十戒
バスガイドと料理人。二人の従業員から話を伺っている。
今のところ特にこれと言って怪しいところはない。
不審な動きをしていたもののそれはただの着替えだった。
誤解も解け協力してもらうことに。
関係者を仲間に引き入れるのにはメリットがある。
ただ警戒を怠ってはいけない。
「絵について意見を聞かせてください」
「そこまでは気が回りません。料理や支度に忙しかったから。ねえ」
「そうですね。飾ってある絵画にまでいちいち目が行きませんし。
あの…… 当時は立派なホテルだったのは知ってますか探偵さん? 」
話を逸らした?
「はいそのように聞きました。だから不思議はないと? 」
「ええ。どうもホテルと言っても想像するような普通なものとは違います。
立地からも分かるように不特定多数の者が泊まるのではなく団体が泊まる。
または親しい家族や友人が泊まるようなところだとか。
今回のようにツアーでと言うよりは会社や組織の慰安旅行がメイン。
だから鍵を掛けない。開けっ放し。そうでなければオートロックでいいですから。
それでも一定のプライベートを保ちたい。そこで…… 」
詰まる。良いところなのに話を終わらせる。
結局絵については関心がないの一点張り。
「ごめんなさい。勝手に一人で余計なことを」
「いいえ構いません。それでもう一度確認です。マスターキーの類は? 」
「はい保管室にあります」
「そこのカギは? 」
「私が預かっています。何かあった時に困りますからね」
ガイドは鍵を見せてくれた。
「スペアは? 」
「いえありません。もしもの時のためですから」
「とするとあなたは持ち出すことが出来た」
可能性があると言うだけだが念のため。
「ちょっと待ってください。殺害が夜中なら私たちにはアリバイがあります。
お互いに完璧なアリバイが」
「寝ていては分からないのでは? 」
「ちょっと! いくらなんでも起きたら気付くし部屋を出れば心配するでしょう。
お客様に何かあったと私も後を追いますよ」
ガイドを庇う。
まだ怪しい。追及すれば何かボロが出るかもしれない。
「睡眠薬を使ったとか? 」
「いい加減にして! どうしてそこまでして殺害しなくてはならないの? 」
「だが偶然には出来過ぎているかと…… 」
「もう冗談はこの方だけにしてください! 」
相棒の目が閉じられている。
気持ちよさそうに涎を垂らしている。困ったもの。
拭かないと彼女たちに悪いか。
まったく仕方がないな。
掛けてあるタオルで拭ってやる。ああこれじゃ意味ないか。
「おっと中断しましたね。しかし密室である以上疑われるのはあなた方だ。
それだけはご理解ください」
「ふふふ…… 」
料理人が不敵な笑みを浮かべる。
「あり得ません睡眠薬を使うなど。元々二人ではなく一人一人部屋がありました。
それがあなた方の出現で移ったのです。だからその考え方には無理があります。
それに犯人が我々では興ざめですよ。もちろん二人の共犯もあり得ない」
料理人がミステリーの常識で対抗。
要するにノックスの十戒だ。
ノックスの十戒。
犯人がメイドあるいは使用人にしてはならない。
だがこれはミステリーの大原則であってそれを守るのはフィクションだけ。
我々は現実を生きている。
だからそのような縛りには囚われない。
いや囚われてはいけないのだ。
仮に囚われるなら探偵も犯人にはなり得ない。
そもそもアジア人の我々は犯人にはなり得ないはず。
ノックスの十戒に囚われていては痛い目を見る。
あくまでミステリーと言うフィクションの世界のお話。
ここは現実の世界。
メイドや使用人にガイドが犯人でも何らおかしくない。
逆にその程度のことで犯人候補から外すのは二流だ。
私は一流と自負してるから排除しない。
それゆえに明後日探偵である自分や相棒が犯人となりうる。
隣の山の助手が山で起こる事件の犯人じゃないとも言えない。
誰もが疑わしいし誰もが犯人になりうる。
現在のところまだ誰もが犯人になりうる。
これはもちろん可能性だ。告白してるのではない。
それにしても昨日の記憶がないのが不思議で仕方がない。
相棒も似たようなことを言っていた。
彼の場合は元から当てにはならないが。
そろそろお邪魔するか。
「あの怖いでしょうから一緒に寝てあげましょうか? 」
「冗談はよして。また潜り込むつもり? 」
料理人が冗談を真に受けて食ってかかる。
「そうですか残念だな。ではおやすみなさい」
「ちょっとこの人を置いていかないで! 」
相棒を残してきてしまった。
疑いの目を向ける二人。
決してわざとではない。
動かない塊を引きずって隣の部屋へ。
続く




