砂時計破壊の余波から紗耶香の拒絶
奇跡は、必ずしも祝福だけを残すとは限りません。
テレノアの拳が振るわれるたび、
世界を分かつ結界が幾重にも現れ、悲鳴のように軋んだ。
「セーレが…怒ってる」
ユキの声が、因果の結界に反響する。
その瞬間だった。
――ライブ会場。
観客たちは、まだ熱狂の渦の中にいた。
だが、ステージ上の四人は、同時に気配を感じ取る。
視線が交わる。
「……行こう」
「うん」
「テレノアが、呼んでる」
言葉はそれだけで足りた。
夏樹、紗耶香、恵、志津香。
四人の足元に光の道が走り、そのまま舞台が天へと反転する。
ライブステージは一瞬、ドローン映像と直結し、
観客は続きを目撃する権利を与えられた。
紗耶香が神弓を天に向けて解き放った。
「じゃーん! クノッソスの乙女たち、参上だよ!」
「黙って行くなんて、水臭いですよ。テレノア様」
「乙女の祈り部、全力展開ですっ!」
天空から舞い上がる四人。
それぞれの力が、祈りと共鳴し始める。
紗耶香の音律祈祷が因果の歪みを鎮め、
恵の回帰魔術が未来の縫い目を結び直す。
夏樹の中和神力が防壁を砕き、
志津香の導きが全てを一本に束ねた。
――祈りが、拳へと集約される。
世界同時視聴 – コメント欄 【視聴数:2億4千万】
: 「なにこれ、ライブの続きじゃん!空が…天界と繋がってる!?」
: 「ライブと戦闘、シームレスすぎてヤバい」
: 「#御使いガールズが世界を救う #乙女の祈り部」
「ははっ……乙女たちの祈りか。
応えねば、神の名が泣くな」
テレノアが笑い、拳を振り抜く。
ゴォォォォン――ッ!!
因果封鎖が砕け、砂時計の頂が光と共にひび割れた。
カジノ神殿〈ラピス・レクイエム〉最上階。
特別観覧室で、バルナバーシュはグラスを傾けていた。
「……想定以上、か」
立体スクリーンには御使いガールズの姿。
霊脈が脈動し、祈りが臨界点を越えている。
「今なら……運命ですら、殴れるだろうな」
砂時計に積まれた変質の黒砂が溢れ、
地上に降り注ごうと広がる。
「まとめて浄化するわよ」
砂の質量で再び結界が揺らぐ。
その視線の先で、紗耶香の身体に微かな異変が走る。
神核と魔核――その均衡が、軋み始めていた。
「紗耶香、あとは私達がやる!」
「ここで力を出し惜しみしてどうすんのよ!」
制止の声を振り切り、
紗耶香は最後の祈りを捧げる。
――そして。
砂時計が、砕けた。
新たな時の光が奔流となり、世界を包み込んでいく。
破裂ではなかった。
ガラスはほどけるように崩れ、
核から溢れた砂は、悲鳴も呪詛も残さず、
無数の光の粒となって天へ還っていく。
そこにあったのは、
長い停滞の果てに訪れた、静かな安らぎだけだった。
崩壊の余波が収まると、
その場に残されたリズの姿が、淡く輝き始める。
威容は消え、
代わりに現れたのは、透き通る翅を持つ精霊の少女。
「……あーあ。ほんとに、ただの精霊だ」
軽口のような声。
だが、そこに後悔はなかった。
「でもさ……悪くないな。
肩の荷、やっと降りた気がする」
「……そうか」
テレノアは、それだけ答えた。
光の粒が風に乗り、
リズの翅を撫でて通り過ぎていく。
誰もが言葉を失い、
ただ、その変化を見届けていた。
――その中で。
紗耶香だけが、一歩、下がっていた。
祝福の光から、
仲間たちの歓声から、
ほんのわずかに距離を取る。
胸の奥で、何かが噛み合わない。
(……気持ち悪い)
(神力を解放し過ぎて、魔核の制御が出来ない)
風が吹き抜け、
光の粒と祈りの余韻をさらっていく。
世界は、確かに救われた。
けれど、その中心で――
紗耶香は、静かに拒絶を始めていた。
──次の時代が、軋む音を立てながら。
世界は救われ、喝采は天まで届きました。
けれど、その中心にいた紗耶香は、静かに一歩引きます。




