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一人二役の精霊王さま  作者: I*ri.S
29/51

第二十九話

「一人二役の精霊王さま」第二十九話です。

本作は毎週火曜日の更新を目標にしています。

 またたく間に夏の月が過ぎ、秋の一の月。

 王宮での閑職を円満退職したバイロン・ハーリーは、糟糠の妻と一匹の黒猫を伴って王都を旅立った。

 安い給金で長く働いてくれた二人の使用人には、屋敷と家財道具を売って、そこから退職金を捻出した。

 一人金貨五枚。平民が受け取るには、かなり高額な退職金だった。善良な彼らは驚いて受け取りを拒んだが、夫妻は「これまで尽くしてくれたことへの、せめてもの礼だから」と、強引に満額を受け取らせた。

 そんな、立つ鳥跡を濁さずな精神での旅立ちだったが、口さがない連中は急に引っ越す男爵夫妻を見て、「いよいよ借金が返せなくなって、夜逃げ同然に出て行くことになったそうだ」「このところ災難が続いていたが、その原因が家に憑いている悪霊のせいだと占い師に言われて、あの屋敷に住めなくなったらしい」などと好き勝手に噂した。

 質素な辻馬車にわずかな荷物だけ積んで王都を離れた夫妻は、しかしそんな悪意ある噂などどこ吹く風、晴れやかで明るい表情でいた。


 馬車が王都の中心地から離れ、周囲の人家もまばらになったところで、御者が馬を止めた。

 薄汚れた仕事着に薄汚れた帽子を目深に被っていた御者は、その場で旅姿の美少女に変身した。車内の窓からその変身を目撃したベリンダ・ハーリー男爵夫人は、「まぁ」と短い声を上げた。

 有沙が変身を解いたタイミングで、黒猫だったエドガーも馬車から下り、彼女と同じ旅人の姿に戻った。

「まぁ、まぁ、まぁああ……」

 春の月。ある日いきなり現れた猫の正体が精霊であることは、あらかじめ夫から聞いていたものの、実際に可愛らしい黒猫が見目麗しい美青年に変身したのを目の当たりにし、ベリンダは驚きとショックで言葉を失くした。

 魔法が日常であるオスティアにおいても、有沙やエドガーなどの高度な変身魔法は、人族にとって馴染みのないものだ。そもそも、完全な変身は光と闇の精霊のみに許された専売特許であり、闇魔法と類似性の高い暗黒魔法にも【擬態】や【幻影】など姿形を変えて見せる魔法はあるものの、効果は一時的であくまで“そう見せかけている”だけのものだ。

 ゆえに男爵夫人も、これほど完璧で高度な変身魔法を見たのは、生まれて初めての経験だった。

「こんな場所で変身を解いて、いかがなさいましたか、リディア様、エドガー様」

 リディアが精霊王、エドガーが闇の上位精霊であると確信しているバイロンは、王族に接するような慇懃な態度で訊ねた。

 有沙は「うん。あのね、チェスナスの村まで馬車だとかなりかかるから。今から魔法で、村の入り口まで飛ぼうと思うの」と気軽に答えた。

「えっ!」

 驚いたのは夫人もだが、声を上げたのは夫の方だった。

「飛ぶって、この馬車ごとですか?」

「そう。あ、とりあえず男爵と奥さんはそのまま中にいてね。一瞬で済むから」

「はぁ……分かりました……」

 すでにリディアとエドガーの能力を知っている男爵は、不安そうな夫人を宥めて馬車の扉を内側から閉めた。それを確認して、有沙は馬車ごと転移した。

 本来なら馬車で十日かかる距離を一瞬で移動し、有沙は中の二人に、「着いたよ」と声をかけた。

 まさかと外を見た男爵夫妻は、「えっ」と二人同時に声を上げた。馬車が飛んだ先は、山の中腹にある巨木の森だ。馬車一台がやっと通れる道の両脇に、樹齢何百年という巨木が神殿の柱のように並んでいた。森を抜けるとすぐにドルフたちが住む村に入る。

