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一人二役の精霊王さま  作者: I*ri.S
9/51

第九話

「一人二役の精霊王さま」第九話です。

本作は毎週火曜日の更新を目標にしています。

 その夜。

 セルヴィッジ侯爵家の大広間では、夫人の懐妊百日を祝うパーティーが催された。

 高校生の有沙は知らなかったが、じつは地球にも妊婦の安産祈願を込めたベビーシャワーという催しがあり、ウィスタリアで行われているこれも、始まりは地球のそれとよく似ていた。

 今夜招待を受けたのは王都に暮らす貴族たちで、皆、セルヴィッジ家と懇意にしている家の者たちだ。限られた数といえ、その家門の人間が大勢集えば、人数は自然と膨れ上がる。

 エレノアとリディア姿の有沙は、それらしくドレスアップした令嬢姿で、セルヴィッジ家の前に立った。さらにエスコート役で呼ばれた闇の精霊のエドガーも、貴族令息らしい正装姿で付き添った。

「ねぇねぇ、本当にバレない?」

「大丈夫ですわ、せい……リディア様。わたくしとエドガーがお側に付いております。何も心配せず、パーティーをお楽しみくださいませ」

 鮮やかなワインレッドのドレスを着て、赤毛で赤目と、いつもとはガラリと印象の違う美女に変身したエレノアは、髪色に合わせた愛らしいドレス姿の有沙を見て、余裕の笑みを浮かべた。

 開け放たれた屋敷の正面扉の前で、三人は受付係のバートに止められた。

「いらっしゃいませ。ようこそセルヴィッジ家へ。恐れ入りますが、お名前をお伺いしてよろしいでしょうか」

 バートは慇懃にお辞儀をして、エレノアに訊ねた。

 赤毛美女のエレノアは手にした扇を細く開き、顎を軽く持ち上げ言った。

「あら、あなた、わたくしの名をご存知ないの?」

「え……」

 思いがけない言葉に顔を上げたバートは、エレノアと真っ直ぐ視線を重ねて、ハッとしたように「これは、失礼いたしました」と頭を下げた。

「ロンズデール伯爵家のアレクシア様ですね。私としたことが、すぐに気づきませんで、誠に申し訳ございません」

「思い出してくれた?」

「はい。今日は、ご両親の代わりにご出席くださったのですか」

「ええ、そうよ。うちからの贈り物は無事に届いたかしら」

「はい、我が主人のセルヴィッジ侯爵様も奥様も、ロンズデール伯爵家からの贈り物を、大変喜んでおりました。お心遣いに深く感謝いたします」

「気に入っていただけたなら何よりだわ」

 セルヴィッジ家の家令とにこやかに話すエレノアを、有沙は呆気に取られ見つめた。隣に控えるエドガーに、「ねえ、どういうこと?」と念話で訊ねる。

「魅了と記憶の改ざんです」

 エドガーも念話で答える。

「光の魔法にも人の精神を操る魔法があります。まず相手の心に入り込み、警戒心を解き好意を増幅させます。さらに本人の記憶から都合の良いものを選び、適当に書き換えるのです。今回エレノアは家令の記憶を読み、パーティーに欠席する旨を送ってきた家門の中から適当な家を選んで、そこの令嬢に成り代わりました。これで彼女は、今夜はロンズデール家のアレクシアという名の令嬢になります」

「えっ、でも、彼女を知っている人に会ったら……」

「問題ありません。知人の目にもアレクシア嬢に見えるよう、幻惑の魔法をかけております。これは闇の精霊の得意分野ですので、僕がかけました。エレノアがわざわざ僕を呼んだ理由は、このためでしょう」

 そこで、二人の会話を聞いていたエレノアが、「ああ、そうそう」とわざとらしく声を上げた。

「こちらの令嬢と紳士は、わたくしの遠縁に当たるお二人なの。先月までユグドゥル王国に留学してらして、王都は初めてだから、いろいろとお連れしているところよ。彼らも私の連れとして、パーティーに参加してもかまわないわよね?」

