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一人二役の精霊王さま  作者: I*ri.S
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第五十一話

「一人二役の精霊王さま」第五十一話です。

本作は隔週火曜日の更新を目標にしています。

「ごきげんよう、皆さん」

 大勢の従者とともに現れたリネット王妃は、ガゼボにいた五人の夫人に向かって、にこやかに挨拶した。

「王妃殿下。ごきげん麗しゅうございます。本日はお招きいただきましてありがとうございます」

 五人の貴族夫人はクラリスから順番に、王妃と王太子に向かって礼儀に則った所作で挨拶を行った。

「今日は、同じ年頃の子を持つ親同士、交流を深められたらと思って開いた会ですの。ですから皆さんにも、気楽にご参加いただけたら嬉しいわ」

 王妃はそう言って笑うと、母親の傍らに立つ五人の少女を見た。

「今日は可愛らしいレディもたくさんいらして、楽しいわね。皆さんには、先日のジェイデンの誕生日にも来ていただいたわね。ありがとう」

 いきなり王妃に声をかけられ、四人の令嬢は緊張で顔色を変えたが、年の功がある有沙だけは落ち着いていた。

 母親同様に、自分が一番最初に挨拶すべきと判断した有沙は、一歩前に進み出て、今日も綺麗なカーテシーを披露した。誕生日会の経験が役立ち、今回は緊張も少なかった。

「王国の母たるリネット王妃殿下にご挨拶申し上げます。セルヴィッジ侯爵家長子のアリッサと申します。本日はこのような素晴らしい催しにお招きくださり、ありがとうございました。心よりお礼申し上げます」

「あら……」

 王妃は意外そうに目を見開き、扇の影から覗かせた目だけで微笑んだ。

「セルヴィッジ家のアリッサ嬢ね。さすが、クラリス様のお嬢様だけあって、マナーも所作も申し分ないわね。それにご両親の美貌を受け継いで、とても綺麗な顔立ちをしてらっしゃる。将来は大変な美人になりそうね」

「え!」

 思いがけない王妃の言葉に有沙は驚いたが、それは王妃が実際に口にした言葉ではなかった。

 王妃はアリッサに近づくと、「とても立派な挨拶だったわ。今日は楽しんでいってちょうだいね」と優しく声をかけた。

 一瞬ポカンとした有沙は、「は、はい。ありがとうございます……」と返した。

 他の令嬢がアリッサに続いて挨拶するのを見守りながら、有沙は念話で「ルーチェ、ルーチェ」と光の精霊を呼んだ。

 最近は、日中のほとんどをアリッサとして過ごしている有沙だったが、いつ精霊王としての仕事が必要になるかわからない。そのため、代役のルーチェにはいつもアリッサの傍についてもらっていた。

 すでに見た目が女子高生並みに成長したルーチェは、「はい」と有沙にだけ聞こえる声で答えた。

「今、すっごくはっきり、王妃様の心の声が聞こえたんだけど……。もしかして私、無意識に読心術を使ったのかな」

 ルーチェはすこし考える顔をして、王妃を見つめながら「いいえ」と答えた。

「王妃の魔力の波長が、アリッサとぴったりなのです。ジェイデン王子もそうですから、親子で魔力の性質が似ているのでしょう。王妃も土属性が強いようですが、わずかに光属性の適性も持っていますし、それも影響しているかと思います」