「この特徴的な幹の巨大な木々は……。まさか本当に、チェスナス山まで……」

 バイロンは茫然と呟いた。

「このまま村まで行くね。今日あなたたちが来ることは、村のみんなに伝えてあるから。きっとご馳走を用意して待ってるよ」

 有沙はエドガーと御者役を交代し、自分も夫妻と同じ車内に座った。そして、「あと、ちょっとしたサプライズもあるからね」と楽しげに笑った。


       ***


 巨木の森を抜けると、なだらかな丘陵地に出ていきなり視界が明るく拓けた。

 新領主夫妻の目に最初に飛び込んできたのは、色鮮やかな果樹の小道だ。今が旬の色とりどりの果実が枝もたわわに実り、甘く爽やかな芳香を放って訪問者を迎えた。

「まぁ、素敵……」

「なんと、素晴らしい光景だ」

 夫人は馬車の小窓を開けて、新鮮で清涼な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「今年初めて実がついたんだよ。今年はそのまま出荷するけど、来年はジャムやドライフルーツとか、加工した商品も作るつもりなの」

 有沙はそこで、果樹園で働く人影を見つけ馬車を止めさせた。

「みんな~」

 有沙が手を振ると、収穫作業をしていた者たちが一斉に集まってきた。

「リディア様~」

「おかえりなさーい」

 働いていたのは皆、十二、三歳くらいの少年少女だった。服装は簡素だが、どの子もびっくりするほど美しい顔立ちをしている。しかも珍しいことに、全員髪色が、新緑を思わせる明るい緑だった。

「みんな、この人が領主代行人のハーリー男爵だよ。それと、男爵の奥さんのベリンダさん。新しい領主ご夫妻に、みんなご挨拶して」

「はーい」

「こんにちはー、領主様~」

「こんにちはー、ベリンダ様~」

「おお、こんにちは」

「みんな、お行儀が良くて可愛らしいわねぇ」

 愛らしい子どもたちに挨拶されて、男爵夫妻は思わず顔をほころばせた。

 しかし次に有沙が、「あ、断っておくけど、この子たちみんな森の精霊だから」と言ったため、二人はまた「えっ!」と声を上げて驚いた。

「あのね、私が人型の容れ物を大量に作って、その一つ一つに精霊の子たちに入ってもらってるの。だからこの子たちは、食べたり眠ったりはしないの」

「まさか……」

「ホントだよ。使わない人形は、あそこの小屋に仕舞ってる。精霊が入っていない時はただの木の人形で、精霊が入ることで人間みたいに動けるの」

 有沙の説明に、夫妻はまた言葉を失くして茫然とした。

「言ったでしょう? 今はまだ、村民は十人しかいないって。でも人手はたくさん必要だから、精霊たちにも手伝ってもらってるのよ。村民が増えたらお手伝いの数は減らすつもりだけど、この子たちも楽しんでやっているみたいだから、このままずっと村に住むかもしれないね」

「信じられない……。あの子たちが全員、精霊だなんて……」

 ふたたび果樹園に戻っていった子どもたちを見つめ、バイロンは独り言のように言った。

「まあ、魔法の力だね。ちなみに緑色の髪の子が森の精霊で、青い髪が水の精霊。水色の髪が風の精霊で……」

「ちょ、ちょっとお待ちください」

 バイロンは、慌てて有沙の言葉を遮った。

「森の精霊以外に、ここには水の精霊や風の精霊もいるのですか?」

「そう。あと火の精霊の子は赤い髪色で、雷の精霊の子はプラチナブロンドで、土の精霊の子は白い髪色で肌が褐色なの。面白いよね。元の人形は全部同じ見た目なのに、精霊が入ると自然とその属性と能力に相応しい姿に変わるんだよ」

 有沙はこの魔法を、自分がアリッサの肉体に入ったことと、ダグラスそっくりの死体を作ったことで思いついた。予想以上に上手くいき、下位精霊だけでなく上位精霊までが自分たちの“体”を欲しがったのは意外だった。

 どうやら他の六精霊は、これまで人間に化けて人族と交流できていたエレノアやエドガーのことを、ひそかに羨ましく思っていたらしい。

「見た目が子どもなのは下位精霊だけど、これから行く屋敷には親代わりの上位精霊もいるから。森と水と風と土の精霊は大人の女性の姿で、火と雷の精霊はマッチョな男性で、みんなすっごい美男美女だけど、会っても驚かないでね」

