第二十四話
ヨルン父とアルフレッドさんが出ていくと、私は少し待ってから二人を追いかけました。
姿が見えなくても、どこにいるのかは匂いで分かります。
アルフレッドさんからは、薬草と油絵具のような匂いがしました。
二人は中庭にある東屋に入ると、小声で話し出します。
先に口を切ったのはヨルン父でした。
「ヨルンからイオをとりあげるのはおやめください」
「……まだ何も言っていないぞ」
「兄さんならやりかねない」
ヨルン父は疲れたようにため息をつきました。
「イングリットの件はお任せします。どうせ恩赦を与えて釈放するつもりでしょうが……」
「どうしてそう思う?」
「この時代に魔獣を狩る存在は必要不可欠ですから。そもそもイングリットを私に押し付けてきたのは兄さんでしょう」
私の前ではニコニコと優しげな表情を浮かべていたアルフレッドさんですが、ヨルン父の前だと露骨に不機嫌そうな顔をしています。
「お前が魔術師を廃業するなどと言い出すからだ」
「それで私に子どもを作れと命じたのですか?」
「私は王である前に神官だ。世継ぎは作れない」
アルフレッドさんは頑なに言い張ると、
「ヨルンも大人になったことだし、どうだろう。そろそろお前に玉座を譲ろうと思うのだが……」
さりげなく切り出しますが、
「ダメです」
とヨルン父にすげなく断られてしまいます。
「全部私に押し付けて、自分だけ楽隠居するおつもりでしょう?」
「それのどこが悪いんだ。お前だって魔術師を辞めたじゃないか」
「宰相としての務めは果たしています」
「それならヨルンを王にしよう。お前に似て優秀だから。あの子なら立派な王になれる」
ダメです、とヨルン父は笑顔で繰り返します。
「ヨルンは今、ワイスと共に非常に重要な案件に取り掛かっている最中ですから」
このドラゴン狂いめ、とアルフレッドさんは吐き捨てます。
「エルフがドラゴンを嫁にするなんて、聞いたことがない」
「イオは特別です。あの子の魂は人間ですから」
「領民にはなんと説明するつもりだ?」
「後日あらためて人間の姿で婚姻させます。イオの正体がドラゴンだとあえて言う必要はありません」
「……生まれてくる子どもはどっちになるんだ?」
「ドラゴンですよ。もちろん。キメラにはなりません」
「エルフの子どもは生まれてこないのか?」
「人間の姿で交尾すれば、可能性はなくもないかと……」
「その言い方はやめろ。お前たち魔術師と話していると、こっちまで頭がおかしくなる」
はぁっと重い息をつくアルフレッドさん、
「ヨルンが王になったら、ドラゴンが王妃になるのか……」
「ですから兄さんにはまだまだ現役で頑張って頂かないと」
頭を抱えるアルフレッドさんに、ヨルン父は優しく話しかけます。
「兄さん、兄さんはやればできる人なんです。これまでも王としての務めを立派に果たしてきたじゃありませんか。民にも慕われ、神官王としての人気も高い。一体何が不満なんです?」
「……忙しすぎて絵を描く暇がない」
「噓をつかないでください、睡眠時間を削ってまで描いているじゃありませんか」
「もっと描く時間が欲しい」
「退位したあとでいくらでも時間がとれるでしょう。エルフの時間は長いですから」
「一体いつになったら退位できるんだ」
下を向いて不貞腐れるアルフレッドさんを、ヨルン父が慣れた様子でなだめています。
「私の髪を見ろ、アーネスト。かつては黒々としていたのに。一体誰のせいで白くなったと思う?」
「お似合いですよ、白髪も」
「おためごかしはもういい、分かった。いつだって最後はお前に言い含められるんだ」
アルフレッドさんはやれやれといったように顔を上げると、
「王は続けてやる。イングリットにも恩赦を与える。その代わり、しばらくイオを貸してくれ」