「もちろんでございます」

 そこでバートの視線がこちらに向いて、有沙は緊張に身をこわばらせた。言葉の出ない有沙の代わりに、エドガーが一歩前に出る。

「今夜はよろしく頼む。僕はエドガー。それと、妹のリディアだ」

 目上の者から先に名乗るルールは、さすがに社交嫌いのエドガーも知っていた。

 エドガーから妹と紹介された有沙は、慌てて貴族令嬢のマナーに則り、利き足を一歩後ろに引く挨拶をした。

「リディアです。よろしくお願いします」

 伯爵家の人間から礼儀正しい挨拶を受け、バートは驚いたように目を見開き、「これは……恐れ入ります。セルヴィッジ家の家令を務めております、バートと申します。ようこそおいでくださいました。今夜はおくつろぎの上、宴をお楽しみください」と、大きく腰を折って礼を返した。


 無事受付を済ませて、有沙は「はーっ……」と大きく肩で息をした。そんな有沙に、エドガーが「申し訳ございません」と小声で詫びる。

「とっさに僕の妹と……。見た目の年齢から、それが自然かと思ったもので……。失礼な嘘をついて、申し訳ありませんでした」

「えっ、謝らなくていいよ! そういう設定にしておいた方が、私も気が楽だし!」

「そうですよ。今日は人族の貴族令嬢と令息になりきって、パーティーを楽しみましょう」

 そう言って上機嫌な笑顔を見せるエレノアを、有沙とエドガーは呆れと尊敬の混じった目で見つめた。

「もしかしてエレノアって、人族のフリをするのは今回が初めてじゃないの?」

「ええ。じつはわたくし、先代の精霊王様ともたまにこうして、人族の祭りやパーティーに参加していたのです」

「あ、そう……。どうりで慣れてると思った……」

 大いに納得して、有沙はうなずいた。

 大広間に入り、さっそく給仕係からワイングラスを受け取ったエレノアは、「リディア様はこちらを」と、ノンアルコールのジュースを渡した。

「えーっ、私もお酒がいいなぁ」

「今日のリディア様は、どう見ても未成年です。この国でお酒が飲めるのは、十六歳からですよ」

「えっ、十六でもう飲めるの!」

「貴族はそうですね。ですが平民の場合は、十六歳より前に飲んでいる子も多いですね」

 そう言って、見た目年齢十八歳のエドガーは、躊躇なくワイングラスに手を伸ばした。

「えー……。こんなことなら、リディアじゃなくて、もっと大人な見た目の令嬢に変身するんだった……」

 不満を口にしながらも、しかし、この世界で初めて貴族のパーティーに参加した有沙は、煌びやかな会場の装飾にドレスアップした令嬢たちのファッション、テーブルに並んだ美味しそうな料理に、すぐ心を奪われた。

 何より、ここは“あの”セルヴィッジ侯爵家だ。

(ここがアリッサの実家……。アリッサはこの家で育ったんだ……)

 そう思うと、広間の窓にかかったカーテンのタッセルの房一つにも感動できて、有沙は料理を食べることも忘れて広間中を見て回った。

 彼女がはしゃぐのも無理からぬことだった。ゲームの大ファンだった有沙にとって、まさしくここは、「ラビサーの聖地」なのだ。

 エドガーは黙ってそんな有沙に付き添っていたが、エレノアはさっそくアレクシア嬢として、他の貴族たちとお喋りを楽しんでいた。

 会が始まって一時間くらい経ったところで、いきなりプレゼントのお披露目が始まった。

 目ざとく気づいたエレノアが、「せ……リディア様っ、早く、早く」と有沙の手を引いて、人だかりの最前列に彼女を連れて行く。

 円形のテーブルで囲むように作られたステージに、リストを手にしたバートが立つ。

「まずは、ウィスタリア国国王、カーティス二世様から賜りました祝いの品でございます。お品は、こちら。質の良い鉱石が採れることで有名なラウル帝国産の、貴重な金水晶で作られたスパルナの彫像です」

