第二話 帰る場所の灯
この章は、雫が「家」という場所にある小さな灯りに気づく場面です。
大きな言葉は交わされませんが、
黙って待ってくれる沈黙や、
湯気の向こうにあるぬくもりが、
雫の心にそっと触れています。
帰る場所の灯りは、
強く照らすものではなく、
ただ「ここにいるよ」と伝えるための光なのだと思います。
雫が家に戻ったとき、居間の灯りはまだついていた。
玄関を開けると、台所から味噌汁の匂いが少しだけ残っている。時計を見ると、もう遅い時間
だった。母はとっくに寝ていると思っていたが、居間の戸が少し開いていて、その隙間からテ
レビの小さな音が漏れていた。
雫は靴を脱ぎながら、どうしようか迷った。
そのまま部屋に入ることもできた。何も言わず、明日になればまた同じように朝が来る。今ま
でだって、そうしてきた。
けれど今夜は、それではだめな気がした。
居間をのぞくと、母はソファにもたれてうとうとしていた。テレビはついたまま、音量は小さ
い。雫が立つ気配に気づいて、母が目を開けた。
「……あら。帰ってたの」
「うん」
「寒かったでしょう」
母はそう言って起き上がり、テレビを消した。
その何でもない動きが、雫には少しありがたかった。
「お茶、まだあるけど飲む?」
雫は少し迷ってから、うなずいた。
母が台所へ立つ。やかんに残っていた湯を温め直す音がして、食器棚から湯呑みを出す音が続
いた。雫は居間の座布団に座り、膝の上に手を置いた。ランタンはもう火を消してある。それ
でも、さっきまで手の中にあったぬくもりが、まだ少し残っている気がした。
母は湯呑みを二つ持ってきて、ひとつを雫の前に置いた。
「どうだった、海」
雫は湯気を見つめた。
「静かだった」
「そう」
母もそれ以上はすぐに聞かなかった。
その沈黙が、今夜は責めるものではなく、待ってくれている沈黙
雫にとって、家はときどき息苦しく、
ときどき救われる場所でもあります。
母の言葉は多くありませんが、
その沈黙は責めるためではなく、
雫が話せるまで待つための静けさでした。
小さな湯気、
温め直したお茶、
消されるテレビの音。
そうした何気ない動作が、
雫にとっての「帰る灯り」になっていきます。
そして宙は、
この章の風をこう言っています。
――「ここはね、雫の心が少しだけ温度を取り戻す場所なんだよ。
わらわら」
読んでくださり、ありがとうございました。