「…………それは」
「あの子のことが気に入った。絵のモデルにしたい」
珍しく言葉に詰まるヨルン父に、アルフレッドさんは意地悪な笑みを浮かべています。
「絵が完成するまでイオを王城に滞在させる。これは王命だ。断ることは許さない」
***
二人の会話を盗み聞きしていた私は、イングリットさんが無事に解放されると分かってホッとしました。いつかまた人間の姿で会って、話ができればいいのですが。
それにしても、私を絵のモデルにしたいだなんて……。
アルフレッドさんは見る目があります。
きっとヨルンも喜んでくれると思ったのですが、
「お帰りなさい、ヨルン。今日はお客様が見えましたよ」
アルフレッドさんの話をすると、ヨルンの顔色が変わりました。
青ざめた顔で立ち上がると、足早に本邸へ向かいます。
私は心配になって、彼のあとを追いかけました。
本邸に着くと、螺旋階段を駆け上がり、ヨルンはまっすぐ執務室へ入っていきます。
まもなく言い争う声が聞こえてきて、扉を蹴破る勢いでヨルンが出てきました。
「ナナ、支度をして。今すぐこの国を出ていくから」
困惑する私の手を掴んで歩き出します。
「伯父上が君を気に入ったらしい。君を王城へよこせと命令された。僕から奪うつもりなんだ」
いつまでも動こうとしない私に焦れて、ヨルンが魔法で私を浮かせました。
そのまま荷物のように運ぼうとするので、
「ヨルン、待ってください。ヨルンはきっと誤解しています。私は誰にも奪われたりしません、自力で戻ってこられます」
「……相手が魔術師でも?」
「アルフレッドさんは違います」
「けれど今回、父上が伯父上の味方をしている。父上は隠しているようだけど、僕は知っているんだ。魔術師だって」
さすがはヨルン、父親の嘘を見抜いていたのですね。
「アルフレッドさんは苦労しているだけで、悪い人ではないと思います。私の絵を描いてくれると言っていました。絵ができあがったら、戻ってきます」
ですがヨルンは聞く耳を持ちません。問答無用で私を外へ連れ出します。
こんな形でヨルン父や公爵家の人たちとお別れをするのは嫌です。
「ヨルンっ、おろしてっ。おろしてくださいっ」
私が暴れると、ヨルンの足が止まりました。
「私の話を聞いてくださいっ、でないと一生、ヨルンとは口を利きませんっ」
彼はハッとしたように魔法を解いて、私を下におろしてくれました。
思わず尻もちをついてしまいましたが、私はすぐに立ち上がると、ヨルンの首にがぶりと噛みつきます。
ヨルンの身体が緊張したように強張りました。
「痛いですか?」
「……ううん、痛くない」
少し強めに噛んでも、ヨルンは痛そうな顔をしません。きっと我慢強いのでしょう。
びっくりしたような顔で私の顔を見ています。
生き物の中には、あえて相手に弱点(首)をさらすことで信頼を得、絆を結ぶ動物がいます。
それは人間もドラゴンも同じはずです。
「ヨルンも私に噛みついてください」
ちょうど首や肩が剝き出しのワンピースを着ているので、噛みつきやすいと思います。
ヨルンはおずおずと私の肩に触れると、私の首や肩に優しく噛みつきました。
そして最後は唇に。
「ヨルン、私はヨルンのツガイになります。こんな私で良かったら、もらってください」
頬を寄せ合い、彼は「うん」と頷きます。
「でも、この国を離れるのは嫌です」
「……分かった」
長い沈黙のあとで、彼はため息をつくように答えました。
「しばらく様子を見るよ」
それでもヨルンはアルフレッドさんに対して怒っていて、不満たらたらでした。
ヨルンの留守中に二人で会っていたのも気に入らなかったみたいです。
また彼が家出すると言い出す前に、私はヨルンの唇に噛みつき、黙らせることにしました。




