第二十二話
毒が抜けてケガが治ったら、すぐにでもヨルンに会いに行くつもりでしたが、
「イオ君、すまんが、まだダメじゃ」
お見舞いに来てくれたワイスさんに止められてしまいます。
なぜならヨルンは私よりも重傷で、治療にまだかなりの時間がかかるという話でした。
私がいたら治療の邪魔になると言われて、泣く泣く自分の部屋で待つことにします。
外へ出て遊ぶ気にもなれません。
こうなるとつい、イングリットさんのことを恨んでしまいます。
ですが、この状況に一番苦しんでいるのは、ヨルンでも私でもなく、イングリットさんでしょう。
あのあと、イングリットさんは警備兵に捕らえられ、投獄されてしまいました。
国家反逆罪及び殺人未遂の罪で。
ですがヨルン父とワイスさんの口添えで、死刑は免れたようです。
その上、ハンターギルドに所属するたくさんのハンターたち、重役の面々が、これまでのイングリットさんの功績に対して、恩赦を与えるよう国王に強く要求しているとか。またイングリットさんの逮捕を知った一部の民衆が、彼女を解放しろと王城前でデモ活動しているようです。
それだけイングリットさんは多くの人たちに慕われ、感謝されているということです。
釈放されるのも時間の問題でしょう。
イングリットさんを恨むのは筋違いだと、私も反省しました。
そもそもあの時ヨルンがさっさと人間に戻っていたら、こんな大事件にはならなかったはずです。
イングリットさんはきっと今頃、牢獄の中でヨルンの回復を一心に祈っていることでしょう。
ちなみにザイオンはヨルンと同じくらい重傷でした。しばらく動けないのでワイスさんの家で療養中です。
ワイスさんはこれを機にザイオンを鍛え直すと張り切っていました。
ヨルンの意識が戻ったのは、私のケガが治った一週間後のことでした。
私はワイスさんにすぐさま人間の姿に変えてもらうと、いそいそとヨルンの元へ向かいました。
「ヨルン、ヨルン、私が誰か分かりますか?」
「……もちろんだよ、ナナ」
ヨルンは目覚めたばかりでぼうっとしていましたが、私を見ると嬉しそうに笑ってくれました。
「身体はもう大丈夫ですか? 痛いところはありませんか?」
「君のほうこそ、ひどいケガを……」
ヨルンは思い出したように言って手を伸ばすと、私の身体に触れてきました。
探るような手つきがくすぐったくて、逃げるように離れてしまいます。
「私は元気です、ケガは治りました」
ケガ人である彼に余計な心配はかけまいと、私はその場で元気よくジャンプしてみせました。
するとドスンっドスンっと凄まじい音がして、床がへこんでしまいます。
これ以上続けると床が抜け落ちてしまうので、すぐにやめました。
「ところでお腹はすいていませんか? 喉は乾いていませんか?」
「お腹はすいてないけど、喉は乾いてる」
慌てて水差しからコップに水を注いで持っていくと、
「自分で飲めますか?」
「……たぶん」
ですが彼の手が少し震えていることに気づいた私は、コップを渡すのをためらってしまいます。
もしもこぼして服が濡れたら、風邪を引いてしまうかもしれません。
「私が飲ませてあげます」
彼の頭部を支えつつ、水をこぼさないよう、慎重に少しずつ口に含ませます。
顔を赤くしたヨルンに「ありがとう」と感謝された私は得意げでした。
「ごはんは私が用意します。塩分は控えめにして、消化にいいものを作りますね」
ヨルンは微笑んで頷いてくれます。
「うん、楽しみにしてるよ」
「それに、ヨルンの看病も私がやります。やり方もメイドさんたちから聞きました」
「うん、分かった」
「ヨルンの病気が治るまで一緒にいます。離れません」
「……病気じゃないけど、嬉しいよ」
彼はニコニコしながら私の提案を受け入れてくれました。
本当なら、私も笑い返すべきなのでしょうが、できません。
元気そうなヨルンの顔を見て安心したのか、なぜか涙がこみ上げてきます。
「ナナ?」
ヨルンがこのまま目を覚まさなかったらどうしよう、傷が悪化して死んでしまったらどうしようと、ここ一週間、心配のあまり気が狂いそうでした。夜もろくに眠れず、不安と恐怖を抱えたまま、今日までなんとか過ごしてきました。
「ヨルン、ごめんなさい、ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「ヨルンが寝たきりになってしまったのは私のせいです。私が……私が、ドラゴンだから」
彼は瞬きすると、じっと私を見つめて言いました。
「僕のケガは君のせいじゃない。自業自得だ。むしろ謝らないといけないのは僕のほうだよ。あの人が君にしたことを、僕は一生許さない」
それはダメだと、私はヨルンの手を掴んで握りしめます。
「イングリットさんは悪くありません」
もっともザイオンに対しては気の毒としか言いようがありません。
彼のことはワイスさんがどうにかしてくれるでしょう。
「無抵抗の君を傷つけたのに?」
とにかくダメだと繰り返すと、ヨルンはすねたような顔をしました。
納得がいかないようです。
私は無理やりイングリットさんの話を終わらせると、
「私に何か、してほしいことはありますか?」
ご主人様の機嫌をとるべく、すり寄ります。
ヨルンは私のせいで大けがをしたのですから、恥ずかしいなんて言っていられません。
「それとも黙って静かにしていましょうか?」
ヨルンはちらりと私を見ると「して欲しいことならあるよ、たくさん」といたずらっぽい笑みを浮かべました。どうやら機嫌を直してくれたみたいです。ホッとしたのもつかの間、思いがけない要求が彼の口から飛び出してきて、私は目を白黒させました。ですが言い出しっぺは私ですから、あとには引けません。
「ヨルン、ごはんができました。口を開けてください、あーん、です」
あーんと子どもみたいに口を開くヨルン。
いつもは凛々しい彼が、無防備で可愛らしい顔をしています。
もしかすると、単に甘えたかっただけなのかもしれません。
その日から私は毎日、親鳥のごとくヨルンに食事をさせ、薬を飲ませて包帯を変え、夜は入浴と着替えを手伝い、寝る前には本を読み聞かせ、最後に額と頬にキスをして彼を寝かしつけました。これまでは私の方がヨルンに面倒を見てもらっていたので、立場が逆転して、なんだか新鮮な気分です。
「できればキスは口にして欲しいな」
「噛みつかないって約束してくれますか?」
ヨルンは何か言いたげでしたが、
「…………善処する」
おかげでヨルンの噛み癖も少しずつおさまってきました。
唇だけでなく、首や肩にまで噛みついてきた時はどうしようかと思いましたが。