 バートのアナウンスが終わると、男性使用人が二人がかりで、件の品を専用台に載せて運んできた。

 高さが五〇センチほどもある巨大なシトリンを使い、ウィスタリア王室のシンボルである幻の鳥、スパルナを模して造られた彫刻だ。さすが王室からの恩賜品だと、他の見物人たちから感嘆の声が洩れる。

 そこでエレノアが、「まぁ、素晴らしい!」と感激の声を上げたため、有沙はびっくりして彼女の顔を見た。エドガーがこっそり、「スパルナは光の精霊獣です」と耳打ちする。

「あぁー。あれって、エレノアの鳥なんだー」

「そうですわ。もちろん、本物はもっと神々しく美しいですが、この彫像も気品と風格があって、なかなかの見た目をしておりますわね」

 初っ端から自分の鳥がモチーフの品が現れて、エレノアは上機嫌に語った。

「次にご紹介いたしますのは、リネット王妃様から賜りました祝いの品でございます」

 次のバートの紹介に、客人たちの間からわずかなざわめきが起こる。

「王様だけでなく、王妃様からも祝いの品が……」

「さすがセルヴィッジ家だ……」

 どうやら通常は、王室からは王様からだけ贈られて、王妃様個人での恩賜はないらしい。

 皆の注目が高まる中、使用人が運んできたのは、一見、何の変哲もない赤ん坊用のドレスだった。

「王からのプレゼントに比べると、王妃の品は普通ですわね」

 エレノアの遠慮のない発言に、有沙も「そうだね」と同意した。

 しかしその場の空気は、次のバートの言葉で大きく変わった。

「こちらの乳児用ドレスは、王妃様の曾祖母であらせられる、ボーウェン侯爵夫人手製の品であり、リネット王妃様が誕生された際に贈られた、特別な品でございます。こたび、王妃様自らが手直しをされ、当家にお譲りくださいました。大変貴重で、歴史的にも価値ある逸品でございます」

「えっ、王妃様の!?」

「それはつまり……」

 さきほどよりも大きなざわめきが起き、皆の表情が変わった。

「ねえ、エドガー。王妃が、自分が使っていたドレスをセルヴィッジ家に贈ったってことは、つまり……、これから生まれてくる子を、王子の妃候補に考えてるっていう意志表示だよね?」

「そうですね。そう解釈して間違いないと思います」

「そっか……。じゃあ、アリッサがジェイデンの婚約者になることは、アリッサが生まれる前から決められていたことなんだ」

 ラビサーの中でアリッサは、ウィスタリア王家の王太子、ジェイデン・ウォルフェンデンと婚約していた。親同士の決めたことであり、二人の婚約はアリッサが十歳の時に決まったという設定だったが、現実では、アリッサが生まれる前から定められていたことらしい。

