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一人二役の精霊王さま  作者: I*ri.S
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第四十八話

「一人二役の精霊王さま」第四十八話です。

本作は隔週火曜日の更新を目標にしています。

「ジェイデン王太子殿下。そろそろお時間でございます」

 侍女の言葉に、ジェイデンは「わかった」と短く答えた。

 鏡の前のスツールから下り、幼い頃からずっとそばにいてくれる侍女に向かって、「どうだろう」と両手を広げて訊ねる。

 彼女はにっこり微笑み、「今日のお召し物も、とてもよくお似合いです」と褒めた。

 今日はジェイデンの、九歳の誕生日だ。彼に与えられた蒼玉宮には、この日を祝うために招かれた貴族たちが朝早くから集まり、その数は時間が経つほどに増えていった。

 招かれたのは千人近い王侯貴族たちだが、全員が馬車を使ってやってくるため、下位の貴族ほど早めの到着を心掛ける。もし高位の貴族と被ってしまったら、自分たちの入城が後回しにされるせいだ。

 早く到着した男爵子爵クラスの貴族たちは、解放されたサロンや食堂で予定の時間まで暇を潰す。男性女性と別々に部屋が用意されており、そういう余計なスペースが必要なため、王城の宮殿はどこも無駄に広く部屋数も多い。

 パーティー会場となる大広間は三階にあり、招待客が入れるのはその階までで、四階以上は王族のプライベートな空間となる。今ジェイデンがいるのも、四階の衣装室だった。

 三階には娯楽室や客用の控え室、二階にはサロンや小ホールが、一階は客間や使用人用の執務室などがある。宮殿の離れには温室に、例の呪物が置かれていた図書室があった。

 着替えを終えたジェイデンは、侍女を廊下に待たせていったん自室に帰った。

 一人になった彼は、小声で「エルマー、エルマー」と、友だちの精霊を呼んだ。

「どうした。今日はこれから、お主の誕生日を祝う会があるのだろう」

 王子に「エルマー」と名付けられた土の精霊が、机のライトの影から顔を覗かせた。見た目はジュリアンの「ヴィット」とまったく同じだが、名を授かったことで、同じザントマンでも瞳の色に変化があった。ジュリアンのヴィットは茶色い瞳、ジェイデンのエルマーは、彼と同じ美しいサファイア色の瞳だった。

 ジェイデンは一番の仲良しと目線の高さを合わせ、「そうだよ。今日は僕の誕生日なんだ」と答えた。

「でも、ただのお祝いの会じゃなくって、王太子妃候補を選ぶ場所でもあるんだ」

 聡い彼は、すでに自分に与えられた役割を理解していた。

「今日は僕と年の近い貴族令嬢が、たくさん会場に来てる。僕は彼女たちと挨拶して、大勢の令嬢の中から、次の茶会に招く令嬢を選ばないといけないんだ。今日は五十人くらい来ているけど、次の茶会は二十人に減らす。催し毎に人数が減って、最後に五人を選ぶんだ」

