第五十話
「一人二役の精霊王さま」第五十話です。
本作は隔週火曜日の更新を目標にしています。
王宮からアリッサのもとに園遊会の招待状が届いたのは、ジェイデンの誕生日会から一週間経った頃だった。
園遊会の主催者は王妃の名前になっていたが、ジェイデンが参加することは間違いない。
その証拠に園遊会の会場は、王太子の第四宮殿に一番近い庭園だった。通称『翠色の庭』。初夏に緑が美しい庭なので、そんな別名がついた。
だが今の季節は秋で、普通は『宵月の庭』と呼ばれている、紅葉が美しい第二宮殿の庭園が会場になるはずだった。春と秋には王宮主催の大規模な園遊会が開かれ、それもこの第二宮殿の庭園が秋の会場となるのが通例だった。
春と秋の園遊会には毎回王都中の貴族や名士が招待され、招待客の数は三千人を越える。
第四宮殿の庭園は第二宮殿のものに比べてあまり広くなく、代わりに凝った噴水や小さなガゼボが点在し、魚が泳ぐ小川まである。王子が楽しめるようにと、国王が国一番の庭師に整えさせた。
招待状にはご丁寧に、他の招待家門のリストが付いていた。全員王太子の誕生日会に出席した家門で、さらに選ばれたのは十歳以下の令嬢がいる家ばかりだった。
(これは……。これが王太子の婚約者選びの会だってことを、王宮側は全然隠す気がないんだなぁ……)
おそらくこうして露骨に示すことで、各家門がどう出るかを見極めるつもりなのだろう。
招待状を見つめるクラリスの隣で、素知らぬ顔でお茶を飲みながら、有沙はそんなことを思った。
「……アリッサ」
侯爵夫人は並んで座る愛娘を、多少憂いを感じさせる眼差しで見つめた。
「じつは王宮からあなたに、王妃様主催の園遊会への招待状が届いたの。でもこれは、ジェイデン王太子殿下の婚約者を選ぶために催されるものだから、これに出席することは、あなたの希望に反する結果になると思うわ」
七歳の娘に対し、クラリスはありのままを伝えた。
「もしあなたの気が進まないのであれば、わたくしが欠席のお返事を書きますからね」
「……お母様」
有沙はカップをソーサーに戻し、娘思いの母親の顔を見てニッコリ笑った。
「べつにかまいません。私はその会に出席します」
「でも、アリッサ。あなたは、王太子殿下の婚約者になるのは嫌なのでしょう?」
「気は進みませんが、こちらからお断りすることはできないでしょう? それに王妃様主催の園遊会ならば、お母様は欠席するわけにはいかないでしょう。なので、私も一緒に行きます」
「良いの? だけど園遊会にには、ジェイデン殿下もいらっしゃると思うけれど……」
「問題ありません。それに今回もその園遊会には、他の家門の令嬢もたくさんお見えになるんでしょう? 私も来年は中等部に入学しますし、同じ年頃の令嬢と親しくなっておきたいんです」
「ああ、たしかに、そうね……」
クラリスは同封されていた家門リストを見て、「あなたと同じ年の令嬢も、十人くらい招待されているわね……。一学年差がある令嬢も含めたら、三十人ほどかしら」と言った。
「今回招待されたのは四十家門ですよね。そんなにたくさんの家門の令嬢とお知り合いになれる機会なんて、そうそうないと思います。ですからお母様。私はお友だち探しのために園遊会に行きたいです」
「……そうね」
娘の言葉に、クラリスは母親らしい笑顔を見せた。
「あなたの言う通りだわ。リアムやクライヴという仲良しのお友だちはいるけれど、女の子のお友だちはまだいないものね。やっぱり同性の友人も欲しいわよね」
「はい。リアムとクライヴは男の子だから、中等部では受ける授業も分かれるんです。私、女の子のお友だちが欲しいです」
これは有沙の本音だった。
前回の誕生日会でも、綺麗なオーラをまとった令嬢を何人か見つけたが、自分の隣にはリアムがべったり張りついていたし、彼女たちに話しかける機会はなかった。
(やっぱり、明るく楽しい学園ライフを送るためには、同性の友人も持っておきたい。一緒に買い物に行ったり、恋バナをしたりオシャレ談義をしたりと、同性ならではのイベントもこなしたいっ!)