 プレゼントのお披露目はそれから権威順に、王室から大公家、公爵家と続いた。

「では続きまして、アドキンズ侯爵夫人、シャーリー・アドキンズ様からの贈り物でございます」

 贈り主もこの場におり、シャーリーは友人であるセルヴィッジ侯爵夫人の隣で、「あら、いよいよ私の番なのね。すこし恥ずかしいわ」と扇で口元を隠し笑った。

 プレゼントは複数あった。料理用カートの上に、大きな絵画や花瓶、アクセサリーなどが整然と並ぶ。

「お品は複数ございましたので、そのうちの一点を紹介させていただきます。こちらはロマヌシュカ王国出身の画家、リャベフ作……」

「……リディア様」

 そこでいきなりエドガーが、鋭い声で有沙を呼んだ。

「どうしたの、エドガー」

 その表情に緊迫したものを感じとり、有沙は驚いて彼の横顔を見つめた。

 エドガーは、使用人たちが運んできたプレゼントの山を見つめながら、念話で有沙に伝えた。

「精霊王様。あのプレゼントの中に“良くないもの”が混じっています」

「良くないもの?」

 有沙も念話で応じる。

「はい」

 エドガーはエレノアの方を見て、「君も感じただろう」と言った。さっきまで楽しそうにはしゃいでいたエレノアも、気がつけば笑顔を引っ込めていた。

「ええ。わずかだけれど、暗黒魔法の気配を感じるわ」

「精霊王様も感じるはずです。あの贈り物の山へ意識を向けてください」

「え、……うん」

 有沙はそこで、アドキンズ侯爵家からのプレゼントに目を向け、そこに異質な気配を感じとろうとした。

 すると一つだけ、黒く靄がかかったように見える箱が見つかった。中身はよく見えないが、どうやら指輪かブローチらしい。

「たしかに、おかしな物が一つだけあるね。箱から黒い煙が出ているみたい。……見た目もおかしいけど、匂いも変。何だろ……ゴミを燃やした後みたいな匂いがする」

「それは、呪われた物特有の匂いです」

「えっ!」

 驚く有沙に、エドガーは「間違いありません」と言った。

「そうね。これは、呪われた物の放つ匂いだわ……。わたくしには、とても不快な匂い」

「僕にとってもそうだ」

 テレパシーで会話を続ける精霊たちに、有沙は「ちょっと待って!」と割って入った。

「呪いってどういうこと? アドキンズ家からのプレゼントの中に、呪いがかかっている物が紛れているってこと!?」

「はい」

 真顔でうなずき、エドガーは、下げられていく贈り物たちを鋭い視線で見送った。

「しかも、かなり巧妙に隠匿された術です。使用人たちが検分したとしても、普通の人間では発見できないでしょう。精霊王様や我々だから気づけたのです。この強い呪いは、セルヴィッジ侯爵夫人はもちろん、胎児にも影響を及ぼします。このままあれを側に置いておくのは、大変危険です」

「どうすればいいの?」

「本体を遠ざけるか、解呪をする必要があります」

「解呪? 呪いを消すってこと?」

「そうです」

 そこで三人はいったんバルコニーに出て、これからどうするかを相談した。

「あれらの品はこの(のち)、屋敷の宝物庫に仕舞われるでしょう。人気(ひとけ)がなくなってから宝物庫に入り、件の品を見つけて解呪しましょう」

「そっか。じゃあ、パーティーが終わって、家人が寝静まるのを待たないといけないね」

「そうですね」

 エドガーと有沙の会話を聞きながら、エレノアが「それよりも気になるのが……」と思案顔で言った。

「なぜセルヴィッジ家と懇意にしているアドキンズ家が、あのような呪いの品を贈ったのでしょう。さきほど、アドキンズ侯爵夫人の心を読んでみましたが、彼女はセルヴィッジ侯爵夫人の懐妊を、心から喜んでいました。自分の息子と同級生になるだろうから、いずれは婚約させたいとまで考えていました」

「エレノア、夫人の心を読んだの!?」

 有沙に問われ、光の精霊は「ええ」と事もなげに答えた。

「精霊王様にも方法をお教えしたでしょう。簡単ですわ。対象者に意識を向け、その心の声に耳をすますだけです」

「たしかにやり方は聞いたけど~~~」

 有沙は両拳を上下にブンブン振って、「私、人の心を読む魔法って苦手なんだよぉ~。だって、すっごく疲れるんだもん!」と泣き言を言った。

「精霊王様ほどのお方が、魔法を使って疲れることはないはずですが……」

「そういう意味の疲れるじゃなくて……。とにかく、自分の欲しい情報だけ引き出したいんだけど、人族相手だと余計な情報まで入ってきて、それですっごく疲れるの!」

「仰りたいことは分かりますが。これも慣れですよ。この百年、修練を重ねてこられたではないですか」

 エドガーの言葉に、エレノアが「そうですよ」と同意する。

「魔法は精霊にとって、人が見たり話したりするのと同じくらい、自然に行えることです。精霊王様なら本来、誰より上手に魔法が使えるはずですわ」

「うー……。理屈は分かるんだけどぉ……」

 有沙は渋い顔になり、「ゲームなら、村人との会話もコマンド選択式で選べて便利だったのに……」とぼやいた。

 そこでまた、ハッとなにごとか閃く。

 有沙はいきなり、「ステータス、オープン」と唱え、自分のステータス画面を空中に登場させた。

「そもそもさ、精霊王はできることが多すぎるんだよ。私って根っからの読んで理解するタイプだから。こうしてできることを一覧表にした方が、よりスキルも魔法も活用できると思うんだよね」

