ハーフの覚醒と新種の祈り ~光のかけら、届く誰かへ~
天使でも悪魔でもない“新しい存在”が生まれる中で、
少女たちはそれぞれの役割を背負いながら、
少しだけ前へ進もうとします。
紗耶香はナイトプールの水面に仰向けで浮かびながら、
苦悶の表情を浮かべていた。
顔面はほぼ半透明。
皮膚の下で黒い血管がうねり、脈打つように透けて見える。
片目は金色に発光し、
水面に淡い燐光が反射してゆらいでいた。
――魔核の瘴気が水を黒く染め、
周囲のネオンを歪んだ影に変える。
口元からは、かすかに黒い煙が立ち昇る。
彼女の周囲だけ、水が微かに淀んでいた。
更衣室の前で待たされていた翔は、
その異様な光景に目を見張り、スマホから手を離した。
――「なんだよこれ、動画撮影じゃねぇよな…」
思わず後ずさる。
明らかに具合の悪そうな紗耶香は、
水着のまま恵が肩を貸していた。
「おい、目の色どうした? いや、それどころじゃないか」
翔は紗耶香を抱きかかえ、急ぎエレベーターに乗り込む。
「いいか、エロい気持ちでやってるんじゃないからな」
睨みつけてくる視線を感じ、咄嗟に弁解した。
「ちょっと感心してたんだよ。
見ず知らずの女性の胸をいきなり揉んでくるチンピラかと思ったから」
恵は遠慮なしに言う。
――その言葉に、翔の肩がビクッと跳ねた。
「このまま病院に行った方がいいのか?」
「あなたの自宅に戻るわ」
震えが止まらない紗耶香は、翔に抱きついた。
柑橘系の甘い香りが鼻をくすぐり、
水着越しに柔らかな双丘が押し付けられる。
「むほっ」
翔は思わず声を上げたが、
恵に足を踏まれて理性を取り戻した。
――「次やったらマジで翼で飛ばすよ」
恵の低い囁きに、翔は慌てて視線を逸らした。
マンションに戻ると、
二人は夏樹と志津香に事情を話し、
しばらく様子を見ることにした。
だがその夜――
紗耶香の寝息の合間に、
小さな呻き声のようなものが混じっていることに、
誰も気づかなかった。
――闇の中で、金色の瞳が一瞬だけ開き、
黒い紋章が肌を這うように広がる。
翌朝。
紗耶香はすっかり元気を取り戻していた。
片方の目が金色に輝き、
首元から無数の黒い紋章が浮かび上がっているのに、
本人は上機嫌だ。
――紋章が脈動するたび、
部屋の空気が微かに震え、
天使の翼が悪魔の影を帯びる。
「翔に何かご褒美与えなきゃね」
紗耶香が他の三人と目配せすると、
全員が一斉に翼を出した。
まばゆい光がリビングを満たし、
翔は目を瞬かせた。
「私たちのこと、インスタでもTIKTOKでもアップしていいよ
こそこそせず、堂々とマネージャーを名乗りなさい」
――光がスマホの画面を照らし、
SNSの通知がぽつぽつと鳴り始める。
夏樹はゆっくりと顔を上げ、
朝映えの空を見つめながらぽつりと呟いた。
「……これで、紗耶香が悪魔と天使のハーフ。
しづちゃんが天使と人間のハーフになって……」
志津香が静かに頷く。
「……すべての種族と、橋渡しができる存在になったわけですね」
「うん。佐和子さんが信じてた“救済”って、
そういう形なのかもしれないね」
夏樹の声に、志津香はそっと目を伏せた。
風が、どこか遠くから潮の香りを運んでくる。
――それは、未知の海から生まれる新種の息吹のように、
かすかに甘く、危うい。
「でも……」
夏樹は視線をそのまま空に向けたまま、ぽつりと続ける。
「この世界には今、“新種”と呼ばれる人たちが生まれつつある。
天使でも悪魔でも、人間でもない……まったく新しい存在」
志津香は、驚きではなく、静かな決意を宿した眼差しで夏樹を見つめた。
「……その人たちに、橋をかけられる誰かが現れれば――
きっと、未来は変わります」
――彼女の黒い翼が、朝陽に透けて虹色に輝く。
夏樹は微笑む。
けれどそれは、祈りにも似た、儚い笑みだった。
「うん。私たちじゃ、きっと届かない場所へ。
でも、手を伸ばせる誰かがきっといる。
……そう思いたいんだ」
空の高みへ、想いを預けるように。
まだ見ぬ“誰か”の姿を、光のかけらに重ねながら――
金色の粒子が風に舞い上がり、
潮の香りを纏って遠くへ運ばれていく。
夏樹は目を細めた。
――胸の角笛が微かに光を帯びていた。
紗耶香の変化も、志津香の決意も、
そして夏樹の小さな祈りも、
この世界が続いていくための希望です。




