第十四話
ワイスさんもヨルンも、どうして私に魔法を教えてくれないのでしょう。
もしかして、私は二人に馬鹿だと思われているのでしょうか。
ドラゴンを人間に変える魔法は高度だとヨルンも言っていましたし。
どうせ私にはその呪文すら覚えられない、教えたところで時間の無駄だと思われているのかもしれません。
確かに勉強は苦手ですし、散歩に行きたくないと言ってヨルンを困らせたりもしました。
ですが私には前世の記憶があります。
それを生かして、なんとか二人に考えを改めさせることはできないでしょうか。
やればできる子だと。
私はある思いつきを実行するために、ヨルンに人間の姿に変えてもらい、厨房へ駆け込みました。
さすがに前世で使っていたような調味料……お醤油やお味噌、ソース……などはありませんでしたが、私の大好きなはちみつがありました。それに小麦粉もあります。そのほか珍しい野菜類とハーブ類、トマトに植物性の油も、お塩に砂糖、コショウとチーズ、そしてたくさんのジャガイモがありました。
私は近くにいたメイドさんに頼み込んで、料理をさせてもらうことにしました。
包丁を握るのは久しぶりで、少し緊張しましたが、しっかりと手順は覚えています。
私はまず、茹でてすりつぶしたジャガイモとチーズ、ホウレン草に似た葉もの野菜を混ぜてニョッキを作りました。それから皮をむいたトマト、にんにく、ハーブ、鶏肉のだし汁、はちみつにお酒、コショウを使ってトマトソースを作ると、そのままニョッキをくわえて……トマトパスタの出来上がりです。ついでに余った材料でジャガイモのガレットも作りました。つまみ食いしたところ、サクサクもちもちで美味しかったです。
「ナナ、君って料理ができるんだね」
様子を見に来たヨルンが感心したような声を出します。
彼は今、ワイスさんの仕事を手伝っていて、相変わらず忙しそうにしています。
外出する機会も増えました。その時は決まって私はお留守番です。
私には何があっても毎食きちんと食べさせるくせに、ヨルンは仕事に夢中になると平気で食事を抜いてしまいます。栄養補給は定期的にしているようですが、仕事をしながら味気ない乾燥固形物を口にする彼を見るたびに、私は密かに胸を痛めていました。
「ヨルンのために作りました。食べてみてください」
これで私がただのぐーたらなドラゴンではないと、分かってもらえるはずです。
私の思惑通り、ヨルンは初めて見る料理だけどおいしいと言って、お代わりまでしてくれました。
「それで、この料理はどこで覚えたの?」
「前世でネットのレシピを見て覚えました」
ねっと? と不思議そうに首を傾げる彼に、
「私の世界の……魔法みたいなものです」
だからこの世界でも魔法を使えるようになりたいのだと必死になって訴えましたが、
「君は空を飛べるし、炎を吐くこともできる。こうして料理をすることも。君の存在そのもが魔法みたいなものだよ」
最後は父親譲りの甘ったるい言葉と笑顔でごまかされてしまいました。
……私もチョロくなったものです。
***
ドラゴンの世界では、およそ七年くらいで繁殖が可能となりますが、肉体は人間でいうところの十四歳から十六歳にあたるらしく、私の感覚からすると、子どもを持つにはまだ早すぎるように思えます。いくら中身がバツイチ中年女でも、ここは肉体に合わせるべきでしょう。
私が生まれて――転生してから七年目の春が訪れました。
今や私の体長は十二メートル、体重は……秘密です。
ヨルンは先日二十になりました。ヨルン父と並ぶと、まるで双子の兄弟のようです。息子の成人を祝うパーティーでは様々な種族のご令嬢たちが屋敷に押しかけ、とても賑やかです。
珍しくヨルンもお酒を飲んで上機嫌でしたが、相変わらず誰とも踊る気配がありません。
これまでは遠目でパーティーを覗き見ることしかできなかった私でしたが――たとえ人間の姿でも、目立つ行動は極力控えるようとヨルンに言われていたからです――今日は特別に許可してもらい、招待客として堂々とパーティーに出席していました。
ドラゴンは嗅覚が鋭いので、招待客の香水の香りで鼻が曲がりそうです。
お酒が飲みたくて仕方ありませんでしたが、見た目年齢十六歳なので我慢するしかありません。
「そんな隅っこにいないで、こっちにおいで」
目立つなと言ったくせに、ヨルンが私をフロアの中央へ引っ張っていきます。
きっと酔っているせいでしょう。
「そのドレス、よく似合ってる。綺麗だよ」
「……ありがとう」
身体にフィットした白いドレスはとてもシンプルで、着心地も悪くありません。ですがじろじろと人に見られるのは苦手なので「せっかくなので踊りましょう」と言って、そのまま彼をダンスフロアへ誘います。
「いいけど、足を踏まないでね。致命傷になるから」
「うっ……気を付けます」
移動中、女性陣の突き刺さるような視線を感じましたが、ダンスが始まると気にならなくなりました。ヨルンが巧みにリードしてくれるので、途中でミスすることなく、最後まで楽しんで踊ることができました。
ですが、
「父上が呼んでる、少しの間ここで待ってて。ダンスに誘われても断るんだよ」
未だ子ども扱いしてきます。
ヨルンがいなくなると、急にお腹がすいてきました。
言いつけを破って軽食コーナーへ向かいます。
すると、
「ちょっと、そこの貴女……」
呼び止められて振り返ると、そこにはとても綺麗な女性が立っていました。濃い化粧をしているわけでも、派手な装いをしているわけでもないのですが、目鼻立ちがはっきりていて、長身で、妙に迫力があります。
なんだか見覚えのある顔ですが、鼻が利かないので思い出せません。
「突然呼び止めてしまってごめんなさい、私はヨルンの……叔母なの。だからつい貴女のことが気になってしまって。あの子が人前で誰かと……それも貴女みたいな年頃の女の子とダンスをするなんて初めてのことだから……」
言われてみれば確かに耳が尖っていますし、ヨルンに似た雰囲気もあります。
公爵家のパーティーにはいつも出席しているような口ぶりなので、それで見覚えがあるのかもしれません。
ですがヨルンに叔母さんがいたなんて、初めて聞きました。
「もしかして、貴女はヨルンの恋人? それとも婚約者かしら?」
「いいえ、そのどちらでもありません。私はヨルンの友達です」
友達、とつぶやくと、彼女は嬉しそうに「ふふふ」と笑います。
「まあ、そうなの。なんて可愛らしいのかしら。貴女、お名前は?」
「……ナナです」
気のせいでしょうか。
よく見ると、彼女の目には薄っすらと涙が滲んでいました。
「ナナさん。どうか、あの子のことをお願いね。父親に似て、自分の気持ちに鈍感なの。冷たく見える時もあるかもしれないけれど、根はとても優しい子よ。だからきっと、貴女のことも幸せにしてくれるわ」
ナナっ、と私を呼ぶヨルンの声が聞こえました。
すると彼女は慌てたように顔を伏せ、逃げるように立ち去ってしまいます。
あっという間の出来事でした。
「今の誰? 誰と話してたの?」
私は答えることができませんでした。
彼女が本当にヨルンの叔母さんなら、逃げる必要はなかったはずです。
その瞬間、彼女が誰なのか、どこで彼女の顔を見たのか、私は思い出しました。
かつて、鏡の間に飾られていた肖像画――今は棚の奥に隠されていますが、一度だけヨルンに見せてもらったことがあります。そこに彼女の顔が描かれていました。
ヨルンの母親、イングリットさんです。




