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一人二役の精霊王さま  作者: I*ri.S
39/51

第三十九話

「一人二役の精霊王さま」第三十九話です。

本作は毎週火曜日の更新を目標にしています。

 トマス・セルヴィッジ侯爵の第一子、アリッサのファースト・アニバーサリー・パーティーは、予定通りの時刻に始まった。

 大広間に集った招待客にまず父親のトマスが挨拶し、次いで娘のアリッサが紹介される。

 幼い侯爵令嬢が母親の腕に抱かれて登場すると、会場内が大きな拍手に沸いた。同時に婦人たちの間からは、黄色い歓声の声も漏れ聞こえた。

「まぁ、何て愛らしいお嬢様なんでしょう」

「ご両親の美貌をしっかり受け継いでいらっしゃるわ」

「聞けば、希少な光魔法の適性が高いとか」

「これはもしかすると、長らく現れていない聖女様の生まれ変わりかもしれません」

「たしかにそう思えるほどに、神々しい空気を感じます」

 人々は口々に、侯爵令嬢の麗しさと常人ならざるオーラを褒め称えた。

 だがこれは単に、アリッサの両脇に光の精霊ルーチェと精霊獣のソルフェレスが控えているからで、魔力の高い貴族たちは、その神聖力に当てられているだけなのだった。

 今回、精霊王自身の力の影響はない。なぜなら今日アリッサ役を務めるにあたり、有沙は新たな魔道具を開発していたからだ。

 魔力量が膨大な精霊王にしか必要ないと思われる、その名もズバリ『魔力消しの腕輪』である。今、アリッサが腕に着けている可愛らしいデザインのブレスレットは、じつは高性能な魔力隠蔽装置だった。

 この魔道具の効果によって、精霊王が憑依したアリッサが教会や魔塔で魔力の検査を受けても、もう精霊王自身が操作した数値しか検出されないようになった。

 さらにこの腕輪の高性能な点は、単に検査の数値を操作できるだけでなく、実際に外に放つ魔法を、その数値に適した威力に変えられる点だ。現在のアリッサの公的な魔力数値は二〇〇で、ゆえにアリッサが使う魔法の威力も、その数値に見合った規模でなければいけない。

 ちなみに魔力値二〇〇の人間が使える光魔法は、しおれた花を元気にするとか、風邪をひいた者の喉の炎症を和らげるとか、転んでできた擦り傷を治すとか、つまりその程度の力しかない。

 ひび割れた大地に緑を蘇らせたり、重篤な病に罹って今際の際にある病人を癒やしたり、大怪我を負って体の一部が欠損した者の患部を復活さたり、などの大それたことはできない。精霊王ならば可能だが、魔力値二〇〇のアリッサには不可能だ。

 だが精霊王の入ったアリッサにはできてしまう。うっかり人前で披露すれば大騒ぎになるだろう。そうならないようにこの魔道具を作った。これを身に着けている限り、精霊王の魔力と神聖力が外に漏れることはない。

(もっと早く、コレを思いつくべきだった……)

 心の中で溜め息をついて、有沙は銀色に輝く華奢な腕輪をじっと見つめた。普段、自分が万能であることをついつい忘れてしまう呑気な精霊王は、この魔道具のアイデアも、知恵者である風の精霊に指摘されて作った。

 ただし魔道具には強度があり、精霊王作のこれはめったなことでは壊れないが、本気で精霊王の力を出せばさすがに壊れる。さきほどルーチェとソルに指摘された通り、興奮しすぎが厳禁なことは変わらない。

 この腕輪にはさらに、隠匿の魔法もかけてあった。幼児がいつも同じ腕輪をしていては周りが不審に思う。ゆえにこの腕輪が見えているのは、有沙と精霊たちだけだった。


 本日の主役の紹介が終わると、今度は招待客一人一人と挨拶する時間が設けられた。

 慣例として、侯爵家より高位の客人に対しては侯爵夫妻の側から挨拶に向かう。今回の招待客の中でセルヴィッジ家より高位の者は、ソーウェル公爵夫妻だけだった。デビッド・ソーウェル公爵は、王国軍総司令部最高司令官を務める軍人で、トマスの上官でもある。

