第二話
「まさか直にお会いくださるとは……光栄です、公爵閣下」
目的地に着くあいだ、檻がずっと揺れていたせいでしょう。
途中から気分が悪くなって、私は中でぐったりしていました。乗り物酔いです。
「挨拶は抜きだ。さっそく商品を見せてくれ」
ですから檻の中から出された私は、我慢できずに綺麗なテーブルの上に吐いてしまいました。
生まれてから何も食べていないので、もちろん胃液だけです。気分は最悪でした。
そんな私を、耳のとがった美青年が冷たい目で見下ろしています。
「……これがサラマンダーの赤ん坊か?」
「はい、間違いありません」
「羽があるようだが」
「亜種です、閣下。珍しいでしょう?」
「触っても構わないか?」
「構いませんが、火にはご注意を」
「分かった、念のために防火用の手袋をつけよう」
無遠慮な手であちこち触られて、私にとっては恐怖しかありません。けれど我慢してじっとしていました。
下手に暴れたり逃げたりすれば、殺処分、なんてことになりかねませんから……くしゅんっ。
「本当だ、火を吹いた」
美青年は感心したように頷くと、そっと私から手を離しました。
その様子を手もみしながら眺めていたドワーフたちが我先にと口を開きます。
「ご覧の通り健康体ですし、鱗の色つやも大変美しいでしょう?」
「サラマンダーはほとんど動かないので、お世話も簡単です」
「ご子息様にも必ず気に入っていただけるかと……」
「去年の誕生日にはドラゴンの化石を贈ったのだが、本物が欲しいと駄々をこねられて困ったよ」
美青年――どう見ても二十代前半くらいの青年にしか見えないのに、もう子どもがいるなんて驚きです――の言葉に、ドワーフたちはぷっと吹き出すと、
「それは無理な注文ですね」
「ドラゴンが絶滅して、かれこれ数百年以上が経ちますし」
「ハンターによる乱獲が原因でしょう。ドラゴン素材は法外な値段で取引されていますから」
恐ろしい話が耳に入ってきました。
やはりこの世界でも人間――エルフやドワーフも人間に含まれるのでしょうか? ――によって多くの生物が絶滅の危機に瀕して……いいえ、今は他生物の心配より、自分の心配をしたほうがいいかもしれません。そろそろ現実逃避はやめて、目の前の危機に集中すべきでしょう。
私は今、ドワーフみたいな三人組のハンターによって、ろくに餌も与えられず、ペットとして売られようとしているのですから。
しかも子どもの誕生日プレゼントして。
十二歳の男の子といえばわんぱくざかり、一体どんな目に合わされるのやら……いいえ、もしかしたら「サラマンダーはいらない」と断られる可能性も……それはそれで大変傷つきますが、命あっての物種です。
「それで、どうでしょう、閣下」
「ご購入なさいますか?」
「無理なようなら、他のお客様に……」
畳みかける三人に、公爵はまじまじと私を見下ろしながら答えます。
「サラマンダーの亜種とは珍しい。まるでドラゴンの赤ん坊のようだ。気に入った」
商談成立……どうやら私の永久就職先が決まったようです。
***
シャンデリアの光が眩しい、どこまでも広い広い鏡の間。磨き抜かれた床の上を歩くのは色とりどりの美しいドレスを着た女性たち、そんな彼女たちをエスコートする男性陣も、ピカピカの靴を履いて、タキシードでバシッと決めています。長テーブルの上には溢れんばかりに食事が用意されていて――見たことがないような果物の山、甘い香りのするお菓子に、大皿に盛られたハムやチーズやお肉――おそらくお酒でしょうが、グラスの中で宝石のように煌めく飲み物がずらりと並び、音楽は当然生演奏です。
大きなリボンがついたプレゼント用の箱の中で、空気穴から外の様子を眺めていた私は、たまらずため息をついてしまいました。
「紳士淑女の皆様、本日は息子の誕生日パーティーにお越し頂き、誠にありがとうございます。ささやかではありますが、食事と飲み物をご用意しておりますので、これを機にご親睦を深めて頂き――」
主催者であるエルフの美青年がグラス片手に挨拶の言葉を口にしていますが、まるで耳に入ってきません。
私の家は放任主義なので、親に誕生日を祝ってもらえたのは十歳までです。
それ以降は友人が、恋人が、おいしい食事と素敵なプレゼントで祝ってくれました。
一番お金がかかった結婚式や披露宴ですら、このパーティの豪華さに比べたらちっぽけなものです。
ですからつい思ってしまいます、「子どもの分際で、なんて贅沢なんでしょう」と。
たかが誕生日ごときで親にこれほど散財させるなんて、とんでもなく愛されているか、わがままなボンボンに違いありません。
ひどく空腹だったせいもあり、私は公爵家の金持ち親子に対して、あまり良い感情を持つことができませんでした。
そもそも十二歳の子どもに生き物をプレゼントするなんて、どうかしています。
すぐに飽きられて捨てられるか、いじめ殺されるかのどちらかですから。
――早く大きなって、この家から逃げ出さないと。
私は決意しました。
そのためには、とにかくモリモリ食べて、よく眠ること、もしもいじめられたら、身体を丸めてじっとしていましょう。幸い私の皮膚は厚く、硬い鱗もついているので、叩かれたり蹴られたりしても、亀のように身を守ることができるはずです。
「では皆様、中にはすでにご存じの方もいらっしゃいますが、あらためまして、我が息子ヨルンを紹介しましょう」
そう言って彼は、後ろに隠れるようにして立っていた少年を前に押しやると、「さあ、皆様にご挨拶を」と耳元で囁きます。
出てきたのは輝くような金髪に透き通ったガラス玉のような青い瞳をした少年です。
たくさんの招待客から注目されても、彼は物怖じすることなく背筋を伸ばすと、
「ヨルン・エリオスです。本日は僕のためにご足労いただき、ありがとうございます」
少年らしい涼やかな声ではきはきと口上を述べると、優雅に腰を曲げてお辞儀をしてみせました。貴族特有の挨拶なのでしょう。理知的な目に引き締まった口もと、顔立ちが父親そっくりで整っているせいもあるのでしょうが、とても大人びて見えます。
そんな息子が誇らしくてたまらいといったように、公爵は満面の笑みを浮かべて息子を見つめると、
「では、私の跡継ぎであり、未来の公爵閣下にプレゼントを渡すとしよう」
直後、私の入っている箱が宙に浮かび、動き始めました。
どうやらついにご対面です。
「ありがとうございます、父上。開けてみてもよろしいですか?」
「ああ、もちろんだとも。お前がずっと欲しがっていたものだよ」
少年の頬が期待で真っ赤に染まります。
「もしかして……もしかして……」
興奮のあまり言葉を詰まらせる少年に、父親は周りに聞こえないよう、小声で伝えます。
「そうだ、ドラゴンだよ。ドラゴンの赤ん坊だ。お父様が必ず手に入れると約束しただろう? 皆には内緒だよ。大切に育てなさい」
一気にハードルがあがりました。
この父親、とんでもない嘘つきです。




