第一話
見切り発車です。
どうぞ頭を空っぽにしてお楽しみください。
「愛の誓いが一度で済むと思ったら大間違いよ」
二十代半ばで結婚した私に、祖母は口を酸っぱくして言ったものです。
「なぜなら人は十年ごとに変わってしまうから。まるで別人みたいになることもあるのよ」
この頃の私は、当時若かったせいもあるでしょうが、祖母の言葉の意味をよく理解していませんでした。
ふーん、と適当に相槌を打つ私に、祖母は繰り返し言います。
「十年後、人は変わるの。真面目だった人が急に遊び人になることもあれば、その逆もあり得る。そしてさらに十年後、また別人になる。そのたびに愛を誓わなければならないのよ」
祖母の言葉を実感したのは、皮肉にもそれから十年後のことでした。
仕事を辞めて、夫との穏やかな暮らしを楽しんでいた私でしたが、いつまで経っても子どもができず、病院に行ったところ、
「まずは健康状態に問題がないか、検査をしましょう」
検査の結果、私は不治の病におかされていることが分かりました。
もちろん妊娠どころではなく、私はすぐさま入院、延命のための手術を受けることになりました。
しかし術後の経過が良くなく、身体は徐々に衰弱していきました。
最初こそは慌てふためき、私のことを心配していた夫でしたが、
「これから先、俺のメシは誰が作るんだ? 洗濯は? そもそもそんな身体で、家のことができるのか?」
入院生活が長引くにつれて不安になってきたのか、その不安を闘病中の私にぶつけてくるようになりました。
「俺は仕事があるから看病はできないぞ。お前の入院費代だって馬鹿にならないんだ」
「一日中外回りで今日はくたくただよ。お前はいいよな、一日中ベッドの上で寝てりゃあいいんだから」
「黙っていないで、なんとか言ったらどうなんだ。これまで無職のお前を養ってきたのに、この仕打ちはないだろ」
仕事をするのは好きでした。辞めたくて辞めたわけではありません。
ただ仕事を辞めてストレスを減らしたほうが妊娠しやすいと、友人にアドバイスされたからです。
夫は私以上に子どもを欲しがっていましたから。
けれど私は何も言い返せませんでした。
病気は身体だけでなく、心も蝕み、弱らせてしまうようです。
ただ黙ってポロポロと泣く私に、「泣きたいのは俺のほうだよ」と追い打ちをかけるように夫は言います。
「頼むからこれ以上、俺を苦しめないでくれ」
十年後に人は変わる――病を得て私は変わってしまい、そのせいで夫まで変わってしまいました。
健やかなる時も病める時も……あの誓いは何だったのでしょう。
『十年後、人は変わるの。そしてさらに十年後、また別人になる。そのたびに愛を誓わなければならないのよ』
その言葉を思い出しても、再び愛を誓うことはできませんでした。
それは彼も同じでしょう。
それから間もなくして、私は死にました。
来世というものがあるのなら、今度は絶対に結婚なんてするものか、仕事をバリバリこなして、憧れのキャリアウーマンになってやると心に誓った私でしたが、
『キュ? キュッキュッ?(あれ? ここはどこ?)』
どうやらトカゲに生まれ変わってしまったようです。
卵の中ではずっと眠っていて、殻を割って外を出た時も、まだ意識が朦朧としていました。
やけに埃っぽい場所にいて、それでついくしゃみをしてしまったのですが、
「うわっ、こいつ火を吹いたぞっ」
「そりゃ、サラマンダーの子どもなんだから当然だろ」
「サラマンダーに羽なんてあったか?」
生まれたばかりの私を囲むようにして、三人の男たちが口々に騒いでいました。
皆そろって小柄でガタイが良く、おとぎ話に出てくるドワーフのような姿をしています。
外国語を話しているようですが、幸い、言葉を理解することはできたので、私はじっとして集中し、耳をそばだてました。
この訳の分からない状況を少しでも理解するためです。
彼らは何度も私のことを指差して、「サラマンダー」という単語を口にしました。
サラマンダー、つまり火を吹くトカゲのことだと、生前あまり本を読まなかった私にも理解できました。
サラマンダーは爬虫類好きのコレクターにひどく人気があるため、高値で取引されているらしく、彼らは一攫千金を狙って希少なサラマンダーの巣を見つけ出し、そこから卵を盗み出したようです。
「まさかこのタイミングで卵が孵っちまうとは……ツイてないぜ」
「サラマンダーの世話なんて、やったことねぇしなぁ」
「生まれちまったもんはしょうがねぇや、弱る前に売っちまおう」
この男たちは間違いなく密猟者だと直感した私でしたが、聞けばこの国? この世界? では野生生物の捕獲や狩猟に関するルールがほぼ存在しないため、仮に絶滅危惧種の動物を殺したり捕まえたりしても、罪にはならないとか。
――だったらこの人たちは……ただのハンター?
ともあれ、私が生きるこの世界はモンハンの世界ではなく現実です。
きっと、ハンターたちによる乱獲で絶滅した動物もたくさんいるはず……。
「おい、こいつ、さっきからなんで動かないんだ?」
「俺たちのほうをじっと見上げて、気味が悪いぜ」
「まさか病気じゃねぇよなぁ」
私が耳を澄まして彼らの会話を盗み聞きしていることがバレないよう、
「キュっ、キュッキュッ(ごはんっ、ごはん食べたいよっ)」
鳴き声を上げて咄嗟に取り繕いましたが、
「やっぱりおかしいぜ、こいつ。よく見れば鱗の色が濃すぎる」
「ああ、サラマンダーにしちゃあ、妙な鳴き声だしよぉ」
「羽も生えてるし、亜種かもしれねぇ」
「だったら相場より高く売れるんじゃないか?」
「問題は誰に売り込むか、だな」
「そういや、クレイヴァル家の公爵が息子の誕生日に贈るプレゼントを探しているらしい」
「クレイヴァルっていやあ、エルフの?」
「ああ、今年で十二歳になる息子がいるってよ」
「いいかもな。エルフは金持ちだし、珍しい動物を見るとすぐに欲しがる」
話がまとまると男たちは立ち上がり、私を狭い檻の中に押し込むと、物置のようなうす暗い部屋から外へ出ました。
「よしっ、野郎ども。商談に行くぞ」
「「おうっ」」
激しく揺れる檻の中で、私の小さな胸は不安でいっぱいでした。




