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一人二役の精霊王さま  作者: I*ri.S
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第三話

「一人二役の精霊王さま」第三話です。

本作は基本、毎週火曜の更新を目標にしています。

「えっ、じゃあアリッサが生まれるまで、五百年以上待つってことですか?」

 驚く有沙に、マリリンは「いいえー」と邪気のない笑顔で答えた。

「さっき言ったでしょう。旧暦は約五千年ありますから、アリッサが誕生するまで三千五百年ありますねー」

「さんぜんっごひゃくねんっ!? ながっ、長すぎですよ!」

「でも旧暦の間にも、あの大陸はいろいろあるんですよー。ほら、アリッサが体を乗っ取られる魔神がいるじゃないですか。あれが大陸で暴れていたのが、ちょうど旧暦二〇〇〇年くらいで」

「魔神のことまで知ってるんですか!? どうしてそんなに、ラビサーに詳しいんですかっ!」

「さっきも言ったでしょう? 暇なんですよ、私。だから有沙さんの報告書をもらってから、ついでに件のゲームも、ちょこっとプレイしてみたんです」

 気さくな神の使いは、ニコニコと楽しそうに言った。

「いやぁ、最近のゲームって、本当によくできていますよねー。私はジュリアン先生を攻略したんですけど、歴史でA評価を取るために、無駄にオスティアの歴史に詳しくなっちゃいましたよー」

「たしかに! 私もジュリアン先生の時は、テスト形式のミニゲームをすっごく頑張りました」

「十問連続正解しないとまた一問目からって、あのミニゲーム鬼畜すぎません?」

「そうっ。おまけにレベルが上がる毎に、どんどんマニアックな問題になっていくし!」

「そうそう! 先代国王の苦手な食べ物なんて、誰も知らないってーの!」

 そこで「アハハッ!」と二人同時に笑い、有沙はハッと我に返った。

「と、にかくっ! 魔神がいるような怖い時代、私は絶対に嫌です! ゲームで魔物と戦ったりはしますけど、ホラーゲームは苦手なんですっ!」

 真顔で訴える有沙に、マリリンはケラケラと明るく笑った。

「そんなー。有沙さんは精霊王になるんですから、魔物なんて怖がる必要ないでしょう?」

「そういう問題じゃないです。魔神っていう存在自体が怖いんです」

「精霊王なら楽勝ですよ」

「だけどさすがに、魔神はすごく強いでしょう? 精霊王でも苦戦するんじゃないですか?」

「それはどうでしょう。そもそも精霊王相手なら、魔神の方から避けると思います。だからいっそのこと、有沙さんが魔神を倒しちゃえばいいんじゃないですか?」

「いやいやいや」

 明るく凄い発言をするマリリンに、有沙は真顔で答えた。

「どうしていきなり、異世界行って魔神とタイマン張らなくちゃいけないんですか。それに、そんなフレキシブルに行く時代を選べるものなんですか? たとえば私が過去に行って魔神を倒しちゃったら、未来が変わっちゃうじゃないですか」

「何か不都合でも? ただ歴史が書き換わるだけのこと。そもそも有沙さんは、アリッサの運命を変えるためにオスティアへ行かれるのでしょう。それも立派に、歴史の改ざんですよ」

「うっ……」

 ど正論な返しをされ、有沙は言葉を失くして黙り込んだ。

「……とにかく。行く時代については、アリッサが生まれるちょっと前でお願いします!」

 有沙が強い口調で訴え、マリリンは残念そうに、「しかたないですねー」とぼやいた。

「あと……」

「はい」

「そもそも、精霊王って何なんですか?」

 有沙の問いに、神の使いが「今さら?」という顔をする。

「その辺りは、ゲーマーの有沙さんの方がお詳しいのでは?」

「そりゃ、漠然とイメージはできますけど……。精霊たちの王様ですよね?」

「その通りです」

「って言うか、オスティアに精霊王がいたんですか? ラビサーでは、その名前は一度も登場しませんでしたよ」

「それは、精霊王を登場させたらあっと言う間に片がついて、ゲームにならないじゃないですか」

「……なるほど」

 分かったような、分からないような気分で納得し、有沙は「えーっと……」と手の指を折って考えた。

「オスティアには火と水と風と土と、光と闇の六元素があるから……。精霊王は、その六元素全ての精霊の頂点って認識でいいですか?」

「あ、その設定ですけどね。だいたい合っていますが、正確ではないです」

「え?」

「間違っているのは六元素のところです。ゲームではそういう設定ですが、そもそもオスティアという世界はヴィータが全ての根源にあって、それらが生み出すエネルギーの数だけ生物が存在するわけで。言うなれば精霊王とは、全ヴィータを操り支配する者、という存在です。ヴィータはギリシャ語ですね。日本語訳するなら、命、生命ですが、こちらでの命とは定義が異なるものです」