大人しくお茶を飲みながら、有沙は心の中で拳を握りしめた。
また有沙はジェイデンの守護精霊エルマーから、「アリッサ引き離し作戦」が失敗したことの報告を受けていた。
「やはり、精霊王様の醸す高貴で聖なるオーラに、ジェイデンめも魅了されたようでして……。どうしてもアリッサ様とお友だちになりたい、と言って聞かんのです……。まったくわしの力不足のせいで、精霊王様のご期待に沿う結果が出せず、面目次第もございません……」
切腹しそうな勢いで詫びる土の精霊に、気にしなくていいと優しい言葉をかけてやりつつ、内心はやはりガッカリした。
だが、まだ婚約者候補になったわけではない。
今さら園遊会を欠席したところで、逆にジェイデンの関心を強める結果になるかもしれない。それよりは園遊会で塩対応して、彼に嫌われるように仕向けた方が効果があるように思えた。
(それに、これから他に聖女候補が現れるかもしれないし、他の家門の令嬢をジェイデンが気に入るかもしれない)
有沙が王太子の婚約者になりたくないと思っていることは、すでに八人の精霊たちも承知している。
精神操作が得意なエレノアやエドガーから、「お命じくだされば、国王とジェイデンのアリッサ様への興味を、完全になかったことにもできますが」と言われたが、それは本当に最終手段だと思っている。
(自分が知らない間に精霊にマインドコントロールされるとか、気の毒すぎるもんね……)
有沙はそう心の中で呟いた。
***
招待状が届いて十日後。
秋晴れの空の下、王妃主催の園遊会が行われた。
一番大きなガゼボの近くに設置されたテーブルに、ビュッフェ形式の軽食とデザートが並び、王妃専用の席は二番目に大きなガゼボの中に作られていた。
王城内ではあっても、園遊会の会場周辺は近衛騎士たちが見張りとして点在しており、その大きな輪の内側には、王妃と王太子専属のメイドや侍従が立って、監視の目はじゅうぶんに行き届いていた。
クラリスは娘を伴って時間ぴったりに到着し、招待状を手に受付を済ませた。今日のセルヴィッジ母娘は、秋らしいベージュを基調としたシックなデザインのドレスをお揃いで着て、クラリスは珍しいブラウンカラーの真珠のブローチを、アリッサは同じ真珠の飾りがついたカチューシャを着けていた。
招待状を見た案内係は、二人を三番目に大きなガゼボに案内した。
そこにはすでに、他の家門の母娘が着席していた。スタール侯爵家にバース伯爵家、コルト伯爵家にアッセル子爵家と四組の家族で、一緒にいたのは、全員アリッサと同じ年頃の少女たちだった。
有沙は面識などなかったが、母親同士は旧知の仲らしく、クラリスはさっそく、他の夫人たちとにこやかにお喋りを始めた。
和気あいあいとした雰囲気の母親たちの隣で、娘たちはみな、どうすべきかわからず戸惑っているように見えた。全員が侍女を伴っており、アリッサの隣にもエイミーがいたが、少女の中には、侍女の陰に隠れて出てこない恥ずかしがりやもいた。
(すごーいっ、みんな可愛い~~~っ)
一人はしゃぐ有沙は、キラキラした目で、四人の愛らしい貴族令嬢を見つめた。
「はじめまして、私はアリッサ・セルヴィッジです。皆さんのお名前も教えてください」
一番高位の家門の令嬢から声をかけられて、少女たちはびっくりした顔をしながら、さすがに最低限のマナーは弁えているようで、スタール侯爵家の令嬢から前に出た。
「はじめまして、アリッサ様。わたくしは、スタール侯爵家三女のアニカと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」
「アニカ様ですね! どうぞよろしく!」
有沙はニッコリ笑って、チョコレート色の髪色と榛色の瞳に、明るいグリーンのドレスが印象的なアニカ嬢に挨拶した。
「わ、わたくしは、バース伯爵家の長女、セシルと申します……」
次に挨拶したのは、侍女の陰に隠れていたシャイそうな伯爵令嬢だった。セシル嬢は、白金に近い金髪とアイスブルーの瞳が美しく、瞳の色に近い水色のドレスがとてもよく似合う、妖精のように可憐な少女だった。
じつはこの少女だけ、有沙はジェイデンの誕生日会から目をつけていた。あまりに可憐で美しく、ぜひ友だちになりたいと思っていた子なのだ。
「セシル様ですね。どうぞよろしく」
大人しそうなセシルに対し、有沙はすこし声のトーンを落として、控えめな笑みを向けた。
続いて、イレーナ・コルト伯爵令嬢、カテレイネ・アッセル子爵令嬢と続いた。イレーナ嬢もカテレイネ嬢も闊達な性格らしく、はきはきした口調で挨拶を済ませると、「私たち、以前からアリッサ様とお友だちになりたいと思っていたんです」と驚く発言をした。
「私のことをご存知なんですか?」
アリッサが目を丸くすると、イレーナ嬢とカテレイネ嬢は、すこし大人びた顔でフフフと笑った。
「私たちはアリッサ様より一つ上なので、すでに中等部に通っているんですけど、来年中等部にセルヴィッジ侯爵家の聖女様が入学するって、学園中の噂になっているんです」
「え!」
「えっと、教会と親しい家門の子が、そう噂していたんです。ウィスタリアの聖女であるアリッサ様をラウレ帝国に招待したいと、ラウレ国の大司教から書状が届いたと……」
(はぁああああ!?)
