第十三話
最近、眠くて眠くて仕方ありません。
爬虫類は寒さに弱いらしいので、そのせいでしょうか。冬になると、私は温かな場所を探して室内を歩きまわり、たいてい絨毯の隙間やヨルンのベッドにもぐりこんでじっとしています。さすがにこの時期は、外へ出て空を飛ぶ気にはなれません。
この三年間で、私はさらに大きくなりました。
長い長い尻尾を含めると、体長八メートルはあるでしょうか。
もう絨毯の隙間にもぐりこむことも、ヨルンのベッドで眠ることもできません。
ヨルン父が私のために小屋を建ててくれたので、今はそこで生活しています。
もっとも小屋というよりは離れと言うべきでしょうか。見た目はギリシャ神話に出てくる石造りの神殿そのもので、いくらくしゃみをしても、火事で焼失する心配はなさそうです。中も広々としていて、部屋と部屋を仕切るための壁や扉はほとんどなく、私が自由に歩き回れるよう設計されています。
冬になると、大広間にある暖炉に火が入り、私はいそいそとそこへ向かいます。
暖炉の前に敷かれた絨毯の上に座り込むと、てこでも動かない覚悟で陣取るのです。
「イオ、いつまで寝てるの? そろそろ散歩へ行く時間だよ」
声変わりしたヨルンに呼ばれても、私は返事をしませんでした。
外は寒いので出たくありません。
「そっちがその気なら……」
次の瞬間、私の身体が宙に浮かぶのを感じました。
どうやらヨルンが魔法を使ったようです。
温かな暖炉がみるみる遠ざかっていき、「ギャーっ(ひどいっ)」と私は叫びました。
「ひどくない。運動は必要だ。君の健康のためだよ」
「ギャっ、ギャっ(鬼っ、悪魔っ)」
「……そこまで言わなくても」
弱ったような声を出すと、私を浮かせて荷物のように運んでいたヨルンでしたが、
「分かった、ならこうしよう」
途中で向きを変えて、私をとある部屋へと連れていきます。
そこは衣裳部屋でした。
色鮮やかな服がずらりと並んでいて、目がチカチカします。
全て女性ものです。
「人間の姿に変えてあげるから、服を選んで。着せてあげるよ」
これ以上、駄々をこねるのも大人げないので、私は迷わず分厚い生地のワンピースとコートを選びました。
もちろん厚手のタイツとブーツも欠かせません。
着替えは一人でもできますが、癖のある長い髪の毛だけは厄介です。ヨルンが髪の毛を切らせてくれないので、伸びに伸び続けて、とんでもない長さになっていました。鏡の前に立って必死に髪の毛を梳かしていると、
「貸して、僕がやるから」
いつの間にか背後に立っていたヨルンに櫛を奪われてしまいます。
この三年間でヨルンもいっそう大きく成長しました。
人間の姿の私より頭二つ分高く、肩幅もがっしりしていて、もう立派な青年です。
ただでさえ父親似の王子様フェイスなので、どれほど地味な恰好をしていてもヨルンは人目を引きます。公爵家でパーティーがあるたびに、着飾ったご令嬢たちに囲まれて、きゃあきゃあ言われていますが、相変わらず他人には興味がない様子――ですがヨルン父は「まだまだ時間はたっぷりあるから、気長に待つさ」と寛容です。
せっかくダンスができるのに、誰とも踊らないなんてもったいない、と嘆く私に、
「だったら君が相手をしてあげなさい。友達じゃろ?」
とワイスさんに言われて、最近ダンスの練習を始めました。
もちろん人間の姿になった時だけですが、机にかじりついて勉強するよりは遥かにマシです。
ヨルンも二つ返事でダンス講師を引き受けてくれました。
離れに私専用の衣裳部屋ができたのはそのせいで、いつの間にかダンス用のドレスと靴と装飾品で埋め尽くされていました。
「終わったよ、どうかな?」
ヨルンは賢いだけでなく、手先も器用です。
長い髪の毛を綺麗に整えて編み込みにし、邪魔にならないよう髪飾りを使ってまとめてくれました。
「ありがとう、ヨルン。素敵です」
心から感謝しつつも、私は未だ、鏡に映る自分の姿に慣れません。
そこには目を見張るような美少女がいました。
燃えるような赤髪に雪のように白い肌、吊り上がった黄金色の瞳――どこからどう見ても外国人です。
年の頃は十二、三歳といったところでしょうか。
早く大人になりたいものです。
「たくさん着こんだから、これで外へ出られるね」
ニコニコとご機嫌のヨルンに手を引かれ、私は憂鬱な気持ちで外へ出ました。
外は雪が降っていて、凍えそうな寒さです。
吐く息が真っ白になりました。
「……今日は狩猟の森まで行かないで、早めに帰りましょう」
ですがヨルンは答えず、手を繋いだままどんどん歩き出します。
最初はゆっくり歩いていたのが、徐々に早足になり、最後は小走りになって――自然と息が上がってきました。
「ほら、温まってきただろ」
これでは散歩でなくマラソンです。
しぶしぶ彼の遊びに付き合いながら、私は言います。
「ヨルン、私にも人間になる魔法を教えてくれませんか?」
いくらワイスさんに頼んでものらりくらりとかわされてしまうので、私はヨルンにお願いすることにしました。
きっと彼ならすぐに教えてくれるだろうと思いきや、
「……君はどうしていつも人間になりたがるの?」
彼は足を止めて、不思議そうに私を見ます。
そういえばまだ彼には前世の記憶があることを話していませんでした。
隠すつもりはないので、正直に打ち明けます。
「ヨルンは前世の存在を信じますか?」
前世の私は人間で、どこにでもいるような普通の主婦でした。だから人間の姿に愛着があるのだと説明すると、「詳しく聞かせて」とヨルンに詰め寄られます。私は思い出せる範囲で、前世の記憶を彼に話して聞かせました。
ただし病気になったあとの話はしていません。
思い出したくもない、悲しい記憶だからです。
話が終わると、ヨルンは長いこと黙っていました。
なんだかショックを受けているようなので、
「……驚かせてしまってごめんなさい」
繋いだ手を離そうとしましたが、
「だったら君は、前世で夫だった男を探し出して、また結婚したいの? 人間になりたいのはそのせい?」
怒ったような顔でいっそう強く握り返されて、慌てて首を横に振ります。
「いいえ、あんな人、もう夫でもなければ、好きでもありません」
「……本当に?」
「はい、本当です」
それでもヨルンは腑に落ちない顔をしています。
「ドラゴンが相手なら仕方がないって思えるけど、人間はダメだ」
一体どういう理屈なのか、人間はダメだと繰り返し言います。
「事情は分かった。耳を疑うような話だけど、信じるよ。君が僕に嘘をつくはずがないから」
「だったら……」
私の言葉を遮るように、彼は言います。
「だけど、わざわざ魔法を覚える必要はないよ。僕がいるんだから」
確かにヨルンに頼めば、いつでも人間の姿になれます。
ドラゴン語もマスターして、協会の試験にも合格した彼は、今や一人前の魔術師ですから。
「でもそれだと、私はヨルンがいないと何もできないドラゴンになってしまいます」
冗談を交えつつ食い下がりますが、彼は気にも留めません。。
話は終わったとばかりに再び歩き出します。
強く強く、私の手を握りしめたまま。