「つまり、私から働きかけなくても、王妃様とジェイデンの心の声が聞こえるってこと?」

「距離が近いと聞こえるようですね。今は聞こえないでしょう?」

「あ、ホントだ……」

 自分から離れた王妃の後ろ姿を見て、有沙は茫然とした。

「これまでは気づかなかったけど、じつはアリッサと魔力の波長が合う人との付き合いって、かなり面倒くさいんじゃ……」

「どうでしょう。むしろ、マインド・リーディングを使う必要がないので楽では?」

「いやぁ、心の声が聞こえるってなんか嫌だよ……」

「我々とは普通にやり取りしていらっしゃるではないですか」

「精霊は裏表がないもん。人間は違うでしょー」

「……アリッサ嬢だ」

 有沙がそう答えたところで、今度はジェイデンの声が届いた。有沙はハッとして隣を見た。

 いったいいつ来たのか。手が届くほど近い距離に、ジェイデンが立っていた。

 今日も天使のように可愛らしい王太子を見て、有沙は「じ、……王太子殿下」と思わず声を上げた。

「こんにちは、アリッサ嬢」

 黄金の微笑みを向けられた有沙は、「ご、ごきげん麗しゅう……殿下」と赤い顔で挨拶を返した。

(くぅう……今日も美少年だな、生ジェイデン!)

 高価な美術品を前にした気分で、有沙は「ええと……、わたくしに何かご用でしょうか」と一歩後ろに下がって訊ねた。

「うん。これから僕は、母上と一緒に招待客のガゼボを挨拶して回るんだけど、それが済んだら、自由時間がもらえるんだ」

「はぁ……」

「だからその時に、アリッサ嬢にこの庭を案内したいなって思って」

「え!」

 幸いにして、ジェイデンは心の声と実際の声が一致していた。だが最後の彼の言葉に、有沙は思いきり驚いた。

「だめかな?」

 少ししょんぼりした青い瞳に見つめられて、有沙は「ぐぅ」と返事に詰まった。そこで後ろにいる四人の令嬢に気づき、「で、では、お友だちも一緒にいいですか?」と訊ねる。

「お友だち?」

「はい! ここにおいでの、アニカ・スタール侯爵令嬢、セシル・バース伯爵令嬢、イレーナ・コルト伯爵令嬢、カテレイネ・アッセル子爵令嬢、皆さん、わたくしのお友だちなのです!」

 全員をフルネームで呼んで、有沙は満面の笑みを王子に向けた。

「一人では緊張するので、お友だちが一緒だと私も嬉しいです!」

 ざわつく四人の令嬢に、有沙は「お願い、一緒に来て!」と目で訴えた。

「そうか……」

 ジェイデンはアリッサの後ろに立つ四人の令嬢を見つめ、しばし沈黙した。

(……アリッサ嬢と仲良しなら、きっとこの令嬢たちは優しい子たちなんだろうな)

 そう考えた彼は、次にアリッサを見た。若干青ざめたその顔色を見て、彼は「よし」と心の中で呟いた。

「そうだね。いきなり一対一じゃ、アリッサ嬢も緊張するよね。うん、今日はみんなで庭を回ろう」

(ふぁ……助かったぁ~……)

