第十二話
「誰が君にこんなひどいことを……」
優しい手つきで口輪を外しながら、ヨルンの声は怒りに震えていました。
束の間、魔法で姿を消していたワイスさんでしたが、再び現れると、三人組のハンターを連れて戻ってきました。ザイオンの言う通り、気絶しています。ただし顔がパンパンに腫れていたり、腕が変な方へ曲がっていたりと、三人ともボロボロです。ちなみに斧やハンマ-といった武器は全て真っ二つに折られていたそうです……恐ろしや。
「すてに罰は受けておる。ザイオンの仕業じゃ」
私の代わりにワイスさんが経緯を話してくれました。
サムという名前の大工さんは本当にいて、私が誘拐される前日に仕事を辞めたそうです。
必ず見つけ出してむくいを受けさせてやると、ヨルンは息まいていました。
「ところで先生、そのザイオンという名の人物は何者ですか?」
「弟子の一人じゃ。そもそもあやつは人間ではない。ドラゴンじゃよ」
恐れていた通り、ドラゴンと聞いてヨルンの瞳が輝きます。
「ドラゴンは総じて知能が高いが、魔力を持ったものは稀じゃ。あやつはかつて、広大な土地を縄張りとする主じゃった。じゃが魔獣の出現で捕食者の頂点を奪われ、強力な武器を持つハンターどもに追われて、今はやむをえず逃亡生活を送っておる。あやつを弟子にしたのは成り行きじゃ。イングリット殿にやられて、死にかけておったところを助けたついでじゃよ」
烈火の魔女イングリット・オリヴィア。
私はその名前を脳裏に焼き付けました。できれば写真も欲しいところです。
夫婦仲が悪かったのは本当らしく、私は一度もこの屋敷でイングリットさんの肖像画を見たことがありませんでした。おそらくどこかに隠しているのでしょう。それはあとでヨルンに頼んで見せてもらうことにして……ついでに彼女が着ていたドレスの匂いも嗅がせてもらいましょう。匂いさえ記憶しておけば、風向き次第で見つかる前に逃げることもできるはず……。
私があれこれ考え事をしているあいだにも、二人の会話は続いていて、
「イオくんの存在を知られた以上、あの三人には忘却の魔法をかけねばならん」
「僕にやらせてください、先生。呪文はもう覚えました」
「よし、いいじゃろう。サムという名の大工はわしに任せておけ。他に情報を漏らしていないか締め上げてから記憶を抹消する」
「お願いします、残った問題はザイオンですが……」
ヨルンは気がかりな視線を私に向けると、
「イオはまだ幼体……子どもです。繁殖の話はしたくありません」
「だがいずれ、繁殖期に入ればザイオンはイオくんの居場所を突き止め、ここへ来るじゃろう。その時はどうする?」
「追い返します」
即答するヨルンに、
「ザイオンは手ごわいぞ。君の兄弟子じゃ」
「対策を考えます。絶対に負けません。先生もおっしゃっていたでしょう? 僕には魔術師としての才能があると」
「それはそうじゃが……」
「魔術の勉強だけでなく、弓の練習も始めるつもりです」
ヨルンの声はやる気に満ちていました。
「幼い頃に母上から手ほどきを受けたので、基本はできています。母上がいなくなってからは、やめてしまいましたが……僕は剣を振るうよりも、弓のほうが向いているかもしれません」
「……確かにザイオンにとっては有効な手じゃ。あやつは弓使いを何より恐れておるからのう」
ワイスさんはおかしそうに笑うと、
「しかし、イオくんの気持ちはどうなるね?」
「イオの気持ち、ですか?」
「ヨルン、君と同じく彼女もこれから成長し、大人になる。強い雄に惹かれるのは雌の本能じゃ。イオくんとて成体になれば、ザイオンになびくかもしれん」
なんだかいたたまれない空気になってきました。
本人を前にして、繁殖云々の話はやめて欲しいものです。
「その時は……嫌ですけど……本当に嫌ですけど……イオの気持ちを……尊重します」
その時のヨルンは、なんだかまずいものでも食べたような顔をしていました。
「そして僕も彼らの巣へついていきます。ずっと一緒にいると、イオに約束したので。彼女が乱暴に扱われないか、心配だし……」
まるで新婚旅行にまでついてくる母親のような口ぶりです。私はまたもや固まってしまいました。
ですがワイスさんにとっては満足のいく答えだったようで、
「安心せい、イオくんがザイオンを拒むのであれば、わしとて無理強いするつもりはない。君の言う通り、イオくんはまだ子どもじゃ。わしらで守ってやらねば。当分の間、イオくんに目くらましの術をかけておこう。ハンターや他のドラゴンに見つからぬように……」
「僕にもその魔法を教えてください」
この日を境に、ヨルンはいっそう魔術の勉強にのめり込んでいきました。
同時に弓の練習も再開し、自己鍛錬に励んでいます。
私はそんな彼を少しでも息抜きさせようと、たまに勉強の邪魔をしたり、弓の練習場に忍び込んで的を壊したりしているのですが、
「そんなに僕に構って欲しいの? いいよ、遊んであげる」
まったくの誤解ですが、怒られるよりはマシですし、ヨルンも嬉しそうなので結果オーライです。
ドラゴンの姿でいる時は、片時も主人のそばを離れない忠犬そのものですが、人間の姿でいる時は、ヨルンは私に勉強を教えてくれます。おかげで簡単な計算や文字の読み書きができるようになりました。
そしてワイスさんが屋敷に来ている時は、私はワイスさんに付きまといます。
なぜなら、
「ギャー、ギャっ(私にも人間になる魔法を教えてっ)」
ワイスさんがいる時しか人間の姿になれないのは不便ですから。
もう少し大人になってから、とワイスさんはお決まりの答えを口にしますが、そのことがもどかしくてたまりません。
そんなこんなで、あっという間に三年の月日が流れました。




