食事
三○三号室。
一組の男女が言い争いを始める。
「まさか俺を棄てる気か? あんな奴に乗り換えるつもりじゃないだろうな? 」
冗談とも本気とも取れる男の態度。
嫉妬深く束縛男は最初だけなら可愛いが関係が続けば恐怖でしかない。
それが分かってるはずもなく暴走を続ける。
「はいはい。うるさいなあ。こっちは仕事。お願いよ」
派手な花柄の下着姿で足を組む。
「なあお前を信じたいんだよ。分かるだろ? 」
しつこくキスを迫ろうとする男。
「だからそう言うのはもうやめて! 」
イライラして悪態を吐く女。
だがしかしどうにか冷静さを取り戻す。
「ふふふ…… その壺で私をやるつもり? 」
「馬鹿な。商売道具を何だと思ってるんだ」
「もう骨董商のくせにまだ下働きをするつもり」
「おいおい勘違いするな。俺はそう演じてるだけで骨董は素人だ。
だからこの壺の価値さえ分からない。偽物か本物かは?
あいつに聞けば分かるがな」
腕のいい鑑定士が一人バスツアーに紛れ込んでいる。
「まあホテルで飾ってあるんだから偽物であるはずがない」
「それは鑑定ではなくただの推測じゃない。呆れた」
「そう言うな。俺は深く関わらないようにしてる。詳しくなければ危険はない」
おかしな持論を展開するハッタリ男。
「はいはい。分かったわよ。それで計画はどうなってるの? 」
本番は明日。それまではゆっくりしている。
目の前には人相の悪い輩。これでも少しはまともになった方。
人相が悪いものだから子供からも大人からも敬遠される。
だからなるべく静かに目立たないようにアドバイス。
仕事の前に悪目立ちしては困りますからね。
「計画? 」
「いいから早くして! 」
「俺たちの結婚か? 」
「ふざけないで。離婚するつもりない癖に。
今の会話録音してあるから奥さんに聞かせちゃおうかしら」
「いや待ってくれ誤解だ。ただの挨拶じゃないか」
奥さんの名前を出すと怖気づく。
こんな最低男と一時期とは言え付き合っていた自分が情けなく思えてくる。
それよりもビジネス。
「ああ。今回はこいつじゃない」
「ちょっとどういうこと? これがあなたの専門でしょう? 」
「ああ。だがさすがにいくら偽物でも壺をここまで運ぶとなると相当大変だ。
だから手軽に今回はジュエリーを扱う。これも依頼人の指示だ」
「へええ綺麗。凄い」
「ははは…… 全部偽物だ。本物など用意できる訳ないだろう。
我が開発部自慢の最高級カラーストーンさ。どれでも好きな色をくれてやる。
開発部とはまあ良く言ったもの。偽物を大量生産するなんてな。ははは…… 」
「調子に乗ってると足元をすくわれるわよ」
「そう言うなって。誰も分かりはしないさ。さあこのネックレスをつけてみろ」
明日行われる即売会に向け準備は着々と進んでる。
「それよりもお前。余計なことするなよ」
「ダーリンについて? 」
「何がダーリンだ。好き勝手しやがって。トラブルはごめんだ」
怒って出て行く。
もう嫉妬しちゃって。あんな男に靡くはずないでしょう。
ただあの男が大金持ちのボンボンの可能性が高い。
まだ独身だと言ってたけれどそれも本当かどうか。
何も結婚して全財産奪ってやろうなんて思ってない。
ほんの少し援助してもらうつもり。その為なら体を差し出すのも厭わない。
さあそろそろディナータイム。
服を着替えるとしますか。
他人の振りもしなくちゃいけないし。忙しい。忙しい。
七時。
最後の客が揃ったところで料理が運ばれてくる。
まずはアミューズ。
テリーヌとマッシュポテト。
前菜にシーザーサラダとサーモンのマリネ。
スープはカボチャの冷製スープ。
パンは雷ブレッド。
固さに定評があり歯ごたえ抜群。
色が黒なのはドスグロに掛けてなのだろうがちょっと不気味。
はちみつとバターとジャムをお好みで。
サーモングラタン。
創作料理の悪魔の誘惑。
最初は甘くて徐々に辛くなっていく。
一口ずつ丁寧に運ばないと悲惨な目を見る。
続いてマスの爽やか煮。
レモンをふんだんに使用。ついでに雷ソーダを最後に垂らして完成。
肉料理はジビエ。
シカ肉のステーキ。
昨日獲り今日捌いた新鮮なシカ肉をミディアムで。
ここでワインが振る舞われる。
今回は白を合わせる。
デザートに創作のオレンジケーキ。
これで完成。
旨い! 旨い!
評判はいい。
どうやら満足して頂けたようだ。
皆が食事を終え自室に戻ろうとした時フロア中に異音が響き渡る。
続く