 有沙は心の中で、思いきり安堵の息をついた。

「じゃあ、また後でここに寄るよ」

 眩しい笑顔を残して、ジェイデンは王妃と隣のガゼボに向かった。

 王室ご一行を見送った後で、有沙はクラリスに近づいて、「お母様」と声をかけた。

「じつは先ほど王太子殿下から、庭の散策に誘われました。他のご令嬢も一緒です。エイミーたちもいるので心配はいらないと思います」

 王妃や他の夫人との会話に夢中で、娘の状況を知らなかったクラリスは、突然の話に「まぁ」と驚いた顔をした。

「本当なの、エイミー」

 影のように控える侍女に訊ねると、エイミーは「はい」と神妙な顔つきで答えた。

「先ほど、王太子殿下自らお嬢様に声をおかけになり……。他の出席者への挨拶が済んだら、またここへ戻ってくると仰いました」

「そう……」

 王子自らの誘いならば、断るわけにはいかない。

 憂いを隠そうともせず、クラリスは娘に向かって、「では、くれぐれも失礼のないようにね」ととってつけたような言葉をかけた。

 自分の娘が実年齢よりずっとしっかりしていて、王族に不敬など働くはずがないとわかっていても、今の彼女の立場ではそう声をかけるしかなかった。

「エイミーも、アリッサの傍についててあげて」

 侯爵夫人の言葉に、ここ数年ですっかり侍女の自信をつけたエイミーは、しっかりした声で「はい」と答えた。


     ***


 二時間後。

 約束通り、ジェイデンはまたアリッサたちのガゼボに戻ってきた。

 ただ招待客に挨拶するだけで二時間もかかったことに、有沙は改めて「王族ってやっぱ大変だわ~……」と思った。

 しかしジェイデン本人はそれが当たり前と思っているのか、さして疲れた様子もなく、「アリッサ嬢!」と笑顔で手を振り近づいてきた。

 彼は五人の前まで来ると、「アニカ嬢、セシル嬢、イレーナ嬢、カテレイネ嬢も、待たせたね」と四人の名を呼んで詫びた。

(えっ、すご! さっきのアレで、もう四人の名前を覚えちゃったの!?)

 王太子の優秀さに感心した有沙だったが、王太子に名前を呼ばれた四名の感激はその比ではなかった。全員が顔を真っ赤に染めて、「と、とんでもございません!」「お心づかい、ありがとうございます!」「こうしてお越しいただけただけで光栄でございます!」と口々に答えた。ただ内気なセシルだけは、何か言おうと口を開くも、あうあうと声にならない声を発することしかできなかった。

「じゃあ行こうか」

 そう言って先頭に立ったジェイデンに、有沙は「あの、殿下」と控えめに声をかけた。

「その、散策の前にまず、軽く食事をしませんか?」

「え」

 驚いた顔の王子に有沙は、「じつは私たち昼食を取らずに、殿下がお戻りになるのを待っていたんです。王妃様と殿下は、食事もとらずにご挨拶に回られていたので、戻られてから一緒にお食事できたらと思いまして……」と言った。

「王妃様は、ご自分のガゼボでこれからお茶をされるのですよね? 母たちが呼ばれておりましたし。ですから殿下は、私たちのガゼボでランチを取られたらどうかと……」

「それは……」

 そこでジェイデンは、自分の専属侍女であるハンナの顔を見た。彼が誕生する前から王室に仕えているベテラン侍女の彼女は、ニッコリと優雅な笑みを浮かべた。

「そうですね。わたくしも、それがよろしいかと存じます」

(……そう言えば、今日は朝もあんまり食べられなかったんだっけ)

 ジェイデンの心の声が聞こえ、有沙も笑顔になった。

「じつはもう、メイドに頼んで料理を並べてもらっているんです」

 その言葉通り、メイドたちが運んできたサンドイッチやスコーン、パイやタルトなどが、香りの高いお茶とともに、すでにテーブルに並んでいた。

 椅子が六つ並んだ丸いテーブルに、まずジェイデンが座り、その隣にアリッサ、アニカ、セシル、イレーナ、カテレイネの順で右回りに並んだ。

「全部食べたらお腹いっぱいになっちゃうから、皆さん、食べたい物だけ自分の皿にとってくださいね」

 学校の先生みたいな口調でアリッサが言うと、四人の令嬢は「はい」と素直に答え、自分の侍女に頼んでめいめい料理を取り分けてもらった。

 ジェイデンの皿にもサンドイッチとスコーンとタルトが載せられ、彼が食べ始めたのを見て、五人の令嬢も食事をスタートさせた。

「私、前から常々思っていたのですが」

 しかしそこでまたアリッサが発言し、王子含め全員が驚いた顔をした。

「どうして王侯貴族の食事は、いつも無音なのでしょうか。せっかく皆で美味しいものを食べているのに、ただ黙々と食べるだけなんて。今日はせっかく屋外でバイキング形式の食事なんですから、従来のマナーは気にせず、皆で楽しくお喋りしながら食べませんか?」

