第十七話
ワイスさんに騙されました。
私が飲んだ薬は発情を抑える薬ではなくただの栄養剤でした。
睡眠薬だけは本物で、眠っているあいだに雄を誘うフェロモンを大量に垂れ流していたようです。
突然ザイオンが私の前に現れたのはそのせいでした。
私が飼いドラゴンでなく、野生のドラゴンだったら、翌月には丸々とした有精卵を産んでいたかもしれません。
ヨルンの話によると、ドラゴンはツガイで子育てするそうです。
一度に産む卵の数は二つから三つ、卵は高い岩場の上か、深く掘った地面の奥に隠しておき、一年から二年かけて定期的に卵を炎の息吹で温め、孵化させます。
卵が孵化するまで、親ドラゴンは巣の周辺に絶えず目を光らせているといいます。外敵から卵を守るためです。そして卵が孵化して子どもが生まれると、二体で交互に餌やりをします。
卵が孵化した瞬間から、親が子どものそばを離れることはありません。
必ずどちらか一方が子どものそばにいて、巣立ちの時まで子どもを守ります。
ということは、私を産んだ親ドラゴンは両方ともすでに亡くなっていることになります。私もクレイヴァル家に保護されることなく、あのまま外の世界に放置されていたら、私よりも大きな捕食動物に食べられるか、ハンターに狩られて、武器の材料にされていたことでしょう。
――そういえば……ドラゴンの赤ん坊って何を食べるの?
あらためて話を聞いて、私は不安になりました。
恥ずかしいかな、私はこれまで自分で自分の餌をとったことがありません。
私を育ててくれたのはヨルンですから、私より遥かにドラゴンの育て方に詳しいでしょう。
試しに聞いてみたところ、
「基本、親と一緒だよ。野生の世界じゃイノシシやシカ肉が多いかな。中には魚を食べるドラゴンもいるよ。冬の時期で狩りができない時は、動物の死体や腐肉を食べることもあるそうだ」
腐肉と聞いてビクつく私に、
「君のご飯は牛肉メインだから、安心して」
お金持ちの家に引き取られて良かったと、胸をなでおろした瞬間でした。
ともあれ、ワイスさんのしたことは今でも許せません。
人間の世界であれば警察に駆け込むレベルですが、今の私はドラゴン……ただ泣き寝入りするしかありません。
幸い、ヨルンが助けてくれたので未遂で済みましたが、
「ごめんね、もう二度と君にあんな怖い思いはさせないから」
ザイオンに追い回されて、私がどんなに怖い思いをしたか、どれほど必死になって戦ったか、あのあと泣きながらヨルンに訴えました。ヨルンは私の気持ちを理解してくれて、弱り切った顔で何度もごめんねと謝ってくれました。もっとも私に謝るべきはヨルンではなくワイスさんでしたが「イオくんは意外と身持ちがかたいのじゃな」と全く反省していない様子――もう二度と、この人には心を開かないと決意しました。
とりあえずヨルンを味方につけておけば、次の発情期も無事にやり過ごせると思ったのですが、
「僕がドラゴンになればいいんだ。他のドラゴンも、ツガイのいる相手には手が出せないから」
ドラゴンに変身して私のツガイになるのだと、まだ言っているのです。
あれは冗談か、ワイスさんを納得させるためのその場しのぎの言葉だと思っていたのですが、ヨルンが本気だと知って、私は慌ててしまいました。
「ギャっ、ギャっ(だめ、だめっ)」
「どうして? 僕のことが嫌いなの?」
「ギャーっ(嫌いなわけないっ)」
「だったら好き? 好きだよね?」
好き嫌いの話で済む問題ではないと私は言いましたが、
「そういう問題で済む話だよ。君の心が人間であろうとする限りは」
首を傾げる私に、ヨルンは続けます。
「君はドラゴンでありながらドラゴンになりきれていない、不完全な存在なんだ。だからこそ危うい魅力がある。君がツガイを望まず、現状を維持しようとしても、周りがそれを許さない。特に先生がね。それだけドラゴンはこの世界にとって必要不可欠な存在なんだ。だから僕を選んで、ツガイになったほうが君の身のためだよ」
思わず考え込んでしまった私に、ヨルンはぷっと吹き出すと、
「難しく考えないで。単にプロポーズしているだけなんだから」
おもむろに跪いて言いました。
「君に出会った瞬間から、僕の頭は君でいっぱいだ。ドラゴンになりたいと思ったのも、もっと君のことが知りたかったら……君が見ている世界を僕も見てみたいと思ったからで……大好きなんだ、君のことが」
ヨルンはずいぶんと大人になりました。
癖のない黄金色の髪に晴れ渡った空のような瞳、甘く整った優しい顔立ち――外見こそは上品で王子様然としたヨルンですが、好きなことに関しては横暴で融通の利かないところがあります。けれど私を見上げる彼の表情は、子どもの頃と変わらない、純粋無垢で、キラキラした目をしていました。
思わず言葉に詰まってしまった私に、返事はいつでも構わないと彼は言いました。
「君が僕以外の相手とツガイになることは許さないけど、受け入れてくれるまで何十年でも……何百年でも待つよ」