 相変わらず、有沙の固有スキルである【ステータス鑑定】の画面が見られないエドガーとエレノアは、何もない宙を指差して説明する精霊王を、「はぁ……」と呆れ顔で見つめた。

「さらに精霊王のチート能力なら、このパネルに文章入力フォームとか、返信機能を付けられるんじゃないかと思うんだよね」

 そう言って有沙は、パネルに表示された魔法一覧の【闇魔法】を指でタッチして選択し、そこにずらっと並んだ闇属性魔法の中から、【マインド・リーディング】を選んだ。

「この項目に、文章入力フォームを付けたいんだけど……」

 有沙がそう呟いたとたん、画面にメッセージが現れた。

『スキルボードに変更を加えますか?』

「わぁっ、何か出た!」

 有沙は面食らいつつも、『はい』を選んだ。すると一瞬でステータス画面が切り替わり、新しい画面が出現した。

 最上段には【精霊王さま】という名前が表示され、次の段は、左端に使える魔法やスキルの属性一覧、そこから右方向に分岐し、属性別の魔法やスキルの一覧、と項目が細分化していく。

「こ、これは……。ゲームの画面と言うより、パソコンのメニュー画面的な……」

 だがこれもまた、完全インドア人間だった有沙には、馴染み深い光景だった。

「とりあえず闇属性を選択して……、さらに【マインド・リーディング】を……わ!」

 有沙が指で【マインド・リーディング】をタップすると、メインパネルよりも一回り小さなパネルが、大きなパネルに重なるように新たに出現した。

「これは完全に窓仕様……。やっぱりこの世界の神って、あっちの世界を知ってるくさい……」

 有沙は独り言を呟きながら、「えーっと、キーボードは……ないね。ってことは音声入力かな」と判断し、画面に向かって「対象は、アドキンズ侯爵夫人」と話しかけてみた。

 直後、小窓の一番上のフォームに、『シャーリー・アドキンズ』と入力される。

 有沙は次に、『あなたは、セルヴィッジ公爵家をどう思っていますか』と質問文を入力し、「決定」と唱えた。

 はたして上手くいくか不安だったが、精霊王の力に不可能はないらしい。数秒も経たず、一番下のフォームに新たな文章が現れた。

『わたくしは、クラリス・セルヴィッジ侯爵夫人のことを、大切な友人だと思っております。彼女ほど、慎みと優しさを兼ね備えた貴婦人はおりませんわ。またその夫であるトマスのことも、貴族の模範のような方と尊敬しております。彼のような立派な男性が王国軍におり、国を守ってくれているのだと思うと、とても心強いですわ。家令のバートと家政婦長のバーサも信頼がおける家臣ですし、これで跡取りが生まれれば、セルヴィッジ家は安泰でしょう。もし生まれたお子が女児であれば、うちのリアムのお嫁さん候補になりますわね。それもまた喜ばしいことですわ』

「わぁ……期待以上の返事が来た……」

 得られた結果に感激しながら、有沙はさらに、『ではなぜ、今回のお祝い品の中に、呪いの品が混じっているのですか』と質問した。

 今度は、答えが返るまですこし時間を要した。しかも、先ほどとは比べものにならない長文が、すごい勢いで表示された。

『呪いの品? 呪いとは何でしょう。私が知る呪いは、魔法でなく古代の呪術によってもたらされる怪談話のようなもの。あぁ、そう言えば。ラウレ帝国から戻った外交官から、ホシミの国で修行したという元神官の話を聞きましたわ。その者は信仰の心を失い、神も精霊も何の助けにもならない、魔族こそこれからの我々の力となる存在、魔族と和解せよ、といった不謹慎極まりない説教を、ラウレ国の港町で行っているのだとか。しかも、そんな世迷い事を信じる者が、貧民を中心に増えているそうですわ。魔族と和解だなんて、とんでもないことです。あんな野蛮で下等な存在と、どう和解せよと言うのでしょう。その元神官は、魔族が使う魔法も使えるそうです。おそらく、魔族に心を乗っ取られてしまった、哀れな人なのでしょう。もしかしたら、魔族が人に化けているのかも……。そもそも我々にとっての信仰とは……』