 いきなり教師口調になり、美人ガイドはどこからか出したホワイトボードを使って、即席講義を始めた。

「地球ではこの命を科学的に分析し、生命がいつ発生したか、なぜ生まれたのかを、全て科学的理論に基づいて体系づけているでしょう。オスティアでは、世界は神が創り、命あるものは全て神の息吹から生まれたと考えています。事実、そうです。神の息吹には魂が宿り、それらは人や獣、精霊となるのです。精霊と自然は一体のものであり、精霊が滅べば自然も消滅し、人や獣も消滅します。ゆえにオスティアでは、精霊は信仰と崇拝の対象となっています。日本にも色んな神様がいますよね。火の神様や水の神様。精霊とは、そういう存在と同じだと思ってください」

 淀みなく解説するマリリンを、有沙はポカンとした顔で見つめた。

「オスティアには精霊がいて、神の息吹から生まれた万物に魂が宿る、ここまではいいですね? さらに精霊や魔法はその性質によって、大きく八つの特性に分かれています。火(熱)、水、風、土(大地)、そして雷(電気)と、森(樹木)、光(命)、闇(死)、の八属性です。これら八つの特性も神の一部です。神から派生した命はみな、いずれかの属性を持って生まれます。精霊は一つの属性しか持ちません。また人や獣も、光と闇、水と火、風と土、雷と森は対極に位置する性質なので、それら相反する属性を同時に宿すことは不可能です。それが可能なのは、神と精霊王だけなのです」

「……えっと。魔物はどういう存在ですか?」

「地球の悪魔と同じです。悪魔がかつては天使だったように、魔物は、元は精霊だった者たちです。ただ人族と深く関わりすぎたせいで、神の浄化の力を受け取れなくなってしまったのです。精霊はみな、神聖力を持っています。それが浄化の力を失ったせいで、魔物特有の暗黒魔法に変化したのです」

「なるほど……。って、そんな話、ゲーム本編では出なかった気が……」

「そうでしょう。ですからこれは、本当のオスティアの話をしています」

(え、どういうこと……。って言うか、私の夢、あまりに設定が細かすぎない? どうしてこんなにリアルなの……?)

 だんだんと、今の自分の状況が夢か現実か分からなくなり、有沙は混乱した。

 マリリンは「とにかく」と締め括るように言った。

「神が世界を創り、精霊王はそれらを管理する役を担っています。人も獣も、精霊も魔物も、与えられた魂と命は一つです。彼らには寿命があります。命を繋ぐことは可能ですが、それは同じ命ではありません。精霊王の魂も一つですが、その命はオスティアが存続する限り続きます。万物の命を管理し、永遠に近い時間を生きるのが、精霊王という存在です」

「それって、ほとんど神と同義じゃないですか」

「そうですね。でも精霊王に魂は操れません。それに精霊王を創ったのは神ですから。父と息子がいても、二人は別人でしょう。それに神は未来永劫神ですが、精霊王は違います。やめたくなったら、やめることも可能です」

「……うーん。じゃあ、精霊王に後を任せて、神様は今、何をしているんですか?」

「神は神で、いろいろとお忙しいんですよ。魂の管理は……、まぁ、私たちがやっていますけど。えっと、新しい世界を創造したり、他にもいろいろと……あるんです」

 怪しい口調で、マリリンはしどろもどろに答えた。

「オスティアに神と精霊王がいるのなら、じゃあ地球にも神や精霊王がいるんですか」

「もちろんです。私は地球の神に創られました」

「じゃあえっと、私の情報を地球の精霊王が神に伝えて、神がマリリンさんに、私をオスティアへ送るように伝えたんですか?」

「いいえ、命令を下したのはオスティアの精霊王です。あなたのオスティアへの強い思いが、地球の精霊王からオスティアの精霊王にも伝わり、最終的にオスティアの精霊王の心を動かしたのです」

「わぁ……」

 出来すぎな話だ、と有沙は思った。だがこれこそ、彼女がずっと望んでいた展開だ。

「まぁ、論より証拠。実際に行って、オスティアという世界を感じてください。そしてできることなら、アリッサ一人でなく、オスティア全ての命を愛してください。精霊王とはそういう存在でしょう?」

