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母と子の別れ

 死ねない体になってしまったシャクは、次第に自分の存在に苦悩するようになる。いつか母や姉たちと永遠の別れが訪れる。そして、二度と会えなくなるかもしれないという漠然とした不安が、シャクの心に重くのしかかっていた。そんなシャクの苦悩を見かねた鬼子母神は、ある決断を下す。


「シャク、人の世界へ行きなさい」


 驚くシャクに、鬼子母神は静かに続けた。


「お前を人として産んでくれた母がいたように、お前には人としての人生を歩む使命がある。そして、お前をこのような体にしてしまったのは、あの人魚の肉。この呪いを解くには、きっと人の世にしか方法はない」


 そして、鬼子母神は静かに語り始めた。


「私はかつて、多くの人々の子供を奪い、食らっていた。その報いとして、お釈迦様から罰を与えられそうになったが、慈悲の心で救われた。お釈迦様は、お前を救ってくれるかもしれない。だから、下界に行き、お釈迦様を探しなさい。お釈迦様は、大いなる慈悲の心を持っておられる。きっと、お前の悩みを救う道を示してくださるはずだ」


 鬼子母神は、シャクに一本の日本刀を授ける。「鬼切丸」と名付けられたその刀は、鬼神の力を宿し、邪悪なものを斬り払う力を持つ。


「これは、お前を守るための刀。そして、いつかお前が鬼神の力を制御できるようになるための、道しるべにもなるだろう。だが、むやみやたらにその力に頼ってはならない。お前の心にある信義と礼節、そして弱きを慈しむ心を忘れてはならない」


 別れの時。十羅刹女の姉たちが、シャクを囲んで涙を流した。


「シャク、悲しい時はこの陀羅尼神呪を唱えなさい。きっと私たちの魂がお前のもとに駆けつけよう」


 迦毘羅は、シャクの頭を優しく撫で、その髪に一輪の花を挿してくれた。


「人の世は、鬼の世よりもずっと複雑で、理不尽なことが多い。でも、その分、たくさんの美しいものにも出会える。辛いことがあったら、須弥山にいる私たちの姉妹である吉祥天を頼りなさい。彼女は富と幸福の女神。きっとお前を助けてくれるわ」


 阿毘羅は、シャクの背中にそっと手を当て、力強く言った。


「お前は私たちの大切な弟。決して一人ではない。この刀と、私たちの言葉を胸に、強く生きなさい」


 涙を流すシャクを抱きしめる鬼子母神の顔は、慈愛に満ちた母親の顔だった。シャクは、家族との別れを胸に、鬼切丸を腰に携え、下界へと続く坂道を降りていった。その背中には、新たな人生の始まりと、終わりのない旅への決意が宿っていた。遠ざかるシャクの背中を見送りながら、鬼子母神は静かに呟く。


「どうか、お前が本当の幸せを見つけられますように…」


 それは、永遠の命を持つ我が子への、母の切なる祈りだった。シャクの旅は、ここから始まる。彼の行く先には、希望と絶望、出会いと別れが待ち受けている。そして、彼は知る。真の強さとは、力ではなく、慈愛と信義に満ちた心にあるということを。

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