「え、ちょっと、これ、いつまで続くの……」

 途切れることのない回答文に、有沙は慌てて、「ちょ、ストップ! えーっと、強制終了、キャンセル?」と声を上げた。

 すると「キャンセル」の一言に、ずらずら表示されていた文字が動きを止め、小窓自体も消えた。

「あーっ、良かった。反応良いわ、このデバイス」

 大きく胸を撫で下ろし、有沙はそこで、自分をじっと見ている二人の精霊の視線に気づいた。

 それで、「あのね、じつは今……」と、自分が行った特殊な魔法について説明した。

 パーソナル・コンピューターなるものが何なのか想像できない二人は、とりあえず有沙と簡単な意識共有を行って、彼女が生みだした風変りな魔法のスタイルに首を傾げつつも、魔法の意図ともたらした結果については理解してくれた。

「……まぁ、自分に合った方法が見つかったのなら、何よりですわ」

 エレノアの言葉に、エドガーも小さくうなずく。

「それで、呪物について訊ねた時のおかしな反応だけど。これって、アドキンズ侯爵夫人は、あのプレゼントについては何も知らない、って解釈でいいのかな」

「そうですね」

 有沙の推論に、エドガーが答えた。

「我々の扱う読心術では、当人が考えていないことは読みとれないものですが、精霊王様の方法ですと、対象者の深層心理にまで入ることが可能のようです。ゆえに身に覚えのないことへの質問に関しては、本人の中にある、関連した言葉へのイメージが引き出されるのだと思われます」

「今回は、“呪い”がキーワードになったのかな」

「そうですね」

「つまりアドキンズ侯爵夫人は、この件にまったく関与していないということですわね。贈り主に身に覚えがないのであれば、使用人や業者など、第三者が贈り物の中に呪物を紛れ込ませた……」

 エレノアがそこまで言ったところで、有沙と二人で「あっ!」と同時に気づく。

「昼間の、怪しい男!」

「間違いありませんわ! あの者があの時に、呪物を荷台に入れたに違いありません!」

 昼間見かけた、アドキンズ家の馬車に近づく不審な男を思い出し、二人は「ああ~……」と、ショックを受けて頭を抱えた。

「あれは荷台の品を盗んだのではなく、増やしたのですね……」

「あぁーっ、こんなことなら、もっとちゃんと顔を見ておくんだった……」

「わたくしも……。中肉中背の男だったことしか……、素性までは分かりませんわね……」

「あーっ、もう! せっかく、犯人に辿り着く重要参考人だったのにっ!」

「どうしたんですか、二人とも」

 キーキーとくやしがって騒ぐ二人に、エドガーが不思議そうに訊ねる。有沙が事の次第を説明すると、彼は「なるほど」と顎に手を当て考えた。

「しかしおそらく、その者は実行犯であって、黒幕は他にいると思われます」

「それはそうだろうけど、せっかくの手がかりが~……」

 嘆く有沙に、エドガーは「いえ」と真顔で言った。

「ただの金で雇われた小悪党ならば、その者から大元に辿り着くのは困難です。それよりも、まず呪物そのものを検分する方が重要です」

「うぅー……。たしかに、過ぎたことを悔やんでも仕方がないよね……」

「ええ……」

 同じく不満顔のエレノアと顔を見合わせ、有沙は小さく肩を落とした。


       ***


 パーティーが終わり、招待客も全て帰宅した深夜。

 有沙たちはセルヴィッジ家の宝物庫に入った。

 まるで美術館か博物館のように、高価な美術品や宝飾品、貴重な書物、武具などが陳列されている宝物庫の、入ってすぐの一角に、選別される前の品々がまとめて保管されていた。

