北の騎士の再会と、成仏の光
北の都を目指す道中、シャク、アレス、カーミラの三人の前に、突如として不穏な気配が立ち込めた。冷たい風が吹き荒れ、木々の葉がざわめき立つ。やがて、その風に乗って、禍々しい妖気が漂い始めた。
「気をつけろ、シャク、カーミラ! ただの魔物じゃない!」
アレスが叫ぶ。その声には、単なる警戒心とは異なる、深い感情がこもっていた。
闇の中から現れたのは、全身を錆びついた甲冑で覆った、騎士の姿をした妖怪だった。生気を失った骸骨の顔に、虚ろな眼窩が二つ。しかし、その手には、禍々しい妖気を放つ大鎌が握られている。
シャクとカーミラは、その尋常ならざる存在感に、すぐさま戦闘態勢に入った。
「な、なんだ、あの魔物……!?」
カーミラが身震いする。
「強い……。ただの魔物じゃない、高位の妖気だ……!」
シャクも、朗印との修行を経て培った力で、その妖気の正体を見抜いていた。
だが、アレスは剣を抜くことなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「まさか……ホーク、なのか……?」
アレスの呟きに、妖怪は虚ろな眼窩に光を灯し、口を開いた。
「西のアレス……。やはり、貴様か」
その声は、甲冑が擦れるような、不気味な響きを持っていた。
「西のアレスに、北のホーク……。生前は、互いの名を轟かせた騎士であったが、今や、貴様は骨だけの亡霊。そして、俺は、妖怪に成り果てた」
ホークと名乗る妖怪は、どこか寂しげな、しかし、憎しみに満ちた声で続ける。
アレスは、ホークの言葉に、生前の記憶を呼び起こす。
ホークは、生前、アレスと並び称された、北の勇猛な騎士だった。互いの腕を認め合い、幾度となく剣を交わし、好敵手として友情を育んでいた。しかし、生前の戦いで、ホークは命を落とし、アレスもまた、骨だけの亡霊となってしまった。
「ホーク……! どうして、お前がこんな姿に……!」
アレスの問いかけに、ホークは苦々しい声で答える。
「……貴様と同じく、俺もまた、未練があったのだ。貴様との決着を、つけることができなかった……!」
ホークは、大鎌を振り上げ、アレスに襲い掛かる。
アレスは、ホークの攻撃を受け止めながらも、どこか複雑な表情を浮かべていた。
「ホーク、やめろ! もう、俺たちは、人間じゃないんだ! 今更、決着なんて……!」
「黙れ、アレス! 俺は、この世に未練を残したまま死んだ! 貴様との決着をつけるまで、成仏などできるものか!」
ホークの攻撃は、生前よりも遥かに激しく、そして、禍々しい。妖怪となったことで、ホークの力は、以前にも増して強大になっていたのだ。
シャクとカーミラは、二人の戦いをただ見守ることしかできなかった。二人の間に流れる、騎士としての意地と、互いへの敬意。それは、シャクたちが踏み込むことのできない、聖域だった。
「シャク……。ここは、アレスに任せよう」
カーミラが、シャクに囁く。
「……ああ。あれは、アレスさんとホークさんの、二人だけの戦いだ」
シャクは、静かに頷く。
アレスは、ホークの攻撃をかわしながらも、ホークを傷つけることはできずにいた。
「ホーク……! 俺は、お前を傷つけたくない!」
アレスの言葉に、ホークは激昂する。
「甘ったれるな、アレス! 俺は、貴様との決着を望んでいる! 殺す気でかかってこい!」
ホークは、大鎌を振り回し、アレスを追い詰めていく。
アレスは、ホークの攻撃に耐えながら、どうすればホークの未練を晴らすことができるのか、必死に考えていた。
「ホーク……! お前との決着は、俺が生きていた時に、すでに終わっている!」
アレスは、ホークに向かって叫ぶ。
「あの時、お前が俺に語ってくれた、北の民への想い。それは、俺の心を震わせた。俺は、お前の想いを胸に、生きていこうと決意したんだ! だからこそ、俺は、今もこうして旅をしている!」
アレスの言葉は、ホークの鎧を貫き、その心に届く。ホークの動きが一瞬止まる。
「……アレス……」
「ホーク! 俺は、お前の意志を継ぐ! だから、もう、休んでくれ……!」
アレスは、ホークに向かって、静かに、そして、力強く語りかける。
ホークは、アレスの言葉に、生前の記憶を思い出す。
(ああ……そうだった……。俺は、アレスに……、この想いを託したのだ……)
ホークの瞳から、一筋の光が流れる。
「アレス……。貴様は……、成長したな……」
ホークは、そう呟くと、大鎌を地面に落とす。
そして、ホークの体から、妖気が消え、光の粒となって、空へと昇っていった。
「ホーク……!」
アレスは、ホークが消えていく光の粒を見つめ、静かに呟く。
ホークの未練が晴れ、ようやく成仏することができたのだ。
シャクとカーミラは、ホークの成仏を見届け、安堵のため息を漏らす。
アレスは、ホークとの再会と、別れを経験し、再び旅を続けることを決意する。
「行くぞ、シャク、カーミラ。ホークの分まで、俺たちは、この旅を続けなければならない」
アレスの言葉に、シャクとカーミラは力強く頷く。
三人は、ホークとの別れを胸に、北の都、そして、須弥山を目指して、再び歩き始めた。
その夜、三人は野宿をすることにした。焚き火を囲み、アレスはホークとの思い出を語る。
「ホークは、本当にいい奴だったんだ。俺たち、いつか、どっちが強いか、決着をつけようなんて、笑い合ってたんだぜ……」
アレスの声は、少し震えていた。
「アレスさん……」
シャクが、アレスに声をかける。
「……でも、よかった。ホークさんの未練が晴れて、成仏できたんだから」
シャクの言葉に、アレスは静かに頷く
。
「ねえ、アレス。今度、私もホーク様のお墓参りに、付き合ってあげる」
カーミラの言葉に、アレスは驚いたようにカーミラを見つめる。
「カーミラ……?」
「だって、私たち、仲間でしょ?」
カーミラは、照れくさそうに笑う。
アレスは、カーミラの優しさに、胸が温かくなるのを感じた。
シャクは、焚き火の火を見つめながら、アレスとホークの友情に思いを馳せる。
(アレスさん……。ホークさんの分まで、俺たちが、この旅を続けなければいけない……)
シャクは、改めて、アレスやカーミラとの絆を深く感じていた。
三人の旅は、これからも、様々な出会いと別れを経験しながら、続いていく。
北の都、須弥山へと向かう道は、まだ遠い。だが、三人は、互いを信じ、支え合いながら、歩き続ける。




