ナイトプール作戦と協力者の影、集う絆
日常の軽さと世界危機の重さが交差するこの章、
どうぞ気楽に楽しんでください。
「今度は海水浴に行きたいわぁ」
紗耶香はベッドに頭をつけながら、
まるで天界も地獄も存在しないかのように言った。
「あんた海の状態見たでしょ。あそこで泳ぐ気?」
恵が渋面をつくる。
窓の外は相変わらず塵が舞い、空は青さを失っていた。
――灰色の空が、まるで世界の終わりを嘲笑うように。
「浄化の光を当てれば、私達だけなら大丈夫だと思うけど……
ナイトプールでもいいよ」
紗耶香の気楽さに、夏樹が思わず反応する。
「ええー、私ああいうとこ苦手」
「ここにボディーガードがいるじゃない。
目つきも悪いチンピラみたいな」
紗耶香が笑いながら翔の方を見る。
「俺の家にまで上がり込んでディスってくるのマジで勘弁なんだけど」
翔は苦笑いしながらも、
内心でこの“日常のような空気”に救われている自分を自覚していた。
――この星が滅びようとしていることを、
一瞬でも忘れさせる力が、彼女達にはある。
ゴミだらけの部屋でさえ、
なんだか居心地いいなんて、俺もおかしくなってる。
「どうせ暇を持て余しているんでしょ」
ベッドから顔を上げた紗耶香が、さらに追撃する。
翔も堪らずポケットに手を入れ、にじり寄る。
「喧嘩売ってんのか!?おぅ」
紗耶香は顎に手を当て、にやりとすごむ。
恵が無言で翔の襟元を締め上げた。
「ねっ、護衛にピッタリでしょ。ジャストフィット」
紗耶香はご機嫌だった。
――翔の顔が真っ赤になり、部屋に小さな笑いが広がる。
一方、志津香は静かにPCの前に座り、
勝手に男の端末を操作し始めていた。
「私は残ってここで情報収集します」
画面に次々と映し出されるニュースを読み上げていく。
「サハラ砂漠で新種が大量発生しているみたい」
「え、新種ってどんなの? 砂虫みたいな?」
夏樹が身を乗り出し、画面を覗き込む。
「マリアナ海溝からアザラシと白熊が発見されたって」
「白熊が海溝!? どんだけ異常……」
恵が目を丸くする。
「飛行機は最初の衝撃波でほぼすべて墜落。
その後も事故が多発して民間機は閉鎖中。
スカイフォースが原因の究明と、
少しでも安全な空路の索敵を行っているわ」
翔が「俺のフライト趣味、終わりだな……」と呟き、ため息をついた。
「NASAの衛星は砂時計の位置を特定したみたい」
室内の空気が少しだけ重くなる。
恵が息を飲み、夏樹も耳を澄ませた。
「食料自給率は塵のせいで大幅な低下が予測されてる。
日照不足で病気も急増中。
オーストラリアでは悪魔と呼ばれる軍隊が出現したらしい」
紗耶香がフォークを止め、
「悪魔軍? 面白そうじゃん。行ってみよっか」
と軽く言うが、皆の視線に慌てて手を振る。
ひとしきり読み上げると、志津香はため息をつき、画面から視線を外した。
「ちょっと待って。その状況でマスコミはテーマパークの取材に来てたの?
ははっ、どんだけ平和ボケ」
紗耶香が呆れたように笑う。
「私達も似たようなものだったじゃん」
夏樹が苦笑する。
「で、どこから手をつけますか?」
志津香が改めて問いかける。
「えっ、なんで?」
佐和子がいたら頭を抱えそうな能天気さで、
紗耶香は返した。
志津香も唖然としたが、
すぐに気持ちを切り替える。
「少なくとも、エジプト、シドニー、メルボルンは調査の必要があります」
志津香は地図を広げ、場所に印を付けた。
――赤いピンが、埃っぽいテーブルに刺さる音が響く。
「エジプトに関しては新種の種類、危険度を早急に把握したいし、
オーストラリアは悪魔軍の目的と規模、これは必須」
「ほぉん」
紗耶香が仕方なさそうに相槌を打つ。
「で、それ知ってどうすんの?」
恵が問いただす。
「もし悪魔が都市に進行してるなら、交渉するか進路を逸らす必要がある。
サハラ砂漠の新種も、ウイルスのような感染型なら
即座に広まって取り返しがつかなくなる可能性もある」
いつもは茶々を入れてくる夏樹が、
黙って真剣に話を聞いているので、
志津香は手ごたえのないまま説明を続けた。
「うんうん、しづちゃんのおかげで話がわかってきたよ。
じゃあさ、これからナイトプールで作戦会議しない?」
紗耶香は恵と翔を連れて部屋から出て行ってしまった。
「……全然わかってないよ、この人」
志津香は思わず夏樹の袖を引っ張る。
――その指先が、夏樹の腕に優しく触れ、静かな信頼を伝える。
そして小声で囁いた。
「夏樹さん、私達だけで取り敢えず偵察だけでも行きませんか?」
夏樹は少し困ったように微笑み、ふっと息を吐いた。
「私、大失敗女だからさ。
志津香はすごいよ。
佐和子さんいなくなっても、これだけ考えられて行動出来て」
――その言葉に、夏樹の瞳に過去の影がよぎるが、すぐに晴れやかに。
「そんなに気にしていたとは思いませんでした」
「うん。でもさ、志津香の言ってること、ぜんぶ正しいと思うよ。
でも、今は攻めのターンじゃないと思うんだ」
夏樹の声は、いつになく静かで力があった。
――部屋の埃が舞う中、その言葉が重みを帯びて響く。
「これだけの大災害があって、大天使も去って、世界中が混乱してる。
まずは人でも、精霊でも、天使でも悪魔でも、
味方――いや、協力者を集めないと」
――夏樹は地図のピンを指でなぞり、
志津香の目を見つめる。
「一緒に、探そうよ」
紗耶香の奔放さも、
夏樹と志津香の静かな決意も
些細な掛け合いが、
滅びかけた世界をつなぎとめる力になる。