思わず声に出して叫びそうになった有沙だったが、百年の修行の甲斐あって、素っ頓狂な声を上げて周囲をドン引きさせるような事態は免れた。
またアリッサの肉体に入って魔力制御の腕輪を嵌めていたおかげで、晴天の園遊会会場に雷を落とす悲劇も避けられた。
「そんな話……私は初耳なんですが……」
「まあ、そうなのですか?」
「私たちはてっきり、確実な話だと……」
「い、いえ……事実無根です。私は聖女ではありません」
震える声で、有沙は噂を否定した。
ラウレ国の司教から書状が届いたことは事実だが、ウィスタリア王室はアリッサを聖女と認めていない。だからここは、否定しても嘘にはならない。
二人の令嬢は慌てた顔で、「まぁ、そんな……」と口元に手を当て驚いた。
「大変失礼いたしました」
「そんな噂に惑わされ、アリッサ様にご不快な思いを……」
謝罪の所作をとる二人に、有沙は「いえ!」と急いで彼女たちの手を取った。
「謝罪なんていりません。それよりも、私とお友だちになってくれませんか?」
「え……」
「よろしいのですか?」
アリッサの方が年下とはいえ、家格ははるかにセルヴィッジ家が上である。本来彼女たちに断る権利はない。
有沙は「もちろん、イレーナ様とカテレイネ様がよろしければ、ですけれど……」と付け加えた。
「そんな……もちろんですわ!」
「私でよろしければ、ぜひ仲良くしてくださいませ」
二人の令嬢は感激した顔で、アリッサのこの提案を快く受け入れた。
有沙はそこで、後ろの二人も振り返った。
「よろしければ、アニカ様とセシル様も、お友だちになっていただけませんか?」
びっくり顔の二人にゆったりと近づき、有沙はそれぞれの手を取った。
「アニカ様もセシル様も私と同じ年で、来年中等部に進級されるのですよね。私はまだ、同性で同じ年のお友だちがいないので、お二人がお友だちになってくださったら、とても嬉しいです」
「え……」
まだ七歳の二人は、この申し出に戸惑った顔をした。が、傍らに控える侍女がはるかに喜びを示した。
「まぁ、良かったですね、アニカ様!」
「セシル様。中等部に上がるのに、ご友人ができるか不安がっておいででしたよね。アリッサ様がお友だちになってくださったら、こんなに心強いことはございませんよ」
有沙はニッコリ笑って、「私は幼年学校では、幼なじみのリアムとずっと一緒だったんです。でも中等部に上がったら、男女で授業内容が分かれるでしょう? だから、同性のお友だちを探していたんです」と言った。
「並んで授業を受けたり、ランチをご一緒できたら、きっと楽しい学校生活になると思うんです」
「まぁ、ランチでしたらぜひ、私たちもご一緒させてください」
「ええ。一学年先輩ですから、学校生活でわからないことがあれば、お教えすることもできますし」
すかさずイレーナとカテレイネが申し出て、有沙は二人の令嬢の方を向いて、「それはとても心強いです」と笑顔で言った。
「いかがですか、アニカ様、セシル様」
すると積極的な性格のアニカは満面の笑みを浮かべ、「はい、わたくしでよろしければ、アリッサ様のお友だちにしてください」と言った。
有沙は微笑み、「では、今日から私たちはお友だちということで。それとアニカ様、わたくし、ではなく、私で結構ですよ。友だちなら身分など関係なく、親しい口調でお話しましょう」と言った。
「よろしいのですか?」
「もちろんです。私もアニカ様とお友だちになれて、すごく嬉しいです」
するとそこで、ずっと侍女の傍を離れなかったセシルが、一歩前に進み出た。
「あ、あの、アリッサ様……」
