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砕けたプレゼントと、偽りの眠り

 旅は、三人の奇妙な一行を形成していた。元社畜の青年シャク。かつては王城の墓守として死と向き合い続けた、ロマンスグレーの初老の騎士アレス。そして、妖艶な金髪碧眼の吸血鬼姫カーミラ。


 賑やかとは言いがたい旅路だが、それでも三人の間には奇妙な安寧が流れていた。シャクは特に、父のように穏やかで頼もしいアレスに深く心を許していた。悪魔との契約が解けたとはいえ、未だ骸骨の身であるアレスにシャクがかけた認識阻害魔法のおかげで、彼は人々の目には白髭を蓄えた厳格な老騎士として映っている。そのことが、シャクとアレスの関係をさらに特別なものにしていた。


 ある日の夜、焚火を囲んで語り合ううち、シャクは胸の内を打ち明けた。


「アレス、俺には、話さなければならないことがあるんです」


 カーミラは、焚火の反対側で横になり、静かな寝息を立てていた。その様子を確認してから、シャクは続けた。


「カーミラは、吸血鬼の真祖ロアを倒すために、俺たちと旅をしています。しかし、真祖を倒せば、真祖から生まれたカーミラも死んでしまうんです」


 焚火の炎がパチリと音を立てる。静寂が場を支配した。アレスは静かにシャクの言葉を受け止める。


「シャクは、どうしたいのですか?」

「俺は……分からないんです。ロアは世界を脅かす存在だし、倒さなければならない。でも、カーミラを失いたくない。彼女の過去を知れば知るほど、失いたくないんです」


 その言葉を聞きながら、カーミラは静かに寝たふりを続けていた。その胸の内には、シャクの告白に対する複雑な思いが渦巻いていた。驚き、そして、どこか胸の奥が温かくなるような、そんな不思議な感覚。


「シャク、今すぐ結論を出す必要はないでしょう。旅をしながら、答えを探せばいい。世界は広い。もしかしたら、ロアを倒してもカーミラが死なずに済む方法が見つかるかもしれません」


 アレスは、どこまでも優しく、そして力強い言葉をかけた。その言葉に、シャクの心は少しだけ軽くなった。カーミラは、二人の会話を終始聞いていたが、寝たふりを続ける。シャクに、自分の思いを知られたくなかったからだ。


 それからしばらくして、一行は小さな町に立ち寄った。シャクは露店を覗きながら、カーミラとの何気ない会話を思い出していた。


「そういえば、昔は年に一度、城で盛大な誕生日パーティーを開いてもらっていたわ。懐かしいわね」


 その言葉が、シャクの心に引っかかっていた。吸血鬼として生きるカーミラに、誕生日の概念はもうないのかもしれない。だが、それでも、何か彼女を喜ばせたい。そう思ったシャクは、露店で小さな宝石がちりばめられた、可愛らしいネックレスを見つけた。


「これなら、喜んでくれるかな……」

 しかし、シャクはなかなかカーミラに渡すことができないでいた。


「相手は元お姫様だぞ。こんな安物のネックレス、喜んでくれるわけがない……」


 そんな葛藤を抱えながらも、シャクはプレゼントを大切に持ち歩いていた。カーミラは、シャクがプレゼントを持っていて、渡すのを躊躇っていることに気づいていた。シャクの優しい気持ちが、カーミラの心を温かくする。


 その日の夜、再びロアが奇襲をかけてきた。ロアは圧倒的な力でシャクたちに襲いかかる。


「しつこい奴ね……!」

 カーミラがそう叫び、ロアと激しく応戦する。シャクも刀を振るい、アレスもまた、生前の剣技を蘇らせるかのように、的確な一撃をロアに叩き込む。


 激しい戦闘の最中、シャクはいつの間にか、プレゼントの入った小さな箱を落としていた。ロアはそれを気づかぬまま、箱を踏みつぶしてしまう。


「くっ……!」


 シャクはロアの攻撃をかわしながら、潰れた箱を目にし、絶望的な気持ちになる。

やがてロアを撃退し、三人は疲労困憊でその場に座り込む。


「危なかったわね……。もう少しでやられるところだったわ」

 カーミラがそう呟き、周囲を見回す。その視線が、潰れた箱に留まった。


「これは……?」

 カーミラが、潰れた箱を抱きかかえる。シャクは、顔を背ける。


「ごめん、カーミラ……。誕生日プレゼント、渡そうと思ってたんだけど……」

 シャクの言葉に、カーミラは驚いた表情を見せる。そして、箱の中から、砕けた宝石がちりばめられたネックレスを取り出す。


「プレゼント……私に?」

 カーミラは、信じられないという表情で、ネックレスを見つめる。そして、その碧い瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。


「……生きていたころ、どんな豪華なプレゼントをもらった時より……嬉しいわ……」

 カーミラは、壊れた箱を抱きかかえ、嗚咽を漏らす。


「こんなの、初めてよ……」


 シャクは、そんなカーミラを見て、安堵の表情を浮かべる。元お姫様としてのプライドは、もうそこにはなかった。ただ、一人の少女として、心から喜んでくれている。そのことが、シャクにとって何よりも嬉しかった。


 二人の様子を見ていたアレスは、静かに微笑む。


「仲間になってよかった……」

 そう呟き、アレスは夜空を見上げた。月は、優しく二人を照らしていた。

こうして、三人の絆は、また一つ深まった。


 シャクは、カーミラの涙を見て、改めて彼女を守る決意を固める。そしてアレスは、そんな二人を優しく見守りながら、自らの忠誠を誓うにふさわしい主を見つけたことに、静かな喜びを感じていた。


 カーミラは、シャクとアレスの会話を聞いてしまったことを誰にも知られることなく、秘密を胸に秘めて旅を続ける。彼女は、シャクの優しさに触れ、少しずつ、人間としての心を取り戻していくのだった。旅はまだ続く。それぞれの想いを胸に、三人は再び、歩き始めるのだった。


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