「うむ、その件については、わしも聞き及んでおる」

「父上からは、セルヴィッジ家のアリッサ様はもう五人の一人に決まっているから、あとの四人を選ぶようにって言われたんだ」

 アリッサの名に、エルマーはピクリと白い眉を上げたが、土の精霊の動揺に王子は気づかなかった。

「それでお主は、なぜわしにその話をしたんじゃ」

「うん。エルマー、僕は自信がないよ。だって、全員初めて会う令嬢ばかりだよ。だから君も一緒に来て、僕に合った令嬢を選んでくれないかな」

「なに、わしがか?」

「うん」

 ジェイデンは無邪気に微笑み、「君は姿を消すことができるでしょう。僕の肩に乗って、一緒に令嬢たちと会ってよ」と守護精霊に頼んだ。

 エルマーは「むぅ……」とうなり、「王子の花嫁候補を選べとは、そんな頼み事は初めて受けたぞ」と呟くように言った。

「ねえ、いいでしょう。エルマーは頭がいいから、きっと誰よりちゃんと、僕に合う子を選んでくれると思ったんだ」

“頭がいい”と褒められて、エルマーは「うん? まぁ、確かにそれは一理あるな」と顎を上げた。

「仕方ないのぉ……、少々骨が折れるが、付き合ってやろうかの」

「わぁ、ありがとう!」

 ジェイデンは心底嬉しそうな笑顔を見せ、ハムスターサイズの精霊を自分の小さな肩に乗せた。

「ちゃんと掴まっててね。落ちないでよ」

「そんなヘマはせんわ」

 心外とばかりに言い返し、エルマーは隠蔽の魔法を自分にかけた。

「どうじゃ、これでもう、誰にもわしの姿は見えんぞ。声だけはお主に届くようにしておくからな。わしと話したい時は、お主も心の中でわしに呼びかけると良い」

「うん、わかった」

 心強い味方を得て、ジェイデンは意気揚々と部屋を出た。


     ***


 アリッサが両親とともに王城に到着したのは、パーティー開始三〇分前だった。

 さすがに名門侯爵家だけあり、セルヴィッジ家の家紋を掲げた馬車は優先的に城内へ通され、会場である蒼玉宮の目の前に車を停めることを許された。

 今日のアリッサは髪色に合わせたラベンダーカラーのドレスで、髪飾りもアクセサリーも美しい紫色の宝石と白い真珠でまとめ、母親であるクラリスは同じデザインの水色のドレス、アクセサリー類はアイスブルーの貴石とパールで、母と娘で色違いのお揃いコーデだった。

 そんな愛妻と愛娘の装いを見て、トマスは「会場では間違いなく、君たちが一番美しい親子だろうな」と断言した。

 両親に手を引かれ、有沙は自分に笑顔を向けるトマスとクラリスを見て、「この景色を、アリッサにも見せてあげたかったな」と思った。

 ゲームと違って、今ここには、ただ娘を愛する父親と母親しかいない。孤独も悲哀も、絶望も怒りもない。ゲームの中のアリッサを蝕んだ、周囲からの悪意や嫌悪の心もない。

 会場に入ってすぐ、「アリッサ~」と自分に向かって駆けてくるリアム・アドキンズを見て、有沙は自然と笑顔になった。

「やっと来たぁ。今日はクライヴがいないから、僕、アリッサが来るまで退屈だったよ~」

 幼なじみとして、まるで兄妹のように仲良くなった元攻略対象を見て、有沙はフフッと嬉しくて笑った。

「そうなんだ。でも私も、リアムがいて良かった」

「僕もアリッサがいて良かったよぉ。ところでアリッサ。王太子殿下のお誕生日会だからか、今日のパーティーは子どもがすごく多いよ。たぶん、僕たちくらいの年の子が、百人は招待されてるんじゃないかな」

 さっそく談笑を始めた母親たちの隣で、有沙もリアムと一緒に会場を見渡した。

 今回の誕生会に招待されたのは、王都在住の貴族約千名。当然というべきか、ラスキン男爵夫人とクライヴは招待から外れている。

 主に王太子を支持する家門から優先して招いたのだろう。さらに現王家と親しく、完全な忠誠を誓った家柄からは、ことさら多くの子女が参加していた。

 エマが言っていた、「王太子妃候補」の令嬢たちだ。そして令息たちは、王太子の側近候補たちか。

「ねえ、会場の真ん中に飾られている、大きなケーキはもう見た? すっごいんだよ。僕たちの背より高くて、五段になってるんだ。あんな大きなケーキ、僕初めて見たよ」

「えー、見たい見たい」

 思わず七歳児のメンタルになって、有沙は傍らのクラリスに、「お母様、リアムとケーキを見てきていいですか」と訊ねた。

「あら。それはいいけれど、会場から外に出てはだめよ。それと、知ってる方に会った時は、ちゃんとご挨拶するのよ」

「はぁい」

 明るい返事をして、有沙はリアム少年の手を取った。

「行こう、リアム。ケーキはどこにあるの?」

「こっちだよ」

 紳士淑女の教育を受けていても、遊び盛りの子どもであるリアムは、アリッサの手を掴んではしゃいだ声を上げた。

「あとね、ケーキの隣に王太子殿下へのプレゼントが置いてあったよ。ワゴンの上に山積みになってたけど、あれってもらったプレゼントのごく一部なんだろうね。だってどう見ても、千個はなかったもの」

