黒木の選択
「では早いですけどお食事にしましょうか」
缶詰の用意に取り掛かる料理人。
「いや俺はいらない。食欲が湧かないんだ」
黒木は毒殺を警戒してなのか缶詰を受け取ろうとしない。
まあ当然か。彼女の大切な人が亡くなっている。
いくら本人が恨んでいないと言っても信用できない。
彼女が用意したものはどうしても受け付けられないのだろう。
自業自得でしかないが罪とはそれほど重い。
サバカンを人数分。侘しい食事だ。
缶詰の残りは僅かで明日からは一個を分け合うことになる。
ただ飲み物は問題ない。インフレだが自販機にはビールもジュースも。
だから数日は何とかなる。
出来れば飲み物だけになる前にこの山を脱出したい。
「仕方がないな。僕のをやるよ。くたばられても困るからね」
相棒が柄にもなくお菓子を分け与える。
「いやだから食欲が…… 」
やせ我慢をする被害者候補。
「いいから食べなよ。あんたに死なれたら困るのさ。まだ金も謝罪もないからね」
驚いたことに小駒さんが黒木を気にかける。
これで少しは黒木も改心するといいのだが…… そんな甘くないか。
「分かったよ! 」
感謝することもなく相棒から強引に奪い取る。
何だかんだ言っても黒木も人間。お腹も空けば糞もする。
やせ我慢は似合わない。最後の晩餐ぐらい豪勢に。
と言っても缶詰とお菓子ぐらい。
「おい…… 何だこれ? 賞味期限が切れてるじゃねえか! 」
意外にもこだわりがある。
「うん。それがどうかした? 」
相棒はその手のことには鈍く切れてようがお構いなし。
私も何度か取り上げたことがあった。
普通の人は気にもなるしお腹も壊すだろうがこれが相棒なら問題ない。
「ふざけるな! これもこっちも。うわどれも賞味期限切れ! 」
悪夢のような現状。黒木の悲鳴が響き渡る。
「ははは…… これくらい我慢しな! それとも缶詰を食べるかい? 」
ここぞとばかりに小駒さんの嫌味節が炸裂する。
「くそ! こんなはずでは…… 」
黒木は仕方なく賞味期限切れのお菓子を食べ始めた。
缶詰の方が遥かに安全な気もするが。
もう正常な判断が出来なくなっているのだろう。そろそろだな。
黒木は詐欺グループの生き残り。
最後の獲物。今も真犯人が虎視眈々と狙っている。
逃げ切れば黒木の勝利。
真犯人の罠に掛れば一巻の終わり。
早い食事を終え再び尋問に移る。
まず最初に小駒さんを呼ぶ。
「何だい探偵さん。まだ私を疑ってるのかい? 」
一言も二言も多いお婆さん。どう協力を得るかがカギとなる。
「まずはこちらへ」
第三の事件現場。
即ち雑見の部屋へ。
「まさか殺人現場にこの年寄りを招待する気かい? 正気の沙汰とは思えないね」
ふざけてるのか本気で怒ってるのか区別がつかない。
表情は険しいがそれは前からな気もする。
「どう思いますか? 」
「まったく何だって言うんだい? 」
「これを見てください。ぜひ意見をお聞かせください」
もう完全に乾ききり黒くなった血の跡。
『ドスグロ山』
ダイイングメッセージだ。近くには雑見の遺体が転がっている。
「うわあちょっと! 何を見せる気なのさまったく」
「すみません。しかし事件解決には仕方がないんです」
「どう仕方がないのさ? 心臓が止まるかと思ったよ! 」
大げさに膝を押さえる。
そこは心臓ではないんですがね。
「このダイイングメッセージを見てください」
「そうそう確かドスグロ山だろ」
覚えていてくれたようだ。記憶力には問題なさそうだ。後は認知力と判断力かな。
そうすれば高齢者講習はパスするだろう。
「何か気付いたことはありませんか? 」
せっかくだから推理小説好きのお婆さんの意見を聞いてみることにする。
仮に小駒さんが犯人及び共犯者であっても情報が欲しい。
だからできるだけ協力してもらいたい。
「さあねえ。それも探偵の仕事だろ? 私に頼られてもね」
「依頼されてませんが」
「おお現金な探偵だね。いいよいいよ。気に入った! 」
やる気が出てきたようだ。どうにか協力を取り付ける。
本来なら相棒と共にこの謎に臨みたいが昼間酷使したせいで使いものにならない。
代わりはやはり推理小説好きで経験豊富なお婆さん。年の功って奴だ。
続く