「な……。上位精霊、ですと……」

 普通の精霊だけでなく高位の精霊もいると聞き、バイロンはショックで青ざめ、言葉を失くした。

 彼が驚くのも無理はない。普通の下位精霊ですら、人前にめったに現れない貴重な存在なのだ。それが上位精霊ともなれば、神との邂逅に等しい。彼ら一人一人が、伝説や神話級の奇跡と同じ意味を持つ。

「ただ上位精霊のみんなは忙しいから、滅多に村には来ないよ。あ、今日は特別に全員集合しているけどね!」

 あっけらかんとした有沙の言葉に、男爵は今にも卒倒しそうな顔つきになった。夫人が「あなた、お気を確かに!」と、傾いた夫の体を慌てて支える。

「そんなに緊張しなくてもいいよ。男爵にはこの村の領主として、精霊たち含めて皆の世話をしてもらうつもりだから。一日も早く、みんなと打ち解けてほしいの」

「ぜ、善処いたします……」

 軽いめまいを覚えながら、バイロンはどうにかそれだけ答えた。

「果樹園を過ぎたら、村民たちの住居スペースだよ。でも今日はみんな領主の屋敷に集まっているから、今ここにいるのは精霊の子たちばかりだけどね」

 有沙の説明通り、頑丈な造りの住宅が集まった大通りに出たが、通りで見かけたのは、赤い髪や白金の髪色の子たちばかりで、やはり全員が人形のように美しい容姿をしていた。森の精霊たちと同様、彼らも明るい笑顔でリディアと領主夫妻に挨拶した。

「つまりリディア様は、魔法でゴーレムが作れるのですか」

 バイロンに問われて、有沙は「うーん。中に精霊が入っているから、ゴーレムとは違うかなぁ。ゴーレムも作ろうと思えば作れるけど、単純作業しかできないみたいだし、あまり必要性を感じないんだよね」と言った。

「村民の住居スペースは、これから山側に向かって延ばしていく計画なの。小川を挟んで森側は、小麦や大豆を作る畑にするから……」

 馬車の中で有沙は、今後の展望について説明した。精霊たちの件はいったん横に置き、バイロンはその話に真剣な表情で耳を傾けた。

「技術指導は森の精霊のオリビアと土の精霊のフレイヤ、それと元魔塔の魔導士であるダグラスって青年がいるから、彼らに任せて大丈夫だと思う」

「オリビア様とフレイヤ様ですね……。そのダグラス青年も、今日は屋敷にいるのですか」

「うん。あと前の家よりかなり大きな屋敷を作ったから、使用人を二十人ほど用意したよ。それぞれ水の精霊、火の精霊、風の精霊から、行儀が良くて賢い子を選んだから、この子たちとも仲良くしてね」

「や、屋敷の使用人も、精霊なのですか……」

「うん、一人を除いて、あとは全員精霊だね。いずれ人族の使用人も増えるはずだよ」

「か、かしこまりました……」

 腹をくくったバイロンは、深刻な表情でそう答えた。

 話すうちに、馬車が屋敷の正門に着いた。

 新領主邸を見た男爵夫妻は、新居の姿にまた大きなショックを受けた。

「リディア様……。まさかこの立派な城が、私たちの家なのですか……?」

 三メートル以上ある石造りの塀にぐるりと囲まれた領主屋敷は、落ち着いた青い屋根と白い壁が陽光を受けて輝き、色とりどりの花とよく手入れされた植木が庭を美しく彩って、王宮から宮殿を一つ運んできた、と言われても納得するほどに立派な外観だった。

「うん。素敵でしょ! 私の趣味全開で作ったの!」

 有沙は満面の笑みで答えた。

 中も外からの印象に違わぬ豪華さで、夫妻のための主寝室以外に寝室四つ、客間が六つ、大食堂に小食堂が二つ、応接室三つ、娯楽室に図書室、領主の執務室に会議室、ダンスホールや音楽室まで備えている。広い庭には東屋や水鳥が飛来する池に、もちろん温室もある。