「あなたの誕生日会でも、同じようにプレゼントが山盛りになってたね」

「うん、でも僕は、アリッサからもらったプレゼントが一番嬉しかったよ」

「えっ、あの鳥籠のこと?」

「うん、オリーのために、特別な職人に頼んで作ってくれたんだよね」

 自身の守護精霊の名前を出し、リアムははにかみながら笑った。

「すごく大きいのにびっくりするほど軽くて、それなのにとても頑丈で、まるでガラスみたいにキラキラして透明で、本当に素敵な鳥籠だよね。オリーもすごく気に入ってるよ」

「そっかぁ、良かった。オリーは元気?」

 すでにアオイから、アドキンズ家で水の精霊が大事に可愛がられているという報告を受けていたが、有沙はあえてリアム本人に訊ねた。

「元気だよ。毎朝一番に、僕に朝の挨拶をしてくれるんだ。それから一緒に庭を散歩して、朝ご飯も一緒に食べるんだよ。僕が狩りができるようになったら、オリーも狩りに連れて行くんだ」

「へぇ~。何だか鳥が親友みたいね」

 するとリアムは憮然とし、「僕の親友はアリッサとクライヴだよ」と言った。


     ***


 王太子のために用意された巨大なデコレーションケーキを見物し、有沙はリアム少年と一緒に、また母親たちの所に戻った。

 しかしクラリスもシャーリーも他の夫人たちとのおしゃべりに夢中で、退屈した有沙は「ねぇ、もうすぐ王太子殿下が国王ご夫妻と現れる時間だよね。もっと前に行ってみない?」とリアムを誘った。

「うん、そうだね。あ、アリッサ。ほら、あそこの階段の所に、大勢子どもが集まってるよ」

 リアムが目ざとく“見学スポット”を発見し、二人はさっそく、階段下の子どもたちの輪に加わった。

 会場の造りから見て、王太子と国王夫妻は一階上の会場入り口から現れ、階段を下って壇上に向かうのだろう。

 着席前におそらく国王と王太子から招待客に向けての挨拶があり、それから乾杯、高位貴族から順に個別の挨拶、という流れになりそうだ。

 自分のアニバーサリー・パーティーでの面倒な挨拶回りを思い出し、有沙は「やっぱり王族って大変だな」と思った。国王も王妃も、年中誰かと挨拶ばかりしている印象があり、成長するにつれ王太子にもその義務はついてまわるんだろうなぁと、有沙はジェイデンにちょっと同情した。

 それからは有沙は、自分と同じように着飾った幼い貴族の子女を眺め、「ハァ」と小さなため息をついた。

 この中から、次の王妃主催の茶会に招かれる令嬢が選ばれ、それから音楽会、詩の発表会とイベントが続くものの、その人数はどんどん減っていくはずだ。最終的には国王夫妻の裁定で、自分と四人の令嬢が王太子妃候補となる。

 とりあえず、先日三賢者もとい三精霊と話し合って決めたのは、誕生日会もお茶会も、音楽会も詩の発表会でも、アリッサはひたすらモブに徹する、ということだった。

 国王はアリッサを王太子妃候補の筆頭に挙げているが、王妃や王太子本人の気持ちはまだ決まっていない。彼らが難色を示せば、国王もアリッサを候補から外すかもしれない。それが、目下一番の目標だ。

 それがダメでも、他の令嬢より目立たず、地味に大人しくしていれば、少なくとも王太子に気に入られることはないだろう。悪役令嬢役はできない以上、これが精一杯の対処法だった。

 それによってゲームと同じく、学園に入ってからも王太子から存在を無視される、という結果を生むはずだ。

(国王には悪いけど、私は自由気ままな学園ライフを満喫したいんだよね。王太子妃になるつもりはないし、そのための教育を受けるのも嫌だし、聖女とか王太子妃候補とか騒がれて、注目されるのはもっと嫌だし)

 リアムが他の貴族令息と、今度王都で開かれる剣術大会の話題で盛り上がっている隣で、有沙は一人、そんなことを考えていた。

(こうして見る限り、可愛い貴族令嬢ばかりだし、パッと見、エミリアみたいな金髪の令嬢もけっこういるし、アリッサみたいな暗い髪色の令嬢はあんまりいないみたい。今日はドレスの色も地味だし、お母様たちとサラッと挨拶だけして、あとは隅っこで大人しく、美味しい物を食べていよう……)

