時間、縁側でランタンの芯を整えていた雫のところへ、文子さんがやって来た。
「雫ちゃん、ちょっと頼めるかしら」
振り向くと、文子さんの隣に小さな女の子が立っていた。
肩までの髪を結んだ、七つか八つくらいの子で、文子さんの後ろに半分隠れている。
「この子、結菜。娘のところの子なんだけど、今日から二、三日うちに泊まるのよ」
「こんにちは……」
結菜は小さな声で言った。
「こんにちは」
雫が返すと、結菜は少しだけ顔を上げた。
文子さんは困ったように笑った。
「おつかいに行きたいんだけど、この子、夕方になるとひとりで外を歩くのがちょっと怖いみ
たいでね。雫ちゃん、一緒に角の店まで行ってもらえないかしら」
「いいですよ」
そう答えると、結菜がほっとしたように文子さんの袖を離した。
店までは歩いて五分もかからない。
道の両側に低い塀と庭木が並び、夕方の風が葉を鳴らしていた。空はまだ明るいが、少しずつ
色を失い始めている。
結菜は最初、黙ったままだった。
雫も無理に話しかけなかった。しばらく二人で歩いていると、やがて結菜がぽつりと言った。
「夕方って、ちょっとこわい」
雫は歩きながら、そっと聞き返した。
「暗くなるから?」
結菜はうなずいた。
「昼と夜のあいだって、なんか、へんな感じする。木も、昼より大きく見えるし」
その言い方が少しおかしくて、雫は小さく笑った。
「わかる」
結菜が驚いたように見上げた。
「お姉ちゃんも?」
「うん。私も、夕方とか夜とか、ちょっと苦手なときあるよ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
結菜は少し考えてから、言った。
「お姉ちゃん、平気そうなのに」
雫は足元を見ながら答えた。
「平気そうに見えるだけかも」
それを聞いた結菜は、なぜか安心したように笑った。
店で文子さんに頼まれた醤油と豆腐を買い、帰り道、結菜はレジ横にあった小さなプリンを袋
からのぞき込んでいた。
「それ、好きなの?」
「うん。文子ばあばが、頑張ったら半分くれるって」
「半分なんだ」
「一個は多いからって」
雫が笑うと、結菜も笑った。
帰り道は、行きより少しだけ気が楽だった。
空はさらに暗くなっていたが、結菜はもう雫の少し前を歩いている。
家の前まで来たとき、結菜がくるりと振り向いた。
「お姉ちゃん」
「うん?」
「一緒だと、そんなに暗くなかった」
雫は返事をしようとして、少しだけ言葉に詰まった。
結菜は照れたように笑って、先に家へ駆けていった。
その後ろ姿を見ながら、雫は立ち止まった。
灯しは、火だけじゃないのかもしれない。
何か立派な言葉を言わなくても、ただ一緒に歩くことでも、人は少し安心できる。
雫は夕暮れの残りの光を見上げた。
空はもう薄青から灰色へ変わりかけている。
それでも、さっきより暗く感じなかった
夕方の道は、ひとりだと少し心細いものです。
結菜にとっても、雫にとっても。
雫はまだ、自分の気持ちを整理しきれていません。
それでも、誰かと並んで歩くことで、
自分が思っていたよりも“灯りを渡せる人”であることに気づきます。
大きな言葉はいらない。
立派なことをしなくてもいい。
ただ一緒に歩くだけで、
誰かの世界は少し明るくなる。
宙は、この章の風をこう言っています。
――「夕暮れってね、ひとりだと大きく見えるけど、
ふたりだとそんなに暗くないんだよ。
わらわら」
読んでくださり、ありがとうございました。