「屋敷のことは精霊たちに任せて、男爵は領地運営に専念してね。夫人はこれまで家事と家計管理で大変だったでしょ。だからこれからは、好きな刺繍や花の世話をして自由に暮らしてね」

「リディア様……。ありがとうございます……」

 夫より先にこの異常事態に適応した夫人は、ハンカチを握り締め髪色と同じ赤錆色の瞳に涙を浮かべた。

「こんなお城で老後を過ごせるなんて、まるで夢のようですわ……」

「感激するのはまだ早いよー」

 有沙はそう言って、真っ先に馬車を下りた。次いで男爵が馬車を下り、夫人も夫の手を借りて馬車を下りた。

 するといつの間に集まったのか、使用人の衣装を着た十代後半の若者たちが、馬車の前にずらりと勢揃いしていた。

 そして使用人たちの先頭に立ち、一人だけ年嵩としかさな男が一歩前に進み出ると、「チェスナス地区新チェスナス村へようこそ。ハーリー男爵様。奥様。お越しになるのを、心よりお待ちしておりました」と言って優雅なお辞儀をしてみせた。

 体にフィットした最新のタキシードが良く似合う、なかなかハンサムな男性だ。

 だがその顔を見て、バイロンはハッと顔色を変えた。

「お、お前はまさか、ウェッバーか?」

「えっ!」

 まったく気づかなかった夫人が驚き、有沙も男爵の慧眼に、「すごい、よく分かったね!」と別の意味で驚いた。

「彼は間違いなくウェッバー本人だけど、顔の痣も消えたし体型もすごく変わったし、とにかく別人になったでしょ! なのにすぐ気づくなんて、男爵凄いね!」

「はい。たしかにこの者は、以前のウェッバーとは別人です……。が、一年もうちに仕えてくれた者です。間違えるはずございません」

 正体を当てられ、ウェッバーは嬉しそうに「お久しぶりでございます、旦那様。またお会いできて、本当に嬉しく思っております。奥様もお元気そうで、何よりでございます」と挨拶した。

「まぁ、本当にウェッバーなの? まるで違う人みたいよ。すごくスリムになったし、背も伸びたんじゃなくて?」

「はい」

 男爵夫人の指摘にまんざらでもない顔で、ウェッバーはタキシードの襟を両手で整え胸を張った。

「リディア様のおかげで、体から完全に瘴気が抜けたことにより、この年になっていきなり体が成長し始めたのです。またマーカス様とローガン様の厳しい指導の下、心と体を鍛え上げました。健康になっただけでなく、護身術と魔法も習いました。私はもう、以前のウェッバーではございません」

「まぁ、驚いた……」

「本当に見違えたよ、ウェッバー」

 感慨深げな男爵に、ウェッバーは深々と礼をして答えた。

「旦那様。私は名前も変えました。今の私はニンファレア大公国出身の、カミール・ナッジャールでございます。どうか今日から私のことは、カミールとお呼びください」

「何、カミール? ニンファレア国だと?」

「はい。私は夏の間ずっと、ニンファレアにおりました。それでリディア様に、新しい身分を作っていただいたのです」

 その言葉に、男爵はとっさに有沙の顔を見た。しかしブロンドの美少女はニヤリと笑っただけで、何も答えなかった。

 ここに来てバイロンはようやく、彼女が言っていた「ちょっとしたサプライズ」が何であるか悟った。また先ほど「一人を除いて」と言っていたが、そのたった一人の人間の使用人が、このカミールなのだと理解した。

(もうここでは、何が起きても驚くまい……)

 いちいち反応することに疲れ、バイロンは肩を落として「そうか。分かった」とだけ答えた。


       ***


「もう驚かない」と決意した五分後。

 屋敷に一歩足を踏み入れて、男爵はすぐにその誓いを忘れた。

 外観もさることながら、領主の屋敷は内装も素晴らしいものだった。貧乏貴族だが知識と審美眼を持ち合わせている彼には、壁に掛かった絵画、廊下に飾られた壺など、それらの一つ一つがどれほどの価値があるか分かってしまう。王都一の金満家であるランズベリー伯爵家に、勝るとも劣らない絢爛ぶりだ。