小さな鈴が鳴るような声で、セシル嬢はアリッサに話しかけた。
「その、わたくしは昔から、すごい人見知りで……、あの、お喋りも得意ではなくて……」
懸命に言葉を紡ぐセシルを、有沙は無言で見つめた。
「それに、体があまり丈夫でないので、幼年学校も半分以上欠席していて……」
いつのまにかアリッサ以外の三人の令嬢も集まり、四人でセシル嬢の言葉を聞く形になった。
「外出も少なく、本ばかり読んできたので……同じ年頃の令嬢が好きなこととか、ぜんぜん詳しくなくて……。こ、こんなわたくしが、アリッサ様のお友だちになって、よろしいのでしょうか……」
有沙はそこで、「もちろんです」と笑顔で答えた。
「前回のジェイデン王太子殿下のお誕生日会で、私、セシル様をお見かけして、なんて美しいご令嬢なんだろうって思ったんです。まるで絵本から抜け出した妖精のお姫様のようだなって」
「そ、そんな……」
頬を赤らめて照れるセシルは、やはり花のように可憐で、有沙は「はぁ~……可愛い~~~」と心の中で呟いた。
「こちらこそ、お願いします、セシル様。ぜひ私とお友だちになってください」
有沙が手を握ってお願いすると、セシルは戸惑った顔をしながら、それでも嬉しそうに「はい。お願いします」と答えた。
「セシル様、私とも仲良くしてくださいね」
アニカがそう言って、セシルのもう一方の手を握った。
「私は外出が好きなので、王都で流行りの店には詳しいんです。セシル様にお似合いの髪飾りを置いているお店とか、美味しいスイーツを出すティーサロンとか、ご案内したいところがいっぱいあります」
「わ、素敵です! アニカ様、セシル様、今度三人で、いいえ、イレーナ様とカテレイネ様もご一緒に、五人でお出かけしませんか? 私が馬車でお迎えに伺います」
アリッサの提案に、三人の令嬢はわっと歓声を上げた。
「では、セルヴィッジ家の馬車に乗せていただけるのですか? セルヴィッジ侯爵家の馬車の乗り心地は最高だと、うちの母が申しておりましたの。造りが他の馬車とは違うのだとか」
これはもちろん、有沙のアイデアを元に、ダグラスとロイが考案した「サスペンション」と「タイヤ」による効果だった。いずれこの機能は王都でも紹介する予定でいるが、天然ゴム製造のためのゴムの木がまだ増産できていないため、流通まではまだ時間がかかる。
「はい。うちの一番大きい馬車なら大人六人でもゆったり座れるので、それでお迎えに行きますね。私の侍女のエイミーとセシリアは女性騎士でもあるので、二人に随行してもらいます。あと護衛の騎士も四人付けます」
有沙一人いれば危険などなかったが、このくらいの人数を用意しなければ、高位貴族の令嬢たちが子どもだけで外出など、とても親たちが許さないだろう。
「わーっ、すごいです! セルヴィッジ家の馬車で街を散策!」
「じゃあ、私たちだけでお出かけするんですね!」
「そんなの初めてです。私、絶対にお母様にお許しをもらいます!」
「わ、私も……すごく、行きたいです……」
いきなりその場が大盛り上がりし、さっきまでおどおどしていたセシルまでが、期待と興奮に頬を紅潮させた。
その時、いきなり母親たちがざわめいて、一斉に同じ方向を向いた。
「リネット王妃殿下、並びにジェイデン王太子殿下がお見えになりました」
専属の侍従がそう告げ、アリッサたちも母親たちと同じ方を見た。
まもなく、大勢の侍女と護衛騎士を引きつれて、王妃とジェイデンが姿を見せた。
第五十一話につづく
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