第四話
「おはよう、イオ。今日から散歩に行くよ」
まだ夜も明けないうちに起こされた私は眠くて仕方ありませんでしたが、
「そろそろ君を外へ出してあげないとね。ドラゴンは本来、空を飛ぶ生き物だから」
ですがなぜまだ薄暗い、夜明け前にコソコソ外へ出ていかねばならないのでしょう。実際のところ、まだ暖かな寝床で眠っていたかったので、半ば引きずるように外へ連れ出された私は、つい恨みがましい視線を彼に向けてしまいます。
「そんな目で見ないで、いじわるしているわけじゃないんだ。ドラゴンを飼っていることは秘密だからね。父上とも約束したろ? だから目立たないよう、朝の早い時間帯を選んだんだよ。それに僕も昼間はあまり時間が取れないから……」
そういうことなら仕方ありません。
私は眠いのを我慢してヨルンの散歩に付き合うことにしました。
「このまま狩猟の森まで歩こうか。ここ一帯は父上が所有している土地だから、魔獣もいないし安全だよ」
魔獣のことなら知っています。
情報収集のため、たまにヨルンの勉強部屋に忍び込み、こっそり授業を受けているからです。
サラマンダーやドラゴンといった自然発生した生物とは異なり、戦争の時代に魔術師によって生み出された特殊な力を持つ動植物のこと。ようするに敵国の兵士を殺すための殺戮兵器だと、歴史の先生が教えてくれました。戦争が終わり、平和な時代になった今でも自然繁殖を続けているらしく、害獣駆除の対象にもなっているそうです。
もっとも、日本にいるような害獣とは違い、人間を殺すために作られた人工生物なので、ほぼ飼いならすことは不可能。それに見た目も恐ろしく、色々な動物の特徴が混ざったキメラ型や、赤ん坊の声真似をする鳥型、幼い子どもや美女に擬態して獲物をおびき寄せる植物型、中には頭や尻尾、心臓などが複数ある魔獣も存在するとか。性格も攻撃的で凶暴性が高く、一般常識としては「魔獣に遭遇したら即逃げるか死んだふりをしろ」とのこと。
ですが私は足が遅いので、亀のように丸まって身を守るしかありません。
トカゲというのはすばしっこい生き物だと思っていたのですが、私の場合、ゆっくりと歩くヨルンに追いつくのもやっとです。幸い翼があるので、空が飛べるようになれば魔獣に遭遇しても楽に逃げられるかもしれません。
「疲れたかい? 少し休もう」
ぜぇぜぇと荒い息を吐く私をひょいっと抱きかかえると、ヨルンはそのまま樹木に寄りかかるようにして座り込みます。
「幼い頃はよく、母上が僕を馬に乗せて、ここまで連れてきてくれたんだ。母上は弓の名手でね……」
ヨルンの声は小さく、悲しみに満ちていました。
すがりつくように私を抱きしめて、彼は言います。
「僕は絶対に君を独りにしないから、君も僕を置いて行かないでね」
それは無理な話です。
サラマンダーの寿命は長くて百年ほど、ですがヨルンは長命種のエルフです。私が本当にドラゴンであればそれも可能でしょうが、今の私には、どうか彼がペットロスになりませんようにと祈ることしかできません。
「あ、鳥だ」
突然、ヨルンは思い出したように声を上げると、私を高い位置に掲げて鳥のほうへ向けました。
「いいかい、イオ、鳥をよく観察して、飛び方を覚えるんだ。君は賢いから、できるはずだよ」
とんでもない無茶ぶりです。
前世でバードウォッチングにハマった時期もありましたが、だからといって、見よう見まねですぐに空を飛べるわけが……あ、できました。
「すごいよっ、イオっ。空を飛んでるっ」
身体と同じように、翼も大きく成長していたのですね。
通りで歩きにくかったわけです。
前世で空を飛ぶ夢を何度も見たことがありますが、実際に飛んでみると……変な感じです。
「君は天才だっ」
少し前まで母親のことで落ち込んでいたヨルンが、私を見て大はしゃぎしています。
そんな彼をもっと喜ばせたくて、私は両翼に力を込め、高く高く上昇していきました。
「イオっ、イオっ」
不思議と寒さは感じません。
上へ行けば行くほど風が強くなり、徐々に流されてしまいます。
「そんなに高いと危険だよっ、戻っておいでっ」
向かい風に流されまいと必死になって羽ばたいていると、ヨルンの心配そうな声が聞こえました。
そういえばどうやって下へ戻ればいいのでしょう?
とりあえず羽ばたくのをやめて、重力に身を任せることにしました。
急降下です。
「うわっ、危ないっ」
幸いなことに、ヨルンがタイミングよくキャッチしてくれました。
意外と頼もしいご主人様です。
ですがもう一度空を飛ぼうとすると、
「今日の散歩はもう終わりだよ、家へ帰ろう」
なぜか止められてしまいました。
ヨルンは私を抱えたままいそいそと来た道を引き返します。
おそらく母親に置いて行かれたことがトラウマになっているのでしょう。
翌朝、犬用のハーネスと長い長いリード――迷子ひも? をつけられてしまいました。
「これで自由に飛び回っても離れずにすむよ」
いつ私が雌だと知ったのか、首に真っ赤なリボンを結びつけながらヨルンは笑顔で言います。
リボンはとても柔らかな素材でできていて、クレイヴァル公爵家の紋章――皮肉にもドラゴンの形をしています――が入っていました。
過保護だと言わざるを得ませんが、これもペットの務めだと思い、飼い主の愛情を粛々と受け入れます。
私が飛ぶと、ヨルンは嬉しそうに空を見上げますが、はたから見れば少年が凧を飛ばしているようにしか見えません。
なんだか残念な光景ですが、ヨルンが子どもらしく楽しんでいるようなので、よしとしましょう。




