閑話 とあるおっさんハンターが語ります。
イングリット・オリヴィア・クレイヴァルを知ってるかって?
そりゃ当然だよ、この世界に長くいて、彼女を知らない奴なんていねぇさ。
一度会えば忘れられねぇ、目が覚めるような美人よ。
ハンターギルドは一攫千金狙いのむさ苦しい男どもで溢れているからな、美人が一人いるだけで場が華やぐってもんさ。
エルフだから実年齢は分からねぇし、おまけにえらく気が強くてなぁ、この前も彼女をナンパしようとした大男が殴られて気絶してたよ。
彼女は悪くねぇ、馬鹿なのはそいつのほうさ。
ギルドに入りたての新人が、上位ランクのハンターに手を出そうなんざ百万年早いわ。
ハンターの実力は倒した魔獣の種類と数で決まる。
おおまかに言えば下級、中級、上級で区別されるが、イングリットは上級のさらに上、烈火の魔女、ドラゴンキラーの異名を持つ特級ハンターだ。
噂じゃドラゴンを絶滅に追いやったのは彼女だとも言われている。
イングリットの他にもエルフのハンターはいるが、彼女は別格だ。
実力もさることながら、何をしても育ちの良さがにじみ出ているというか――言葉遣いも上品だしな――ギルドの職員も、彼女の前だとやたらと礼儀正しくて、一歩引いている感じだ。同種族のエルフたちからも距離を置かれて、畏怖されている。最初はハンター歴の長い特級だから特別扱いされてるのかと思ったが、どうやら違うらしい。
とある情報通の話では、彼女は貴族出身の人妻で、旦那は王族の血を引く大物とか。
まぁ、クレイヴァルっていやぁ、この国にただ一つしか存在しない公爵家だからな、彼女の名前を知った時点でピンっとくる奴もいるだろう。こんな美人の嫁さんを外へ出すなんて、よく旦那が許したもんだと思ったが、イングリットは家出同然で家を出てきたらしい。彼女らしいと言えば彼女らしいが。
イングリットは基本一匹オオカミだ。
依頼を受けると、誰にも言わずにサッと行ってサッと帰ってくる。大型魔獣相手でも一歩も引かず、どれほど時間がかかろうとも、また命の危険にさらされようとも、必ず仕留めるのが彼女の流儀らしい。
彼女が過去に取り逃がした獲物は一体だけ。
大型火竜、漆黒のドラゴンだ。
そのドラゴンとは百年以上も前から戦ったり逃げられたりを繰り返していて、イングリットは時間さえあれば未だにそのドラゴンを捜している。ドラゴンが絶滅したなんて話ははなから信じちゃいねぇのさ。
イングリットの、ドラゴンに対する執着心は尋常じゃない。
ドラゴンの話になるとすぐに頭に血が上って、見境なく相手を殴り始めるんだ。
まぁ、酔っぱらってるせいもあるだろうが、毎度止めるのには苦労するぜ。
それにしても、ドラゴンキラーの異名を持つイングリットから逃げおおせるとは、よっぽど強いドラゴンなんだな。
おそらく最低でもヌシレベルだろう。上級ハンターの俺でも手こずるだろうな。下手すりゃ消し炭にされちまう。
ドラゴンには、その肉体そのものに強い魔力が宿っていて、良くも悪くも周囲に様々な影響を与えているといわれている。火山が噴火したり、地盤沈下が起きたりするのもドラゴンのせいだって言う奴もいるくらいだ。そんなドラゴンを使って武器や防具を作ろうと思った奴は天才だな。
女だてらに特級ハンターにまで上り詰めたイングリットの強さは、並外れた身体能力の高さと、百%の命中率を誇る弓の腕だけじゃない。人生の大半を自己鍛錬に費やしてきた彼女の装備品はほとんどレア素材――ドラゴン素材で出来ていて、彼女の力を何十倍にも、何百倍にも引き出せるよう作られている。だからあっという間に小型魔獣の大群や大型魔獣を倒せるってわけだ。
なんでそんなにイングリットに詳しいかって?
おいおい、俺をストーカー扱いするのはよしてくれよ。こんなのハンター業界じゃ常識だぜ。
いくら美人でも、誰があんなおっかない女に惚れるもんか。
美人の年増よりブスでも若いほうがいいっていうだろ。
ただな……イングリットには恩があるのさ。
俺がまだ青臭いガキだった頃、村が魔獣の大群に襲われてな。
今でも時たま悪夢にうなされるよ。ひでぇ有様だったからな。
あの時イングリットが村に派遣されて来なきゃ、俺も死んでただろうな。
もちろんイングリットに恩があるのは俺だけじゃないと思うぜ。
高給取りのいけすかない魔術師連中――インテリくそ野郎どもが生み出した魔獣のせいで、たくさんの人たちが家や家族を失ったんだ。元はドラゴンと人間が共存していくために発足したハンターギルドも、未だに魔術師の尻ぬぐい……戦争の後処理に追われてる。
おかげで飯が食えているわけだから、文句は言えねぇけどなぁ。
イングリットはドラゴンに復讐するためにハンターになったそうだが、彼女のおかげで救われた人間はたくさんいると思うぜ。烈火の魔女だの、ドラゴンキラーだのとおっかない異名をつけられちまってるけど、女らしい、弱い一面もあるんだ。
一度だけ、彼女が酒の席で愚痴をこぼしていたのを聞いたことがある。
子どもに会いたいけど、会えないってな。
俺が事情を尋ねると、ポツリポツリと話してくれたよ。
長年夫婦仲がうまくいかなくて、イングリットは苦しんでいたそうだ。
それがある時、我慢の限界がきて、衝動的に家を飛び出してしまったんだと。
当然、子どもも一緒に連れていくつもりだったが、
「お前に子育ては無理だ。この子が不幸になる」
って旦那に邪魔されて、仕方なく子どもを置いて家を出たそうだ。
暮らしが落ち着いたら子どもを引き取るつもりだったが、そのことを旦那に気づかれちまって「今後一切クレイヴァル家と関わりを持つべからず」って絶縁状を送りつけられてしまったらしい。王家の紋章付きで。要するに王命ってことだ。
この国じゃ、王命に逆らえば即反逆罪で死刑だからな。
さすがのイングリットも、どうすることもできなかったらしい。
「あの子はきっと、私のことを恨んでいるわ」
この親にしてこの子ありって言葉があるくらいだからな。
イングリットに似た子どもなんて、想像するだけでゾッとするぜ。
プライドが高くて自信家で、執着心も強いしな。
けどまぁ、俺には関係のない話さ。
イングリットには十年前に告白して振られているからな。
もう結婚はこりごりなんだと。
俺は全く落ち込んじゃいないぜ、女なんて星の数ほどいるからな。
それにこう見えて、俺は結構モテるんだ。なんせ上級ハンター様だからな。
あんなゴリラ女、さっさと忘れちまうに限るぜ。
ああ? だったらなんで泣いているのかって?
誰が泣くかよ。これは汗だ。俺は汗っかきなんだよっ。
話は終わりだ。とっととどっか行っちまえ、馬鹿野郎。




