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禁断の干し肉

 ある日、鬼子母神と姉たちは、遠方での神事のため、数日家を空けることになった。殺伐とした瘴気が漂う宮殿には、シャク一人。姉たちからもらったお菓子をすべて食べ尽くし、幼い食欲を満たしたシャクは、空腹を覚えて台所に向かった。


 台所の奥には、母である鬼子母神が厳重に封印していた壺があった。好奇心に駆られたシャクは、封印された禁を破って壺の蓋を開けてしまう。中には、干からびた肉が一つ。食欲をそそる匂いに誘われ、シャクはそれを口にした。その干し肉は、鬼子母神がかつて人間の世界で手に入れた、不老不死になるという「人魚の肉」だったのだ。いつか、自分の子供たちが病に伏した時のためにと、大切にしまっていたもの。


 干し肉を食べてしまったシャクは、その直後から異変を感じる。体中が熱を帯び、内側から力がみなぎるのを感じた。その力は、鬼子母神から授かった殺気をはるかに凌ぐものだった。やがて、その力は熱となり、シャクの心臓を燃え上がらせ、心臓の鼓動が止まることも、脈打つこともなくなった。それは、彼の肉体が朽ちることのない、永遠の命を手に入れた証だった。


 数日後、鬼子母神が帰宅する。シャクは、自分が食べてしまった干し肉のことを正直に告白した。その話を聞いた鬼子母神は、顔色を変え、驚きと悲しみが入り混じった表情でシャクを強く抱きしめた。


「シャク、お前は……」


 鬼子母神は、シャクの永遠に鼓動しない胸に耳を当て、静かに涙を流した。シャクは戸惑いながら母の涙を見つめた。


「なぜ、泣くのですか、母上」


 シャクの問いに、鬼子母神は優しく、そして悲しみを帯びた声で語り始めた。


「永遠の命…それは、一見すると素晴らしいものに思えるでしょう。しかし、それは、終わりなき旅であり、終わりのない孤独の始まりでもあるのです。母はかつて、数多の子供を失った悲しみを知りました。そして、その悲しみから、命の尊さを学んだのです。命が有限だからこそ、一瞬一瞬が輝き、尊い。いつか終わるからこそ、人は愛する人と過ごす時間を大切にするのです」


 鬼子母神は、シャクの髪を優しく撫でた。


「お前は、永遠の時間を手に入れてしまった。だが、母や姉たちは、いつか必ず寿命を迎える。お前は、愛する母と姉たちが、次々と朽ち果てていく姿を見送らなければならない。いつか、この宮殿で、たった一人で過ごすことになるでしょう。それが、永遠の命がもたらす虚しさなのです」


 鬼子母神は、遠い昔の記憶を思い出すかのように、遠くを見つめた。


「かつて、母は鬼子母神として、多くの人間の子供を奪い、食らいました。だが、愛する子を失う悲しみを知り、初めて人の親の嘆きを知った。そして、お釈迦様に諭され、人食いを止め、安産と子育ての守護神となることを誓った。その時、母は、命が有限であることの重要性を学んだのです。いつか終わる命だからこそ、その命を大切に育むことが、何よりも尊いことだと」


 シャクは、母の言葉を静かに聞いていた。永遠の命を手に入れた喜びは、母の悲しみに満ちた眼差しを見て、次第に薄れていった。彼は、まだ幼い心で、永遠の孤独というものの意味を悟り始めた。それは、温かい愛情に満ちた日々が、いつか必ず終わりを告げるという、深い悲しみだった。


「シャクよ、お前は鬼の強さと、人間の心を持っている。そして、永遠の命を手に入れた。しかし、忘れてはならない。お前が真に守るべきものは、永遠の命ではない。いつか終わる命の輝き、そして、その命を慈しみ、愛する心こそが、お前が持つべき最大の強さなのだ」


 鬼子母神は、シャクを強く抱きしめた。それは、我が子の永遠の未来を憂いながらも、新たな試練に立ち向かう我が子への、深い慈愛と祈りに満ちた抱擁だった。シャクは、その温もりを心に刻みつけ、いつか来るであろう、永遠の孤独に立ち向かう覚悟を決めるのだった。

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