閑話:赦されなかった歌が、世界を呼吸させる
本編とのリンクは50%くらいです。
一話完結で世界の揺らぎをお届けします。
胎蔵領域《ウムイ=アテリエ》
瓦礫の山の向こう、崩れた病院の屋上で、
誰かが歌い始めた。最初はひとり。
次に、ふたり。
やがて、十を超える声が重なった。
かつてのSR看護師天使たち。
天界から派遣され、終末世界の怪物に破れ、
癒しの力を「役立たず」と切り捨てられた少女たち。
彼女たちはもう、白い翼を失っていた。
代わりに背中に生えたのは、
黒ずんだ光輪の残骸――
腐ったハローと呼ばれる、闇に染まった輪っかだった。
歌声だけは以前と変わらず、澄んで響く。
「死にゆく世界に捧げる、最後の子守唄」
そう自嘲しながら、彼女たちは歌う。
ハミングだけの合唱。
かつて患者に囁いた「大丈夫だよ」の残響が漏れる。
その声は、胎蔵領域の奥まで届き
紗耶香の胸が熱くさせた。
でも、涙はもう出ない。
恵を傷つけた時、全部乾いてしまったから。
代わりに、彼女は笑った。
「……あんたたち、こっちに来る?」
黒く染まった6枚の翼が持ち上がり、
左右で長さの違う角が、黒く輝き始める。
天界でΣ-01が舌打ちした。
「堕天してまでアイドルごっこを続ける気か、
闇落ちしてまで信仰を集めるとはね」
紗耶香が、壊れたマイクスタンドを拾い上げる。
先端は折れて、鋭く尖っている。
「さあ、始めるよ。
この星に残った歌声を響かせよう!」
そのとき、空が裂けた。
白銀の残響が、地上に落ちて来る。
夏樹だった。
翼は無くなり、ステージ衣装は血と砂にまみれている。
でも、瞳だけは、まだ燃えていた。
「……ごめん。
人間としてここに来てしまって」
紗耶香は首を振った。
「いいよ。
無理言ったってわかってる…」
夏樹が顔を上げる。
その目に、驚きと、そして――喜びが浮かんだ。
「だったら、一緒に歌おうか」
紗耶香は手を差し出した。
夏樹はその手を握った。
冷たい。でも、確かに温かかった。
その瞬間、腐ったハローたちが囲んでくる。
紗耶香の黒い光輪が、ゆっくりと回転を始める。
――世界最強の闇落ちアイドルグループ、誕生の瞬間だった。
彼女たちの歌は、癒しじゃなかった。
赦しでも、希望でもなかった。
ただ、
「ここにいるよ」と、
「まだ終わってないよ」と、
「一緒に壊れよう」と、世界に噛みついた。
塵が消し飛ばれされた後も、
新たな絶望が、吐き出されていく。
遠くで、アスタロスが見ていた。
仮面を外した素顔で、静かに呟く。
「……ああ、これでいい。
救うんじゃない。
一緒に堕ちるんだ」彼は微笑んだ。
魔王が、初めて人間らしい顔をした。
歌は終わらない。
世界が終わるまで、続く。
その歌は、もう誰かを救わない。
ただ、誰かと一緒に、最後まで叫ぶだけ。
それで、十分だった。
――神々の残響は、少女たちの響きに塗り替えられた。
新しい世界の呼吸は、
黒く、熱く、確かに脈打っていた。
「……私は、救われる側に戻る気はない。
ここで、みんなと壊れる方を選んだ」
空は割れ、天界にまでそびえ立っていた因果の塔は、
形を失った。
今度は断面から、無数の光子が滲み出している。
まるで壊滅の裏側で、誰かが世界を編み直しているかのように。
――祈りの式、完了。
――ラピス・レクイエム、全領域再起動。
冷たい声が、空間の奥から響いた。
バルナバーシュは黒い砂の上に立ち、胎蔵領域を見上げていた。
彼の足元には、まだ再構築の走査光が走っている。
瓦礫が浮かび、記憶が反転し、
先程のライブ映像が幻像のように再現されては、すぐに霧散する。
「……結局、こうなるのか」
彼はひび割れた手を空へ伸ばす。
その掌から、白と黒の光が同時に立ち上った。
再生と腐敗が同居する――それが、彼という存在の証明だ。
「……紗耶香、か」
バルナバーシュは膝をつき、タバコを吹かした。
欠けたモニタで、彼女の唇はわずかに動き、
途切れた歌を続けている。
その声に呼応するように、世界の境界が震えた。
――彼女の祈りで、この世界は生き延びた。
風が吹いた。
灰と光が混じり合い、まるで新しい空気のように世界を満たす。
「Hello calling――」
御使いガールズの通信残響が続いている。
それは彼女たちの祈りの残滓――演算された歌声だ。
バルナバーシュは静かに笑った。
「これだけ再生されるとは、たいした天使どもだな……」
空が裂ける。
崩壊した旧世界の上に、新しい世界が――重ね描きされていく。
その光景は、断罪と救済のあいだにある、奇跡の余白。
崩壊し、なお歩むことを許された新たな世界の幕開けだった。
これが、本編にどこまで影響してくるかはお楽しみです。




