第二十六話
「一人二役の精霊王さま」第二十六話です。
本作は毎週火曜日の更新を目標にしています。
翌朝。
有沙はエレノアと共にニンファレアの大森林へ行き、闇の精霊と土の精霊以外の全員を招集した。
精霊王の呼び出しに、五人の高位精霊はすぐに集合した。
全員揃ったところで、有沙はまず、ハーリー男爵家での顛末を皆に伝えた。
「そういうわけで、今ハーリー男爵家にはエドガーがいるの。この件に関しては彼に任せようと思ってる」
次いでフレイヤから受けた魔塔主の情報も伝え、「魔塔はフレイヤに任せてるから、こっちも問題なし」と結論づけた。
「で、ここからが本題」
有沙はそこで、自らが考案したオリジナル魔法で、映像と音声を再生できるモニター機能付き鏡を空中に出現させた。
「まず、この偉そうにしてるマッチョな中年男性が、ランズベリー伯爵ね」
有沙の説明と同時に鏡面が動き、黒髭をたくわえた黒髪の男が映し出される。
「これは今現在の、ランズベリー伯爵の姿を映したものなの。……今は、自宅の書斎で仕事してるっぽいね」
有沙の言葉通り、自室の書き物机に着いた伯爵は、傍らに立つ秘書らしき男性に、「例の商談はどうなった?」と話しかけていた。
「ほぉ、これはすごいですね……」
「こんな魔道具、初めて見ました……」
「絵が動くだけでなく、声までついているとは。さすが精霊王様がお作りになった魔道具です」
このなんちゃってモニターだが、仕組みとしては単純だった。
有沙は自分と精霊たちの繋がる能力を使って、ランズベリー伯爵の家に見張りとして置いてきた光の精霊から、彼らが見ている映像と音声を鏡に投影しているのだ。
テレビや動画配信が当たり前の世界にいた有沙にとっては、このリアルタイム通信は安易に思いつけるものだったが、スマホもビデオカメラも知らないこの世界の精霊達は皆、興味津々、関心しきりの様子だ。
「ではこの者が、例の呪物を作った黒幕なのですね?」
察しの良いエマの指摘に、有沙は「うん」とうなずいた。
「ただねぇ……。このランズベリー伯爵自身も、誰かに操られていたみたいなんだよね……」
そう言って有沙は、昨日エレノアと共に伯爵邸へ行き知り得た事実を、皆にも伝えた。
「……つまり」
有沙の報告を聞き終えて、エマが言った。
「精霊王様がチキュウで遊んだゲーム、『迷宮のサーヴァント』のシナリオと酷似した内容の夢を、このランズベリー伯爵は毎晩夢で見ていたと、そういうことですか?」
「……そうなの」
昨晩、ランズベリー伯爵にマインド・リーディングを施した有沙も、この事実には大いに驚いた。驚きすぎて、伯爵邸の庭に雷を一発落としてしまったほどだ。
「伯爵は、アリッサが将来魔神になって、この国を滅ぼそうとする未来を夢で見たようなの。しかもクラリス夫人が妊娠するずっと前からね。だから呪いのブローチを使って、侯爵夫人を流産させようとしたみたい。伯爵としては、殺したいのはお腹の子だけだから、夫人を殺さずに済む方法を考えて、呪いっていう手段を取ったそうなの。そういう意味では、すごい悪人ってわけじゃないんだよね。ハーリー男爵家の賢者の書を欲しがったのも、その書を見れば、魔神が封印されている場所を特定できるかもしれないって考えたからみたいで。男爵がお金では譲ってくれなかったから、ウェッバーを使って盗もうとしたんだけど、隠し金庫を見つけられなくて盗むのも難しかったから、男爵夫人を病気にすることを考えたみたい」
「伯爵は、今も夢を見続けているのですか」とエマが聞いた。
「ううん」
有沙はそこで、鏡の映像を変えた。伯爵の寝室に掛けられていた絵画、その絵の裏に刻まれていた魔法陣の画像だ。
「これね、闇魔法の幻惑と悪夢を合体させた、すごく高度な魔法陣なんだけど。これが伯爵の寝室にあったの。でも魔法陣は昨日私が消したから、もう伯爵が悪夢を見ることはないよ」
「それでは伯爵は、この絵のせいでそんな夢を見ていたというのですか?」
「そう。ちなみに伯爵にこの絵を売った画商は、今は店を畳んで行方不明みたい。ただ、伯爵の従弟がすごく怪しいの」
有沙はそこで、ランズベリー伯爵の母方の従弟である、ホレス・ボートンという男の姿を鏡に出した。
「その画商を紹介したのが、このホレスって男なのね。おまけに呪術師としてのダグラスをウェッバーに引き合わせたのも、このホレスらしいの」