「え……。何だか急に、責任重大な感じが……」

「そこまで難しく考えなくてもいいです。ただ、目の前の命を慈しめばいいんですよ」

「でも私、親になったこともないし、ペットを飼ったこともないし……」

「大丈夫、問題ありません。地球とオスティアの精霊王が認めた人材なんですから、自信を持ってください」

「それはまぁ……」

 でも……と有沙が言いかけたのを遮るように、マリリンは笑顔で、「そろそろお時間です。では、オスティアでの暮らしを楽しんでくださいね」と手を振った。

「えっ……」

 ガイドから別れの挨拶を受けた直後、有沙の足元にあった白い床が消えた。


(落ちる……!)

 とっさに手を伸ばした有沙だが、落下する感覚は訪れなかった。

 代わりに眩い光が視界を埋め、光が弱まると世界が色を取り戻した。

「あれ……」

 色と同時に音と匂いと、ありとあらゆる情報が彼女を包んだ。

 それはとても不思議な感覚だった。

 五感が限界まで研ぎ澄まされ、光の粒子すら感じられる。同時に全てが、もともと自分の一部だったかのように馴染んでいる。

 ゆっくり上体を起こすと、目の前にはとても美しい世界が広がっていた。

 澄んだ濃い青空がどこまでも広がり、霞のような薄い雲がゆっくりと流れていく。遠くには青々とした山が幾層も連なって見事な濃淡を生み、裾野に広がる森林と大河、赤土と草花のコントラストが、この上なく美しい。

 電線が空を分断し、ビルや住居がひしめき合う都会の光景とはまったく違う。絵画や映像でしか見たことのない、自然の美に満ちた絶景だった。

「ふぁあ……」

 思わず感嘆の声を上げた有沙だったが、視界の隅でチラつく小さな光に気づき、そちらに意識を向けた。

「わぁ……」

 それは蛍だった。いや、蛍によく似た、違う生き物だった。自らが淡く発光し、それぞれが小さな羽と小さな顔を持っている。

「うわぁ、リアル精霊だぁ……!」

 ラビサーのイラストで何度か見た小さな精霊が、実際に目の前で動き、キラキラと光の粒子を纏い舞う姿は、アニメやゲームの画面で見るより、はるかに美しくはるかに幻想的だった。

 感激にうち震える有沙の目の前で、おそらく百近い数いる体長一〇センチにも満たない小さな生き物は、彼女を取り囲み踊るように飛んだ。

 音の形態をとらず思念という形で、有沙の中に彼らの声が流れ込んできた。

 ―― 精霊王さまだー。

 ―― 新しい精霊王さまが誕生したー。

 ―― うれしいー。

 ―― うれしいー。

 ―― 精霊王さまー。

 ―― 精霊王さまー。

 小さな精霊たちの声はあまりに小さく、意識を向けていなければ、心の傍らをそよ風のように通りすぎていく。おまけに複雑な思考ができないのか、同じ言葉を繰り返すばかりだ。

 だが自分を精霊王と認識しているのなら、意志の疎通は可能だろう。

「ねぇ、あなたたち……」

 有沙は手近な一人にそっと手を伸ばし、話しかけた。そこで、初めて自分の手を見た。

 それは、白を通り越して透明に近かった。そして何より、とても小さかった。サイズ感からして幼児の手だ。

「えっ、これ、私の手?」

 慌てて顔に手をやり、その顔の小ささにまた驚く。

「えっ、ちょ、かがみっ、鏡が欲しいっ!」

 すると有沙の思考を読んだのか、精霊たちが一ヵ所に集まり、見えない力で彼女の手を引いた。

 引かれて行った先には泉があった。小さいが美しい泉の水面は澄んだ輝きを放ち、覗き込んだ有沙の顔を鮮明に映し出した。

 だがそこには、何もなかった。

 小泉八雲の怪談話で読んだような、目も鼻も眉も耳もない、顔の下半分に空虚な穴が空いただけの、“のっぺらぼう”がそこにいた。おまけに肌自体がほんのり透けており、それはゲームでお馴染みの、スライムという透過軟体性モンスターを彷彿させた。

 水の中の人型スライムは、有沙が両手で顔を押さえると、彼女とまったく同じ動きをした。

(ま、まさかこれが、今の私の姿、なの……?)

 次の瞬間、有沙はショックに絶叫した。

「いやぁあああーっ!」



 第四話につづく

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回の更新をお待ちくださいませ。

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