 屋敷の案内はのちに回し、ウェッバーは男爵夫妻を歓迎会の会場に連れて行った。

 ご馳走が用意された小舞踏会も開けるホールには、先住者である九人の村民と、七人の大精霊が彼らを待っていた。

 まず村の代表として、ドルフなる中年男性が挨拶した。彼もランズベリー伯爵の被害者の一人であり、もう一組の三人家族とともに、移住第一号の村民だった。

 山男らしい武骨な顔つきで、黙っているとかなり威圧感があるが、実直そうな話し方といい人好きのする笑顔といい、精霊王が推すだけあって、代表に相応しい人物のようだ、と男爵は思った。

 ドルフには妻と娘がおり、ポーラは見るからに世話好きの優しそうなお上さんで、娘のアンナは控えめで美しく、隣にいるロイという青年と婚約中らしい。ロイの両親も温厚そうな老夫婦で、この二家族は同じ村出身で気ごころ知れた仲だった。

 ちなみにこのロイという青年は、以前は王都の有名店、テネーブル宝石店で職人をしていたそうで、妻の指輪の細工も彼が手掛けたと聞いて、男爵夫妻はとても驚いた。

 ロイは、ベリンダが自分の作品を気に入っていつも身に着けていると聞き、とても嬉しそうに照れていた。職人としてかなり優秀であることは間違いない。

 次いで挨拶を受けたのが、ハンサムなダグラスという青年だ。彼が元魔塔の魔導士で、母妹とともに移住してきた、三番目の村民だった。母親も美しい品の良い婦人で、妹は幼いがとても愛らしく素直だった。

 彼ら全員、リディアがこの村へ呼んだ者たちで、ゆえにその人となりは信頼できるものだろう。テーブルにずらりと並んだ料理や飲み物は、彼らが朝から準備してくれたものだという。

 それを聞いた新領主夫妻は、村民たちの心遣いに心から感謝した。

 ちなみにこの九人全員、伯爵の手下だったウェッバーとは被害者・加害者の関係であったのだが、有沙の仲裁とウェッバー自身の必死の謝罪もあり、現在はすでに和解済みだという。


 村民との挨拶が済むと、有沙は今度は、自分の部下である七人の大精霊を男爵夫妻に紹介した。

 あえて個々の属性は伏せたまま、有沙は「この金髪金眼の美女がエレノアで、黒髪の美女がアオイで、緑髪の美女がオリビアで、ホワイトヘアの美女がフレイヤで、プラチナブルーの髪色の美女がエマね」と、まず女神たちを紹介した。

「バイロン・ハーリー男爵と、ベリンダ・ハーリー男爵夫人ですね。わたくしはエレノアです」

「わたくしはアオイと申します。どうぞよしなに……」

「私はオリビアと申します。この村を世界一豊かな土地にできるよう、共に協力していきましょう」

「私はフレイヤ。リディア様の忠実な部下だ。私も協力は惜しまない」

「私はエマです。私に何か用がある時は、私と同じ髪色の子に言付けてくれたら良い。いつでも駆けつけよう」

「は、はい……。ありがとうございます……」

「どうぞよろしくお願い致します……」

 女性陣は全員が目も眩むような完璧な美を備えており、まるで巨大な宝石を目の前にしたような気分で、男爵夫妻はわずかに怯えながら挨拶した。

「新領主夫妻よ、我はマーカス、リディア様の忠臣である! 以後、この名を忘れぬように!」

 五精霊の挨拶が済むやいなや、いきなり赤髪の大男が進み出て言った。

「は、はい。マーカス様ですね」

 男爵が慌てて答えると、マーカスの隣にいた白金の髪の同じく巨躯の男が声を上げた。

「私はローガンだ! この屋敷の明かりやレイゾウコなる魔道具は、全て私の魔法で動いておる! 不具合があれば即刻我に報告するように!」

「えっ……あ、はい。かしこまりました、ローガン様……」

 頭を下げる腰の低い新領主に、有沙が慌てて「ちょっと、マーカス、ローガン」と割って入った。

「なんでそんな偉そうなのよ。言ったでしょう。ハーリー男爵はここの領主代行人なんだし、男爵にも夫人にも、ちゃんと敬意を払ってよ。他の村民みたいに、友だちみたいに接するのはダメだよ」

