王子の求婚と須弥山への道しるべ
北の都にたどり着いたシャク、アレス、カーミラの三人。雪に覆われた山々を越え、ようやくたどり着いた都は、南の都とはまた違う、凛とした空気に包まれていた。石造りの重厚な建物が立ち並び、街を行き交う人々も、どこか誇り高い雰囲気を漂わせている。
「ここが、北の都……」
シャクが、その壮麗な街並みに目を奪われる。石畳の道は綺麗に磨かれ、立ち並ぶ建物は緻密な彫刻が施されており、その一つ一つが歴史を物語っているかのようだ。
「うわあ……! すごいわ! 南の都とは、全然違う雰囲気ね!」
カーミラが、感嘆の声を上げる。南の都が庶民の活気と熱気に満ちているのに対し、北の都は、洗練された芸術と文化の香りが漂っていた。
「ああ。本当に、美しい街だ」
シャクは、心底感銘を受けていた。
アレスもまた、静かに街を見渡していた。
「……生前、一度だけ、この都に来たことがある。その時よりも、さらに活気に満ちているな」
アレスの声には、懐かしさと、そして、どこか寂しさが混じっていた。
三人が、都の入り口から街へと足を踏み入れた、その時だった。けたたましい蹄の音と共に、一台の馬車が、彼らの前を駆け抜けていく。豪華な装飾が施されたその馬車には、王家の紋章が刻まれていた。
「王家の馬車だ……」
アレスが呟く。
その馬車は、まるで何かから逃げるかのように、ひどく慌ただしい様子だった。御者台に座る従者たちは、顔を青ざめさせ、後ろを何度も振り返っている。
「どうしたんだろう……?」
カーミラが、不思議そうに首を傾げる。
すると、馬車の後ろから、もう一台の馬車が追いかけてくるのが見えた。こちらも王家の紋章が刻まれているが、先ほどの馬車とは違い、黒く不気味な雰囲気を放っている。
「なんだ、あれは……」
シャクが、その不気味な馬車に目を凝らすと、馬車の窓から、冷酷な表情をした男の顔が見えた。男の瞳は、まるで蛇のように冷たく、シャクは、思わず身震いする。
「まさか……。王家の中で、何か争いでも起きているのか……?」
アレスの言葉に、シャクとカーミラも緊張を走らせる。
「あの馬車……! 危険だ!」
シャクが叫ぶ。
すると、不気味な馬車から、鋭い矢が放たれ、逃げる馬車の後輪を射抜いた。馬車はバランスを崩し、大きく揺れながら、近くの建物に激突しそうになるが、アレスが暴走する馬車を抑え、激突から防ぐ。
「きゃあ!」
街行く人々が悲鳴を上げ、パニックに陥る。
「大丈夫ですか!」
シャクが、馬車から降りてきた人々に声をかける。
馬車から降りてきたのは、この国の王子と、王子を守るように寄り添う執事だった。王子は、カーミラの美しさに一目惚れする。
「助けていただきありがたい。旅の方々、我が王城にお越しください」
王子はシャクたちに懇願する。
北の都で王家の馬車を襲った男から第二王子アルベルトとその執事を助けたシャク、アレス、カーミラの三人。アルベルト王子は、カーミラに手を差し伸べ、深く頭を下げた。
「あなた方の勇敢な行動、心より感謝いたします。カーミラ様、もし差し支えなければ、滞在中だけでも王城に泊まってはいただけないでしょうか? あなた方には、私の命を救っていただいた恩義があります」
アルベルト王子の瞳は、カーミラの美しさに魅了されている。カーミラもまた、王子の気品に少しばかり戸惑いながらも、優しく微笑み返した。
「お心遣い、ありがとうございます、王子」
王城に滞在することになった三人。シャクとアレスは、須弥山の場所を探すためにも好都合だと考え、その誘いを受けることにした。アレスは、人間の姿に戻ることはできないため、カーミラのお付きの騎士を演じることに。シャクも、カーミラの付き人として、二人の後ろを歩くことになった。
王城での社交界の夜、アルベルト王子はカーミラをダンスに誘った。カーミラも、王子の誘いを断る理由もなく、優雅なワルツを踊る。二人の姿は、まるで絵画のように美しく、周りの人々を魅了していた。しかし、その光景を見ていたシャクは、胸の奥で、何かがざわめくのを感じていた。
(カーミラが、あんなに楽しそうに……。アルベルト王子も、カーミラのことを、見つめて……)
シャクは、初めて感じる、嫉妬という感情に戸惑っていた。
一方、シャクのもとには、多くの令嬢たちが集まってきた。北の都では珍しい黒髪と黒い瞳、そして東洋的な端正な顔立ちのシャクに、令嬢たちは興味津々だった。
「あら、あなた。お名前は?」
「まぁ、なんて素敵な方……。よろしければ、私と、庭園の散歩でも……」
令嬢たちの誘いに、シャクは戸惑うばかり。
「いえ……、私は、付き人ですので……」
シャクがそう言ってかわそうとするが、令嬢たちは諦めない。
「そんなこと、気にしないで。あなたの魅力は、そんな身分など、とうに超えているわ」
ダンスが終わり、アルベルト王子はカーミラを庭園に誘った。
「カーミラ様。私は、あなたに……」
アルベルト王子は、カーミラに愛の言葉を囁こうとする。しかし、カーミラは、それを遮った。
「王子。私は、あなたと、永遠を生きることはできません」
カーミラは、吸血姫としての自分の正体を明かさず、しかし、きっぱりと王子に別れを告げた。
「私は、大切な仲間と、永遠を生きる道を選びました。たとえ、どんな困難が待ち受けていようとも、彼らと一緒なら、乗り越えていけると信じています」
カーミラの言葉に、アルベルト王子は、悲しみを滲ませながらも、納得するしかなかった。
一方、シャクは、令嬢たちを振り切り、一人、庭園にいた。
そこに、アルベルト王子の祖父にあたる、先代王が姿を現す。
「若い娘たちを、困らせているようじゃな」
先代王は、シャクに優しく語りかける。
「いえ、そんな……」
シャクが戸惑っていると、先代王は、シャクの心を見透かしたかのように、微笑んだ。
「お前さんの心は、あそこにいる、吸血姫の娘に向いているようじゃな」
先代王の言葉に、シャクは驚き、顔を赤くする。
「……どうして、それを……」
「わしは、長く生きてきた。人の心くらい、お見通しじゃよ」
先代王は、そう言って、シャクに、カーミラを幸せにするよう諭す。
「あの娘は、お前さんと一緒に、永遠を生きることを望んでおる。お前さんは、その想いに、応えてやるべきじゃ」
先代王の言葉に、シャクは、カーミラの存在の大きさを再認識し、決意を新たにする。
翌日。先代王は、シャクたち三人を呼び出した。
「お前さんたちが、須弥山の場所を探していると聞いた。須弥山は、我ら王家に伝わる、古き伝承に記されておる」
先代王は、三人に、須弥山の場所についての伝承を教えてくれた。
「須弥山は、神々の住まう山。そこにたどり着くには、三つの試練を乗り越えなければならない」
先代王は、須弥山への道しるべとなる、三つの試練について語り始める。
シャク、アレス、カーミラは、先代王に深く感謝し、須弥山を目指すことを決意する。
「ありがとう、先代王様」
シャクが頭を下げると、先代王は優しく微笑む。
「礼には及ばん。お前さんたちの旅が、幸多きものになることを願っておる」
こうして、三人は、北の都を後にし、須弥山を目指して、再び旅に出るのだった。




