魂チップのラピス・レクイエム ~フンコロガシと死の演出~
魂を賭けるカジノ神殿。
少し不穏で、少し騒がしい夜をお楽しみください。
「ぎゃぁぁぁぁ!
何連れて来てんのよ!!」
紗耶香は、五十センチ級のフンコロガシの大群を見て悲鳴を上げた。
――黒光りする甲殻がざわざわと動き、
砂を転がす音が部屋に響く。
「いくらフンコロガシが強くたって、
今の紗耶香なら敵じゃないでしょ」
「そういうのじゃなくて!
背筋がぞわっとするのよ!」
紗耶香が肩を震わせ、虫の群れを指さして後ずさる。
「下水道で飼うことになったの」
「そして、恵がめでたく婚約しました」
夏樹が手をひらひらさせて、バルナバーシュを迎え入れる。
――ひらひらする指先がフンコロガシの触角を軽く撫で、
虫が喜ぶように転がる。
「だめだめだめぇーーー!!
ほんと何言ってんの!」
「だったら付いてくれば良かったじゃん」
「恵は私のものなの!
絶対だめだから!」
紗耶香が恵の腕を掴み、バルナバーシュを睨む。
「俺はこっちのお嬢ちゃんでもいいぜ」
バルナバーシュは節操なく言った。
海はくすんだ青をたたえ、
空にはここでしか見えない星が、かすかに煌めいている。
白亜の階段を登った先にそびえるのは、
かつて教会だった建物を大改装した「カジノ神殿」。
名前は《ラピス・レクイエム》。
青の鎮魂歌──再生と記憶の名残。
中には、豪奢なルーレットホールと
静謐な祈りの間が背中合わせに並び、
魂の値が文字通り賭けの対象になる。
――ルーレットの玉がカチカチと回り、
光るチップがテーブルに散らばる。
勝てば、生を歩む資格を得る。
負ければ、ただ魂の忘却が待つ。
そこに腰かけているのは、
黒い帽子とサングラス、皮のマントで包まれた男。
新たなオーナーとなったバルナバーシュである。
「よう、死にぞこないども。
今夜もいい魂、入ってきてるぜ」
カウンターの上には、魂チップと呼ばれる
光る石がいくつも転がっている。
――チップが微かに脈動し、
青い光がバルナバーシュのサングラスを反射する。
それを見つめながら、彼は煙草をふかし、ぼそりと呟いた。
「……癒すってのは、生かすことじゃない。
死をうまく演出することだ」
煙がゆらりと上がり、チップの光を歪んだ影に変える。
尖塔には青と金のステンドグラスが嵌め込まれ、
巨大なルーレット盤が空を映す。
内部では、黒曜石の床に金のモザイクが走り、
砂時計型の柱が並ぶ。
片側は豪奢なルーレットホール、
もう片側は静謐な祈りの間。
生と忘却が背中合わせに息づいていた。
ホールの片隅では、
リズが精霊姿のままソムリエ姿でグラスを拭いていた。
接客には向いてないのに、なぜか客ウケは良い。
――グラスに映るリズの金髪が、虫の幕を優しく照らす。
「また口が悪くなってんぞ、バルナ」
「そりゃ、こっちも客を神様とは呼べねぇからな。
せいぜい、死にかけた運試しの亡者どもだ」
カジノのスピーカーが鳴る。
恵によるライブ配信チャンネルのジングルが流れる。
「ようこそ、ラピス・レクイエムへ。
あなたの魂、今日の運勢はいかがですか?」
ジングルがホールに響き、
高い天井には虫たちが編んだ透き通る幕。
その上で、黒いフンコロガシたちが
ゆっくり回転しながら灯を反射している。
「うちのインテリア係は虫専門だ。
そこんとこ、了承してもらおうか」
バルナバーシュが吐いた煙は、
ゆるやかに天井へと昇り、祈りの間へと繋がっていく。
静寂の空間では、
かつて神の名のもとに失われた者たちの記録が淡く浮かぶ。
――記録の光がチップに飛び込み、テーブルを青く染める。
「バルバナーシュよ、いたずらに奪うことは許さん。
それでは『天国の階段』と変わらんからな」
テレノアがくぎを刺す。
「運に賭けるしかなくなった魂に、
もう一度落とし所を与えるのだ」
カジノのドアが開く。
楽園の噂を聞きつけて、すべてを投げうった顧客たち。
ボロボロの服、無表情の目、指先に微かに残る祈りの光。
バルナバーシュは煙草の火を灰皿で揉み消す。
「よう。今日も大盛況だ……運だけは、
まだ残ってるといいな」
ルーレットの玉がカチカチと回り出す。
カジノに囚われたディーラーが手を振り、
チップの光が玉に絡みつく。
運命の回転が始まる。
賭けるは、顧客が最後に持っていた魂か、
それとも記憶か。
今夜もまた、
賑やかな祈りと絶望の交差点に、光と影が交差する。
――虫の幕が揺れ、
次の賭けを静かに待つ。
この話は救うとは何か、死をどう扱うのかを、
少し歪んだ娯楽の形で描いてみました。