「はっ! 申し訳ありません、リディア様!」

「おい、領主殿! そういうわけだから、我々に頭を下げる必要も敬語を使う必要もないぞ! もっとふんぞりかえっていたまえ!」

 だが彼らの正体を知るバイロンとしては、そんな真似、到底できるはずもない。

「い、いえいえ。滅相もございません!」

 彼は青い顔で両手を振り、リディアに向かって訴えた。

「リディア様。私はあくまで雇われ領主でございます。逆に精霊様方は、この土地を守護してくださる有難い存在です。敬うべきは私の方なのです」

「そういうわけにはいかないよ」

 男爵の必死の訴えに、有沙はめずらしく厳しい表情で答えた。

「たしかに精霊の助力なくこの土地は守れないけど、村を運営していくには人の力が必要だし、ここはあなたたちの村なんだよ。それにここには、私のお願いで来てもらっているんだから、精霊が威張って人間がかしずく村じゃなく、精霊と人間が互いに協力し合って、同じ村の住人として仲良くできる場所にしたいの」

 有沙の男爵への言葉を、いつの間にかその場にいた全員が黙って聞いていた。

「男爵は領主代行として、皆のリーダーなんだから。リーダーは敬われなくっちゃ。だから、彼らにペコペコしなくていいんだよ」

「は、はぁ……」

「みんな、ここでの役目があるの。みんなが自分には何ができるか考えて、ここを良くするために協力して、『One for all All for one』の精神でやっていかなくちゃ」

「リディア様。そのワン、フォア、オール……何とかの意味とは」

 エドガーの問いに、有沙は「えーっと、フランスの有名な小説の台詞なんだけど……。訳すなら、『一人はみんなのために、みんなは一人のために』かな」と答えた。

「おお、素晴らしい言葉ですな!」

「まさしく、リディア様に仕える我々に相応しい言葉です! リディア様の存在は皆のために、皆の存在はリディア様のために! ということですな!」

 マーカスとローガンのこの発言に、他の精霊たちもウンウン、と同意する。

「つまり、この村にいる人族はリディア様に仕える忠臣であるゆえに、種族は違えど我々と同じ立場であると、そう考えるべきですな」

「ああ、それゆえに、立場は平等とリディア様が仰られたのか」

「え……、いや、それは違う……」

 有沙は否定しようとしたが、精霊たちはすっかり納得した顔で、「なるほど、なるほど」「同士で仲間であるならば、遠慮は無用であったな」と、いきなり九人の村民との距離を近づけた。

「お主ら! ウェッバー……じゃない、カミール以外とは挨拶もまだであったな! 私はローガンだ!」

「我はマーカス。何か困ったことがあれば、何でも相談すると良いぞ!」

「え、ちょ……」

 呆気にとられる有沙を横に、人族に話しかける男神を見て、女神たちもいきなりソワソワし始めた。

「じつはわたくし、あのポーラという女性の作る料理に、大いに興味があるのです……」

「私は、アンナさんが使う練り香水が気になっていて……」

「わたくしは、ロイさんに細工をお願いしたいですわ……」

「あっ、それは私も! 彼の金細工はとても見事だと思います」

「わたくしは、ヘレンさんの裁縫の腕が素晴らしいと思っておりまして……」

「私はダグラス殿と、新しい魔道具について意見を交わしたく……」

 さっきまで微妙な距離感のあった人族と精霊族だったが、精霊側のプライドの壁が溶けたことで、一気にその距離は縮まった。

 いきなり和やかにお喋りを始めた村民と精霊たちを見て、有沙は「フーッ」と肩を落とした。

 そして隣で佇むエドガーと視線を合わせ、笑いながら言った。

「……私が言いたかったことと違う解釈されたけど、まぁ、結果オーライかな」


 第三十話につづく

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回の更新をお待ちくださいませ。

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