第十話
一体どうして、こんなことになってしまったのでしょう。
ガタガタっと大きな音がして、ブルブルッと馬が不満そうな鳴き声を上げています。
現在、私は揺れる馬車の中にいました。
少し前までヨルンの部屋でお昼寝をしていたはずですが……。
「まさか本当にドラゴンだったとは――あのエルフにしはしてやられたぜ」
「本当になぁ。たった金貨十枚じゃ、割に合わねぇよなぁ」
「けど、気づいて良かったじゃねぇか。これもサムのおかげだな」
サム?
そういえば、私の小屋を建てている大工さんに、そんな名前の人がいたような……。
「奴には情報料を渡さねぇと」
「覚悟しとけよ、高くつくぞ」
「なあに、このドラゴンを売れさえすれば大金が手に入るんだ。一生遊んで暮らせるぜ」
なんだか聞き覚えのある声です。
薄目を開けてみると、一年前に私を公爵に売り渡した三人組のハンターがいました。
授業で習ったのですが、この世界にはハンターギルトというものが存在します。基本、所属するギルドから仕事をもらって報酬を得る、その日暮らしの自由業らしいのですが、実力次第では一攫千金も狙えるため――その分、命の危険を伴いますが――就職難にあえぐ若者たちの、一種の避難場所にもなっているそうです。
ですがドラゴンが絶滅し、自然発生したモンスターたちの数が激減した現在、ハンターの仕事の大部分が魔獣討伐らしいのですが……なぜこの人たちは魔獣討伐もせず、私を囲んでお喋りをしているのでしょう?
一人が馬を操っていて、もう二人は荷台に座っています。
「だが、こいつが本物だって、どう証明する? ドラゴンは絶滅したもんだと皆思い込んでるんだぜ」
こいつというのは、間違いなく私のことでしょう。
鎮静剤を打たれたか、麻酔玉でも投げつけられたのでしょうか、身体が重くて言うことを聞きません。眠気が絶えず襲ってきます。
「見て分かるだろ。牙とかぎ爪のあるサラマンダーなんているか?」
「なにを偉そうに。一年前は亜種とか言って、気づかなかったじゃないか」
「あん時はあん時さ」
ハンターたちは上機嫌で私を指差します。
「サムの話じゃ、こいつは夜明け前にいつも空を飛んでいるそうだ」
「だったら客の前で飛ばせてみるか?」
「そうだな、サラマンダーは空を飛ばねぇし」
私は朦朧とした頭で、またもや彼らに誘拐され、売られようとしているのだと理解しました。
「いっそドラゴンの見世物小屋でも作るか?」
「悪くないな。動物のショーはどこも人気だから、世界中から客が来るぞ」
「弱って使えなくなったら、素材として売ればいいしな」
少し前まで天国にいたはずが、一気に地獄へ突き落とされた気分です。
さっさとここから逃げ出さないと……。
いっそ火の玉を吐き出して馬車を燃やしてやろうかと思いましたが、口輪をつけられていることに気づいて断念しました。
これでは逃げられません。
強烈な眠気と戦いながら必死に逃げ出す方法を考えていると、馬車が急停車しました。
「おいっ、どうしたっ」
「危ねぇじゃねぇかっ」
「しょうがないだろ、急に人が飛び出したきたんだ」
こっそり首を伸ばして前を見ると、道を塞ぐようにして人が立っていました。
性別は分かりませんが、たった一人です。
こちらを向いて、止まるよう指示しています。
「おいっ、さっさとどけよっ」
「こっちは急いでるんだ」
「邪魔すると痛い目を見るぞっ」
それでも道をあけないので、怒ったハンターたちは私を置いて外へ出ていきました。
武器を片手にわめきながら、相手を威嚇しています。こういうところは人間も動物も大差ありませんね。
逃げるなら今です。
薬のせいで足の感覚がありませんでしたが、身体を横に倒すくらいならできるでしょう。
幸い坂道を上る途中だったので、私は傾斜を利用して荷台から地面に転がり落ちました。
――痛いっ。
一気に目が覚めました。
頭がハッキリしたところで、起き上がって足を動かします。
けれどそれほど歩かないうちに行く手を阻まれてしまいました。
私がいないことに気づいてハンターたちが戻ってきたのだと思いましたが、
「いそいでどこへ行くのかな、お嬢さん」
こわごわ顔を上げると、綺麗な緑色の目をした、優しい顔立ちの青年が立っていました。全身黒尽くめで、見るからに丈夫そうな服を着ています。
普通の人間、に見えるのですが、重苦しさを覚えるほどの威圧感、身体に染み付いた血なまぐさい匂いが、私に警告しています。
この男は人間ではない――恐ろしい化け物だと。
「なんだよ、まさか警戒してるか?」
私はすぐさま周囲に視線を走らせました。
少し前まで怒鳴り散らしていたハンターたちの姿がありません。
それもそのはず、彼らは少し離れた場所で地面に倒れていました。
「殺してはいない、単に気絶させただけ」
私はすぐさま頭を低くして、降参のポーズをとりました。
防衛本能が働いたのでしょう。
目の前の、人間の姿をした化け物が、怖くてたまりませんでした。
「そんなに怯えるなよ。怖くないから。現に俺が来て助かっただろ? 見たところ捕まってたみたいだし」
確かにその通りです。
「俺たち種族は匂いに敏感なんだ。二キロ先でも獲物を嗅ぎ分けることができる。あんたに気づいたのもそのおかげさ」
しゃがみこんで、私と目線を合わせながら彼は言います。
「たまたま通りかかったら、懐かしい同族の……それもとびきり甘い雌の匂いがするから、ついフラフラっと引き寄せられたってわけ」
セクハラです。
まごうことなきセクハラです。
いいえこの場合は児童……ですが彼は命の恩人、ここは目をつむるとしましょう。
「見たところまだ子どもだが、今のうちに唾つけとくか……雌に出会える機会なんて、もうないかもしれないしな」
小声でブツブツ呟いたかと思えば、彼はあらためて私を見ると、
「行く場所がなければ、このまま俺と一緒に来るか?」
どういう意味かと首を傾げる私に、彼はにっこりして言います。
「んで俺のツガイに……嫁さんになってよ」