 有沙は初めて会う相手だったが、名門公爵家の当主であるデビッドに対しては、陽気で冗談好きなオジサン、という印象しか持たなかった。

 次にトマスたちは、クラリスの親友シャリーと、その夫のアドキンズ侯爵、そして息子のリアムがいるテーブルに向かった。

 アリッサより半年早く生まれたリアムは、ラビサーでは冬生まれのアリッサと同級だったが、この世界のアリッサが春生まれとなったため、学年は一つ上となる。母親に抱かれたリアムは、クラリスに抱かれたアリッサに向かって、そっと手を伸ばしてきた。互いの母親の協力もあって、リアムはアリッサの手を握ることに成功すると、その瞬間、桜が花開くように笑った。

(はわぁ……。ちびリアム、めっちゃ可愛い~。この子もリアル天使だわ~~~)

 アリッサと同じまだ一歳のリアムだったが、優しいブラウンの瞳と穏やかな顔つきがラビサーでの成長した姿と重なり、その邪気のない優しい笑みは、この上なく清らかで愛らしかった。


 律儀なセルヴィッジ侯爵夫妻は、次に特別に招待したオルグレン司教とネイト司祭のテーブルに行き親しく言葉を交わし、さらに同じ侯爵位を持つ客人のテーブルにも自分たちの方から挨拶へ行った。

 そして十ほどのテーブルを周ったところで、ようやく自分たちの席に戻った。これからは侯爵家より下位の客人が、今度はセルヴィッジ家のテーブルを訪れる形となる。

 会場の奥にセットされたテーブル席で、入れ替わり立ち替わり現れる招待客を、有沙は茫と眺めていた。

 今はクラリスの代わりにバーサが自分を抱っこしており、両親は招待客たちとのやりとりに専念している。さすがに赤子のアリッサに話しかけてくる者はなく、いてもせいぜい名前を呼ぶか、ニッコリと笑顔を向けてくる程度だ。

 そして貴族社会特有の、形式通りで建前のみの、まったく面白味のないやりとりが延々と続いた。

(これ、いつになったら終わるの……)

 有沙がいいかげんうんざりし始めたところで、案内役がラスキン男爵夫人の名前を告げた。

 招待客が多すぎて、まさかイザベルが来ているとは知らずにいた有沙は、驚いて顔を上げた。招待状を受け取っているのだから、来ていても不思議ではないが、以前のイザベルを知る有沙としては、彼女が今日ここにいることは意外でしかない。

「セルヴィッジ侯爵様、クラリス様。本日はお招きいただきありがとうございます」

 落ち着いたダークグリーンのドレスを着たイザベル男爵夫人は、息子と共に侯爵家のテーブル前まで来ると、目上の者への礼として優雅に腰を落とす仕草をしてみせた。

「あらためて、ご息女アリッサ様が一歳のお誕生日を迎えられたことを、心よりお祝い申し上げます。本日は誠におめでとうございます。アリッサ様が今後も健やかにご成長されますよう、心よりお祈り申し上げます」

「これは、ラスキン男爵夫人。丁寧なご挨拶をありがとうございます。妻ともども、この日を迎えられたことを喜んでおります」

「イザベル様。お越しいただいて本当に嬉しく思いますわ。また、お祝いの品もありがとうございました。すでに一度、誕生日祝いをいただいておりましたのに、またあのような素晴らしい細工の調度品とドレスをいただいて、どうお返ししたら良いのか、今から困ってしまいますわ……」

 クラリスの言葉に、イザベルは「いいえ」と殊勝な顔つきで答えた。

「クラリス様には以前、当屋敷へお招きした折に大変なご無礼を働いてしまいましたこと、今も深く恥じ入っておりますの。また息子の命も救っていただき、感謝の言葉もございません。この程度でご恩に報いることができたとは到底思えませんが、どうぞわたくしの気持ちとお受け取りください。何かと至らぬわたくしではございますが、今後も友人としてお付き合いいただけたら幸いでございます」

