魔核の継承 ~身代わりの微笑み~
終末の粒子が降り続き、運命そのものが軋み始める世界。
一度は笑って流した冗談が、誰かの未来を左右する時がある。
「しずちゃん、助かったー!」
夏樹がハンマーを肩に担ぎながら、満面の笑みで駆け寄る。
「テレビ中継されていたので、とりあえず向かいました」
志津香は簡潔にそう告げると、腰巾着から黒い塊を取り出した。
ゴゥゥン…と低く唸るような音。
黒い岩のような塊は、まるで心臓のように脈動していた。
――表面に赤黒い血管が這い、触れる空気すら震わせる。
「これを装備してください」
「いやいやいや、明らかにヤバそうなんだけど!?」
夏樹がハンマーを盾に身を引く。
「オロロローン」
謎の低音の共鳴音に、恵と紗耶香も肩をすくめた。
「魔王の魔核です」
「いや、だから私ら天使でしょ!?」
恵が慌てて翼を広げ、守りのポーズ。
「じゃあ、私が装備します。
先程の海獣にもこれの力を使いましたし」
「ちょっと待って! そういう意味じゃないって!
もうそういうの、もっと偉い人に許可とってから使おうよ!」
志津香は少し視線を落とし、静かに告げた。
「ガウはもう、戻ってきません」
「え……何かあったの?」
志津香の手が、魔核の上で微かに震えた。
「婚約者の仇です」
その一言に、場の空気が冷えた。
さっきまでソフトクリームを舐め、
遊園地で盛り上がっていた空気が、一瞬にして静まり返る。
夏樹も、紗耶香も、恵も、言葉を失い、
その目にだけ志津香を映した。
「……ちょっと長くなりそうね。
一旦、場所を移しましょうか」
夏樹がふっと肩の力を抜き、微笑む。
「そうだね。まずは、話聞かせて」
四人はテーマパークで逃がした男のマンションに入り込んだ。
IDを移してあるので、逃げられるわけがない。
ドアを蹴破る音が響き、埃っぽい空気が鼻を突く。
「うわ、汚な。ゴミ袋捨ててないじゃない」
紗耶香は腰に手をあてて言った。
「広さはあるのにもったいない」
恵がきょろきょろと物色を始める。
「匂い除けもしておきましょう」
志津香がどこからか取り出したスプレーを辺りに吹きかけた。
「俺の顔に吹きかけるのやめろっつの!
って一人増えてるし!」
男――北島 翔はむせながら叫ぶ。
「北島翔。逃げ足がとっても早そうなお名前ね」
紗耶香はベッドに腰掛けながら言った。
「紗耶香さん、貴方はあの戦いで死んでました。
クレタ島の次元断裂に巻き込まれて」
「えっ」
紗耶香の目が見開かれる。
志津香は紗耶香の前で土下座した。
「本当はこんなこと言うべきではないのはわかっていました。
でも、武雄が寿命を削ってまで得た情報を伝えたかった。
私の自己満足なんです」
声がわずかに震え、魔核の脈動が部屋に響く。
紗耶香も膝をついて首を振ると、志津香を抱きしめた。
「だって…看護師天使になる前に私もう死んでいるし、
今は放課後みたいな感じかな」
二人の翼が触れ合い、淡い光が漏れる。
「でも、10ある未来の9が滅亡で、1つだけ免れる選択があり、
仮にその1つを選択出来たとしても…
そういう惑星は最後には滅亡するんです。
そういうものなのです」
「……あの時免れた死は、またどこかで襲い掛かってくる」
「それって身代わりをたてられないのかしら?」
「えっ?」
恵も夏樹も同時に声を上げた。
「冗談よ。私ってずるい女だから、そういうこと考えちゃうの」
紗耶香がウィンクし、皆の緊張を少し解す。
志津香は神妙な面持ちで応じた。
「身代わり信仰は民俗学的にも、普通に古くからあります。
紙の人形を厄除けとして川に流すとかですね」
「いつか言おうと思っていたけど、
しずちゃんの普通って、普通じゃないときあるから」
紗耶香は指を組みながら言った。
「だから聞きたいの。
身代わりを出すにはどうすればいいと思う?」
「運命に対する身代わりということであれば、
等価交換になると私は思っています」
魔核がゴゥゥンと強く脈動し、
部屋の空気を重くする。
紗耶香は怪しい笑みを浮かべた。
「それなら答えは出たじゃない。
紙の人形なんかじゃ到底追い付かないってことよね」
彼女はすっと立ち上がると、魔核に手を伸ばした。
黒い塊が応じるように震え、赤い光が指先に絡みつく。
「その魔核、私がもらうわ」
――その瞬間、紗耶香の瞳に、戦場の影がよぎった。
読んでくださりありがとうございます。
魔核の継承は、彼女たちの選択と運命の分岐点になる重要な章です。




