吸血衝動と、ふたりの血
夜の帳が降りる頃、三人は城のほど近くで野営の準備をしていた。森の瘴気はひときわ濃くなり、カーミラは落ち着かない様子で、何度も喉を鳴らす。
「う……うぅ……」
「どうしたんだ、カーミラ? 体調でも悪いのか?」
心配そうに声をかけるアレスに、カーミラは顔を青くして首を振る。
「ち、違うの……。ただ、この辺りの空気は、私の体に合わないみたいで……」
それは、森の魔力に当てられて、吸血衝動が抑えきれなくなっているサインだった。ぎゅっと唇を噛み締め、なんとか欲望を抑え込もうとする。しかし、夜闇が深まるにつれて、その衝動はさらに強くなっていく。
カーミラは、そっとシャクとアレスに視線を向けた。
シャクは、焚き火の火をじっと見つめている。そして、アレスは、骨だけの姿で横たわっている。
(シャクの血は……きっと美味しいわ。人魚の肉を食べたって言ってたけど、それもきっと良いスパイスになってるはず……)
じゅるりと喉が鳴る。しかし、シャクの顔を見ると、その瞳の奥にある真っ直ぐな光に、カーミラはふと我に返る。
(だめよ、カーミラ! シャクは、私を助けてくれた恩人なんだから!)
そう思い直すと、今度はアレスに視線を向ける。アレスは、骨だけの姿で、静かに呼吸をしている。
(アレスの血は……飲めるわけないわよね……)
骨しかないのだから、血などあるはずがない。カーミラは、アレスの姿を見て、急に冷静になった。
(それに、シャクの血は……人魚の肉を食べたから、ちょっと味が変かも……お腹壊すかもしれないし……)
そんなことを考えていると、カーミラは急に笑いが込み上げてきた。
「くす……くすくす……」
「どうした、カーミラ? 変な笑い方をするなよ」
アレスが、訝しげにカーミラを見る。
「う、ううん……なんでもないの……! ただ、ちょっと、面白いことを思い出して……」
カーミラは、ごまかすようにそう言うと、焚き火に薪をくべる。
(本当に、私って……情けないわね。吸血鬼なのに、血を飲めないなんて……)
カーミラは、心の中で自分を罵倒しながらも、どこか安堵していた。シャクの血を飲むことなく、この衝動を乗り越えることができたからだ