「まあ、もちろんですわ、イザベル様」

 クラリスがにこやかに答えると、イザベルはホッとしたように表情を和ませ、そこで自分の隣に立つ息子に顔を向けた。

「息子までご招待いただきましたこと、感謝いたします。……クライヴ、セルヴィッジ侯爵ご夫妻にご挨拶をなさい。あなたが今ここに元気でいられるのは、侯爵ご夫妻のおかげなのですよ」

 母親に促され、正装した二歳のクライヴは仏頂面で頭を下げた。

「……はじめまして」

 二歳とは思えないしっかりした口調だった。

「まぁ、ご子息とお会いするのは初めてね。ご挨拶も上手にできるのね」

 子ども好きのクラリスが笑顔を向けるも、しかしクライヴの方は恥ずかしいのか興味がないのか、侯爵夫人からフイと顔をそむけた。

「これ、クライヴ!」

 母親がたしなめるも、クラリスは笑いながら「あらあら、振られてしまったわ」と冗談めかして言った。

「誠に申し訳ございません。わたくしの躾が行き届きませんで……」

 イザベルが殊勝に詫び、クラリスが「お気になさらないで」と笑顔で応じる。

(えええええ?)

 この有り得ない展開に、有沙は仰天した。

「ちょちょちょ、どーいうことっ! エレノア!」

「はい」

 精霊王の呼びかけに、光の女神はすぐに応えた。会場上空に姿を見せ、すでに状況を把握しているエレノアは得意顔で言った。

「驚かれましたか、精霊王様」

「驚いたっていうか、いったいどういうこと!? イザベルに何があったの!? って言うか、何でクライヴの恩人がセルヴィッジ侯爵家になってるの!?」

「ふふふ……それはですね……。私がセルヴィッジ家のメイドに化けて、ラスキン男爵家に薬を届けたからです!」

「えっ!」

「精霊王様はあの日、クライヴを治すよう命じられましたが、どう治すかまではご指示されませんでした。ですからわたくし侯爵家の使いに化けて、毒消しの薬を男爵家に届けたのです。そしてイザベルが息子に薬を飲ませたタイミングで、毒の治療を行ったのです」

 唖然とする有沙に、エレノアは得意顔のまま説明した。

「セルヴィジ家に大恩を感じたイザベルは、心を入れ替えて自身のこれまでを猛省しました。その証拠にほら、光魔法がすぐ近くにあるのに、今の彼女は平気な様子でしょう?」

「そう言えば、確かに……」

 ルーチェやソルフェレスがすぐ近くにいるにも関わらず、男爵夫人の様子に変化はなかった。つまり改心したというエレノアの指摘は本当で、今の彼女はすっかり毒気が抜けてしまったということだろう。母親への影響を考えて、クライヴの守護には闇の精霊がついていたのだが、これなら光の精霊であっても問題はなさそうだ。

「いかがです、精霊王様。これでイザベルは本当にクラリスの友人になりましたし、セルヴィッジ家を恨むこともなくなりました」

「そう、みたいだね……」

 にこやかに談笑するクラリスとイザベルを見て、有沙は茫然と言った。

「……うん、良かった。ありがとう、エレノア。ナイス機転だよ」

 精霊王に褒められ、光の精霊は「ありがとうございます。まあこの程度のこと、わたくしには朝飯前ですわっ」とどや顔で言った。有沙がたまに口にするフレーズを覚えての返事だが、神々しい見た目の光の女神が口にすると、とたんに珍妙な台詞に聞こえる。

 有沙はプッと吹きだし、「とにかく、納得したよ。じゃあこれでラスキン家も安心だね」とつぶやいた。

(ん……?)