 件の品はすぐに見つかった。小さい箱のため、テーブルの上に重なったプレゼントの、一番上に目立つように置かれていたのだ。

 外箱を開くと美しい紙の箱があり、中に金属製の宝石箱、さらにその中から、大粒のルビーを使ったブローチが現れた。

 箱にはカードが添えられていた。

『ご懐妊おめでとうございます。無事の出産を祈って。あなたの友人 シャーリー・アドキンズ』

 メッセージカードを手にし、有沙は「やっぱり犯人はアドキンズ家の名を騙って、これを紛れ込ませたのね」と呟いた。

 ブローチは一見、ルビーの輝きも素晴らしい、素人の有沙が見ても高級品と分かる見事な品だった。

「一流の職人の手による、精巧な細工の施されたブローチですね。ルビーも本物です。これは、相当の金持ちでなければ買えない代物です。これに呪いをかけ贈るなんて……、犯人は、アドキンズ家に負けず劣らずの権力者に違いありません」

「そうだよね。やっぱり貴族かな……」

「この国の者ならば、その可能性が高いですね」

 呪われたブローチそのものに直接触れたくない有沙は、箱の中で鎮座するそれを、じっと見下ろした。

「今日、屋敷に届いた品については、家令のバートが洩らさずリストに記載しております。無くなれば騒ぎになるでしょう。そっくりのレプリカを作るか、どちらにしろ解呪を行う必要があります」

「うん、分かった」

 エドガーの言葉に、有沙は小さくうなずいた。

「それで、解呪ってどうやるの?」

「精霊王様なら簡単にできます。浄化するイメージで、これに手をかざしてください」

「分かった」

 有沙は言われた通り、ブローチを清めるイメージで手の平を傘のように翳した。たちまちブローチから黒い靄が発生し、それは煙のように上空に向かうも、その途中で光に包まれ見えなくなった。

「お見事です。呪いの効果は完全に消滅しました」

「えっ、もう終わり?」

 あまりのあっけなさにポカンとして、有沙は解呪を終えたブローチを手に取ってみた。たしかにもう嫌な匂いはしないし、靄も消えている。ただの綺麗なブローチだ。

「このブローチはきっと、アリッサのママ……セルヴィッジ侯爵夫人が使うよね?」

「そうですね」

「じゃあ解呪ついでに、お産が無事に行くよう祝福も与えておこう」

 エレノアに習った光の精霊魔法【祝福】は、呪いやその他状態異常への耐性値が上がり、時間の経過とともに体力が回復する補助魔法だった。

 通常は時間が経つと消える魔法だが、それを精霊王の有沙が行うと、対象物には半永久的にこのバフ効果が付く。つまりこのブローチは、ただの宝飾品からレアな魔防具にレベルアップしたことになる。

「これで良し、と」

 一仕事終えて、有沙はフゥと肩を落とした。

「それで、肝心の犯人捜しだけど……」

「精霊王様。犯人探しの捜査は、僕に任せていただけませんか」

 思いがけないエドガーの言葉に、有沙は「えっ」と驚いた。

「人探しも調査も、闇の精霊が得意とする分野です。必ず黒幕を突き止めてみせます」

「本当に? お願いしていいの?」

「もちろんです」

 少年のような笑顔を見せて、エドガーは言った。

「精霊王様のお役に立つことこそ、我ら精霊の本分です」

「うわぁ、ありがとう! すっごく助かるよ!」

 有沙は手を叩いて喜び、エドガーの両手を自分の両手でぎゅっと握った。

「本当にありがとう、エドガー!」

「い、いえ……。礼を言うのは、どうぞ僕が任を果たした後で……」

 ほんのり頬を赤らめて照れる闇の精霊に、有沙は「でも、本当に嬉しいんだもん」と満面の笑みを向けた。



 第十話につづく


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回の更新をお待ちくださいませ。

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