 提案の形だったが、了承を取るべき相手は一人だけだ。有沙はまっすぐにジェイデンの顔だけ見て話していた。

 ジェイデンは一口齧ったサンドイッチをゴクン、と飲み込み、まず「バイキング形式って何だろう……」と考えた。

 しかしその疑問は脇に置き、彼は「アリッサ嬢の言う通りだね」と言った。

「今日の園遊会の目的は、普段なかなか関われない年の近い君たちと、親睦を深めることにある。ならば、食事の時間も有効に使うべきだ」

「ご賛同いただいてありがとうございます」

 有沙は王子に笑顔を向け、「では殿下。いえ、ジェイデン様とお呼びしてもよろしいでしょうか」とさらに図々しい発言をした。

「もちろん、いいよ」

 ジェイデンはニコニコしながら応じたが、彼の周りにいる侍従たちはかなり驚いていた。

「普通は、王族であるジェイデン様のお許しを得て、私たちは発言するわけですが。今日は、めいめいが自分の意志とタイミングで発言することをお許しいただけますか」

「そうだね。その方がもっと気楽に話せるね」

「ありがとうございます。では今から、ジェイデン様も私たちのお友だちですね」

「「「「え!!!!」」」」

 アリッサ嬢のこの発言には、さすがに他の令嬢もお付きの者たちも仰天したが、ジェイデンだけは笑顔のまま、「わぁ、嬉しいな」と明るい声を上げた。

「僕も君たちと友だちになりたいと思っていたんだ」

「それはちょうど良かったです」

 有沙は余裕の表情で、「ではそういうわけなので、皆さん。食事を始めましょう」と、完全に場を仕切った。

 この無作法にも頓着せず、ジェイデンは「そういえば、アリッサ嬢は好きな食べ物は何?」といきなり質問をしてきた。

「好き嫌いはありませんが、王都のスイーツは世界一だと思います」

「へぇ……。僕はね、王宮のシェフが作るチーズケーキが大好きなんだ」

「チーズケーキ! 私も好きです!」

 有沙は目をキラリと光らせ、「でも王都の流行りはベイクドチーズケーキですよね。だから私、うちのシェフに頼んでレアチーズケーキを作ってもらったんです。これもすごく美味しいですよ」と自慢した。

「レアチーズケーキ、なんて菓子があるのですか?」

 思わずそう声を上げたのは、アリッサの隣に座るアニカ嬢だった。

「はい。ゼラチンを利用して、クリームチーズと生クリームなどと混ぜて冷やして固めるケーキです。最近王都でも出回り始めた、レイゾウコという魔道具がありますよね。あれを使って作るんです。冷たくてプルプルなので、夏にぴったりなんですよ」

「ゼリーに似た料理でしょうか」

「あれはでも、常温で固めているから冷たくないですよね? 従来の冷却機能付き魔道具が小型なので仕方ないですが、レイゾウコはタンスサイズの大きさなんです。だから大きなケーキも丸ごと冷やせるんですよ」

「うちのシェフも欲しがっていました。レイゾウコがあれば、どんな料理も北国の冬並みに冷やせるとか」

「では、セルヴィッジ家にはもう、レイゾウコがあるのですね」

「セルヴィッジ家のシェフが作る菓子ですから、きっとすごく美味しいんでしょうね」

「ぜひ私も食してみたいですわ」

「最近はそのレイゾウコを使って、アイスクリームなる菓子も王都の菓子店が提供し始めたとか」

「私、パティスリー・フェリシテで食べましたわ! とても冷たくて、口に入れると溶けるんですの!」

「では今度の外出の際に、みんなでパティスリー・フェリシテに行きませんか?」

 アリッサの提案に、四人は「わぁ」と歓声を上げた。

「行きたいですわー」

「では確実に席が取れるよう、私が予約を入れておきますわ!」

 王子そっちのけで盛り上がり始めた五人の令嬢を見て、ジェイデンは目を丸くした。

 彼にとって身近な女性とは、母親か侍女か家庭教師くらいで、お喋り好きでかしましい女の子たちの集団には、今日初めて遭遇したのだ。その謎の迫力に圧倒されても無理はない。