 そこで有沙は、すぐ目の前に立つクライヴの視線に、ようやく気づいた。侯爵夫妻と話す母親の隣で、彼は無言のまま、じっとアリッサの方を見ていた。思わず有沙も無言で彼と見つめ合った。

 将来学園評判のハンサムに育つだけあり、二歳のクライヴもやはり綺麗な顔立ちをしていた。だが、まんま天使な義母兄のジェイデンと違って、すでにその顔つきには気の強さが滲み出ていた。

「ミア」

 いきなりクライヴが喋った。

「ミア……?」

 釣られて有沙も言った。

「うん、ミア。お前、ミアみたいだ」

 バーサの膝上にいるアリッサに一歩近づき、クライヴが言った。

「これ、いきなり何を言うの!」

 イザベルが慌ててたしなめる。

「でも母上。この子、ミアそっくりだ」

 二歳のわりに口達者なクライヴは、堂々とした口調で母親に反論した。

「目、赤いし。黒い毛だし」

「クライヴッ!」

 顔を真っ赤にしたイザベルに、クラリスが「あの……」と声をかける。

「イザベル様。ミア、とは……」

「ああ、はい」

 イザベルは赤い顔を扇で隠し、「ミアというのは、うちにいる黒猫の名前ですわ」と答えた。

「下男の飼っている白猫がこの春に仔猫を産みまして。白い仔の中で一匹だけ真っ黒な仔がいたのです。おそらく父猫が黒猫だったのでしょう。その黒猫を息子が気に入り、ミアと名付けて可愛がっているのですわ」

「ミーア、ミーアって鳴くから、ミアにしたんだ」

 クライヴは得意顔でそう言った。

「ミアも目が赤くて黒いんだ。この子もミアと同じだね。名前は何て言うの?」

「まぁ……」

 幼児の無邪気な質問に、心優しい侯爵夫人はフフフと笑い、「この子の名前はアリッサというのよ。仲良くしてあげてね」と言った。

「アリッサかぁ~。なかなかいい名前だね! ミアには負けるけど!」

「クライヴッ!」

 ふたたび顔を赤くして怒鳴る母親を無視し、豪胆なクライヴ少年は目の前の幼女にぐっと顔を近づけた。

「君、僕と同じ赤い目だね。髪の色は違うけど、赤い目同士仲良くしようね。こんど僕んちにおいでよ。ミアに会わせてあげる」

 そしてクライヴは、鼻と鼻がくっつきそうな距離で、アリッサに向かってニッコリと笑った。

(か、かわいっ!)

 超至近距離でクライヴ少年の笑顔を見て、その小悪魔的な笑顔の魅力に、有沙は心臓を撃ち抜かれた。

(やばっ。リアルクライヴ、めっちゃ推せる!)

「もう、あなたって子は! 侯爵様、クラリス様、大変失礼いたしました。わたくしたちはここで下がらせていただきます」

 平身低頭の態で詫び、人が変わったラスキン男爵夫人は、息子の手を引いて離れていった。

 ラスキン親子が下がると、またすぐ次の客が現れたが、有沙はさきほどのクライヴ少年の笑顔の余波にやられ、心ここにあらず状態でいた。

(はーっ。やっぱりリアルオスティア最高……。ファンにとってたまらん世界だよ、ここは……)

 アリッサの不在は残念極まりないが、台詞を覚えるほどにゲームをプレイしていた有沙にとって、実体を伴ったリアルなキャラクターたちに会えるここは、聖地を越えたリアル天国だった。

 残念ながら、王子のジェイデンやまだ生まれていないキャラはここにいないが、クライヴにリアム、ジュリアンとは今日お知り合いになれる。ゲームのシナリオよりずっと早く彼らと親しくなれたなら、こんな嬉しいことはない。

(……せっかくのお祝いの日だし。呪物をばらまく謎の勢力がいるけど、とりあえず今日はそういうの忘れて、この二次元婿たちとのリアル握手会を堪能しよう……)

 無邪気な幼子を演じつつ、煩悩に忠実な精霊王は、一人そう心に誓った。



 第四十話につづく

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回の更新をお待ちくださいませ。

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