 そう今後の予定を立てた有沙は、階段横に立った係の男性が、「国王ご夫妻、並びに王太子殿下のご入場です!」と朗々とした声で宣言したため、ハッと顔を上げて階段の先を見た。

 今夜も立派な装いの国王夫妻、そのすぐ後ろを、正装したジェイデンが続く。

 両親と同じ作り笑顔で、ジェイデンはにこやかに臣下へ片手を振ってみせた。とたんに大きな拍手と歓声が起こり、会場にいた全員が王族に向かって深く頭を下げた。

 一段、二段、とロイヤルファミリーが階段を下ってくる。

 全部で三十段以上ある階段を下るたび、ジェイデンとアリッサの距離も縮まっていく。

(うっひゃあ! 久しぶりに見るジェイデン、めちゃかわ!)

 王族男子のための軍服に似た白い正装を身にまとったジェイデンは、金色の髪を顔の周りになびかせて、軽く引き結んだ唇も真っ青な瞳も、形の良い鼻もあどけなさの残る輪郭も、全てが芸術家の手による天使像のごとく美しかった。

 瘴気当たりで倒れた彼を治療したのが、約六年前。六年も経てば幼子も少年へと成長する。

 七歳の自分より頭一つぶん背が高く、心なしか精悍な雰囲気もまとう麗しの王太子殿下を目の当たりにし、有沙は状況も忘れてぽわんと彼に見惚れた。

「うわぁ、僕、殿下をこんな近くで拝見するのは初めてだよ。すっごく美しい方だね」

 隣のリアムも感激したように言い、それはそこに集められた子どもたち全員が同じ意見だった。

 ジェイデンとアリッサの距離が、階段七段分まで縮まった。

 階段はここでステージと繋がっているため、子どもたちが集まっている一番下までは彼らは来ない。

 壇中央に向かう国王夫妻と王太子を、子ども一人分の高さの差がある下段から見上げ、有沙は、「んん?」と表情を変えた。

(王太子の肩に、何か乗ってる……)

 普通の人間には見えない精霊だが、精霊王が入ったアリッサの目にはぼんやりとその姿が映った。

(あれってもしかして……ジェイデンの守護精霊?)

 そこでふいに、王太子の肩に乗っていたザントマンが、下にいるアリッサの方を見た。

 二人の視線が、直線上で一つに重なる。

「ひえっ!」

 思いがけず、かなり近い距離で精霊王と見つめ合ったエルマーは、驚きとショックで小さな悲鳴を上げた。

「えっ、どうしたの、エルマー?」

 驚くジェイデンに、エルマーはかなり慌てながら、「すまん、ちょっと席を外す」とだけ言い置き、その肩からパッと姿を消した。

 彼はすぐさまアリッサ……精霊王の元へ飛ぶと、「お初にお目にかかります、精霊王様!」と彼女の目の前で帽子を脱いで挨拶した。

 当然、その姿も声も有沙にしか届いていない。

 ちょうどアリッサの目の前に立つどこかの貴族令息の肩に乗った状態で、エルマーは有沙に向かってペコペコと頭を下げた。

「あ、あなたがエルマーだね。フレイヤから話は聞いてるよ」

 有沙も念話で答え、彼女は正座した精霊に向かってニッコリと微笑みかけた。

「いつも、ジェイデンを見守ってくれて、ありがとう」

「と、とんでもないことでございます! そのようなお言葉をかけていただけるとは、光栄の極みにございますっ」

 ミニサンタみたいな見た目のザントマンは、気さくな精霊王に向かって、また小さな頭を振ってお辞儀を繰り返した。

「ところで、あなたまでどうしてここにいるの? もしかして、片時もジェイデンから離れないようにしてるの?」

「えっ、いえ、それが……」

 そこでエルマーは、先ほどジェイデンに頼まれた“変わったお願い”についてしどろもどろに説明した。

「へーっ。じゃああなたのアドバイスを参考に、ジェイデンは王太子妃候補を決めるんだ」

「はぁ、さようです……」

 恐縮しきりの土の精霊に、有沙はパッと表情を輝かせ、「それなら、あなたにぜひ、頼みたいことがあるんだけど!」と言った。



 第四十九話につづく

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回の更新をお待ちくださいませ。

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