 呆気にとられる王太子を見て、有沙はフフッと楽しげに笑った。

「……考えましたね、精霊王様」

 隣に控えるルーチェが、念話で有沙に話しかける。

「王子自身の翻意は見込み薄と感じ、標的を王妃に変えられたのですね」

「さすがルーチェ! 私と以心伝心だね!」

 有沙はニヤニヤしながら答えた。

「こんなに自由奔放で礼儀知らずな娘だと知れば、王妃様だって私との婚約を考え直すでしょ。ほら、ジェイデンの後ろに控えている侍女や護衛騎士のみんな、顔がひきつってるもん。私のやりたい放題は、きっと王妃様に報告が行くはずだよ」

 じつはこの「姑に嫌われよう作戦」は、つい先ほど思いついたものだった。クラリスから「くれぐれも失礼のないように」という注意を受け、逆に「失礼があったらどうなるのかな?」と考えたのだ。

 今日のアリッサは、最初の挨拶は完璧だったが、王妃の目がなくなったとたんに王太子を名前呼びし、王太子そっちのけで他の令嬢と遊ぶ計画を立てるなど、徹底して王族を軽視する態度だった。不敬とまではいかないが、失礼なことは間違いない。

 王妃不在の間の王子の様子は、必ず近習から王妃に報告が入るはずだ。アリッサの無礼に王妃が腹を立て、婚約者候補から外してもらえたら重畳、そこまでいかずとも、王妃に「セルヴィッジ家の令嬢は王太子妃にふさわしくない」と思ってもらいたい、と有沙は考えた。

 そしてとどめとばかり、有沙は食事を終えるとすぐに立ち上がり、「せっかくなので、みんなで手を繋いで行きましょう」と提案した。

 当然この突拍子もない発言にも、侍女や騎士たちはギョッとしたが、ジェイデン自身は「そうだね」と明るい笑顔で応じた。

「わ、私はちょっと、殿下とは……」

「私も、恐れ多いですから……」

 爵位が下のイレーナとカテレイネが遠慮し、内気なセシルも真っ青な顔で首を横に振ったため、有沙は「では、私とアニカ様がジェイデン様と手を繋いで、セシル様とイレーナ様、カテレイネ様が手を繋ぎましょう」と言った。

 それで、アリッサ、ジェイデン、アニカの三人が手を繋いで前を歩き、イレーナ、セシル、カテレイネの順に三人が手を繋いで、すぐ後ろをついて行く形になった。

 両手に花状態のジェイデンは五人も友だちができたことを喜び、アニカは憧れの王太子殿下と手を繋げたことに舞い上がり、セシルは仲良しが四人も作れたと喜んでいた。イレーナとカテレイネも、王子に高位家門の令嬢にと、いきなり人脈が広がったことにガッツポーズをしていた。

 ただ王太子の側近たちだけが、あまりに自由すぎるアリッサ嬢の振る舞いに青ざめ、すべてを国王夫妻に報告すべきか否か、頭を抱えていた。


     ***


 その夜。

 有沙はエレノアとエドガーを自室に呼んだ。

 一人部屋を与えられたアリッサは、今は寝起きも着替えも勉強も、基本この広い自室で行っている。

 就寝時刻は夜十時と決められており、それ以降は特別なことでもない限り、侍女たちもこの部屋に入ることはない。

 しっかり防音魔法をかけた部屋で、有沙は二人の高位精霊に向かって、「今日、アレをやろうと思うの」と告げた。

「え……」

「本気ですか、精霊王様」

 エドガーとエレノアが驚いた顔をし、二人は顔を見合わせた。

 有沙の言う「アレ」とは、光魔法と闇魔法を組み合わせて行う非常に高度な記憶封印魔法で、それは精霊に対しても効果があった。

 異なる属性を組み合わせた高度な複合魔法は他にもあったが、有沙が一番関心を持ったのが、この記憶封印魔法だった。

 彼女はこの魔法を、いつか自分にもかけてもらう日が来るかもしれない、と八精霊に伝えていた。つまり、日比原有沙として生きた、地球人だった頃の記憶を封印してもらうのだ。

 もちろん精霊たちは驚いたが、有沙としてはラビサーをプレイした記憶があることで、ここで出会うキャラクターたちに対し先入観が生まれてしまう、それが嫌だった。

 特にクライヴとジュリアンだ。ゲーム内での彼らは、アリッサに対し決して優しくなかった。他のキャラも友好的とは言いがたかったが、温厚な性格ゆえに表立って敵対することもなかった。

 だがクライヴとジュリアンは明らかにアリッサを敵視し、特にクライヴとは犬猿の仲だった。最後の魔王討伐戦でも、アリッサを庇おうとするエミリアに、「あいつはもう身も心も怪物に成り果てた。俺たちでとどめを刺すべきだ」と説得したのがクライヴだ。

 だが今の有沙アリッサにとって、クライヴはリアムと並んで一番の友だちだった。母親を亡くさず孤独でなくなったことで、彼自身の性格もゲームのクライヴとは違う。積極的だが攻撃性はなく、闊達だが乱暴ではない。

 そんな現実のクライヴも、成長するにつれ見た目はゲームのクライヴそっくりに成長しつつあり、そんな彼に対し有沙は、どこかで警戒心を捨てきれずにいた。

 ジュリアンもまた、ゲームの彼とは別人に成長していた。歴史オタクなところは同じでも、他を寄せつけない壁はなく、卑屈でもない。

 学校を優秀な成績かつ飛び級で卒業する予定だが、就職先に王立学園を希望したのは、恩人であるアリッサのためでもあると聞いた。彼女が高等部に上がった時に、その学業の助けになれたらと思っているらしい。

 そんな彼らを、有沙も心から信頼したかった。したかったが、彼らがアリッサにした仕打ちを思うと、どうしてもためらいが生まれた。

 そしてもう一つの理由は、エミリアの不在。ゲームのヒロインが登場しない世界など、ここはもうラビサーとは別の世界だ。だがそれでも、自分が介在したことでエミリアが生まれてこなかったのではないか、という良心の呵責は消えない。

 それがこの世界の摂理だったと精霊たちに言われても、心のわだかまりは変わらずそこにある。

 だがもういい加減に吹っ切るべきだ、と有沙は思った。前世の記憶に引きずられ、今目の前にいる人たちへ向ける眼を曇らせるべきではない。

 そのための、あえての記憶封印だった。

「今日、あなたたち二人に頼みたいの。私の、日比原有沙だった頃の記憶を消して」

 本来、高位精霊の魔法であっても、精霊王には通用しない。だが有沙はあえて魔力抑制効果のある魔道具を身に着け、魔力を吸収する魔法陣まで用意して、自分の力を最小限に抑える準備をしていた。

「私が日比原有沙だったことは、あなたたち八精霊が覚えてくれている。私自身、私にだけ読める文字で日記をつけておいた。これを読めば、私は自分が日比原有沙で、前世でプレイしていたゲームとこの世界がよく似ていること、あなたたちに記憶を封印してもらったことも把握できる。それに、もし私の日比原有沙としての記憶が必要になれば、あなたたち二人の力で、ふたたび記憶を復活させることも可能なんでしょう。これだけの保険をかけたんだもの。きっと大丈夫」

 精霊王の変わらぬ意志に、ついに光の精霊と闇の精霊も折れた。


 ―― その日の深夜。

 セルヴィッジ侯爵家のアリッサの部屋から、信じられない強さの光が放たれて、辺り一帯を白く染めた。

 だがそれは本当に一瞬のことで、すぐに世界は夜の闇を取り戻した。


 第五十二話につづく

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


◎お知らせ

こちら五十一話の続きを書き直すことにし、筆が進まず休載状態となっております。

読者の皆様にはご期待を裏切る形になり、大変申し訳ございません。お詫びいたします。(作者)


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