「それはかなり怪しい人物ですね。そのホレスは今どこに?」
「それが……」
有沙はそこで、同じく事の顛末を知るエレノアと顔を見合わせた。
「……ひと月ほど前に、事故で亡くなっているの」
「えっ!」
驚く五人の精霊に、有沙はハァと肩を落として言った。
「おそらくだけど、このホレスも何者かに利用されて、殺された可能性があるの。だけど唯一の手掛かりであるホレスが死んじゃってるから、もうしばらく調査を続ける必要があると思う」
「ランズベリー伯爵はどうなさせるのですか」
ふたたびエマに問われ、有沙は「そのことなんだけど……」と声のトーンを落とした。
「正直、決めかねてる。伯爵に罪がないわけじゃないけど、アリッサが魔神になる夢をずっと見させられて、その未来が現実になったらって怯えていたことが理由だし。侯爵家と男爵家に呪物を送ったことは悪いことだけど、彼自身も被害者なわけだし……」
「罪の重さを量れない、ということですか」
エマの言葉に、有沙は「うん……」とあいまいにうなずいた。
「それに彼は、生まれたアリッサが光属性だと聞いて、自分の見た予知夢に懐疑的になっているの。賢者の書は手に入れるつもりみたいだけど、アリッサを殺すかどうかは、彼女の今後の行い次第だと考え直したみたい」
「……つまり。悪夢同様、アリッサが他者に攻撃的な性格で、魔神を憑依させる存在になり得るかどうかは、アリッサの成長次第ということですか」
「うん」
伯爵は、実際に生まれた侯爵家の子が女児で、名前もアリッサだったことで、やはり自分が見たのは予知夢だった、と思った。だが呪物が無効化され侯爵夫人は健康そのもの、生まれた娘も闇属性でなく光属性だったことで、予知夢の正確性にも疑問を抱き始めている。
「彼が商売人として悪どい人間だとしても、教会や魔塔に多額の寄付をしたり、貧しい家の子に奨学金をあげて学ぶ機会を与えたりと、この国に貢献しているのも事実だし……。単純に断罪できるほどの悪人ではないんだよね……」
(愛妻家で家族思いだし、法律スレスレの悪いことしてるけど、それに釣り合うくらいの善行も行っているわけで……)
「ふむ。ある意味、もっとも人間らしい人間、というわけですな」
火の精霊、マーカスが独り言のように言った。その言葉に、有沙も「うん、そうだね」と同意した。
「エミリアについて、彼はどう考えているのですか。ラビサーと同じ内容の夢であれば、当然、彼の姪であるエミリアのことも夢で見たのでは……」
「あっ、それなんだけど!」
水の精霊からエミリアの話題が出て、有沙はパッと顔を上げた。
「これは私も知らなかったことなんだけど、エミリアはね、セルヴィッジ侯爵の本当の娘じゃなかったの!」
「えっ!」
「それは本当ですか!」
驚く五精霊に、有沙は興奮した口調で説明した。
「あのね、ケイラ夫人には当時、秘密の恋人がいたの。ランズベリー伯爵家と仲のいいカルバート伯爵家の、ダレン・カルバートって人でね。これが、金髪緑眼でかなりハンサムで、エミリアそっくりなの」
有沙はそこで、鏡にダレン・カルバートとケイラの画像を表示させた。ケイラは見事な赤毛の持ち主で、対するダレンは蜂蜜を思わせる濃い金の髪色だった。
「エミリアの髪と目の色は、お父さん譲りだったんだね」
「ではエミリアとアリッサは、まったく血の繋がりのない姉妹だったのですね」
「うん。このダレンさんには、すでに家同士が決めた婚約者がいて、ケイラさんもセルヴィッジ侯爵家の後妻になる話が来たから、内緒で別れたみたい。だけど侯爵との結婚が決まってすぐ妊娠に気づいて、それを隠したまま侯爵家に入ったそうなの」
「それは、……なかなかしたたかな女性ですね」
「うん。実際にはすごいスキャンダルだけど、ラビサーではそういう裏話はなかったね。そして今回は、ランズベリー伯爵が夢で知っていたおかげで、ケイラさんはちゃんとダレン・カルバートと結婚できるみたいだよ。もうすぐ婚約式があるって聞いたの」
「では、いずれエミリアも誕生すると言うことですか」
「そうなの」
今回の件で有沙にとって唯一の朗報が、このエミリアの両親の話だった。
「私、クラリス夫人を助けたけど、その結果、ケイラさんの再婚を妨害しちゃった形になったから。このせいでエミリアが生まれないことになったら、エミリアにすごく申し訳ないなーって思っていたの。でも彼女には本当のお父さんが別にいて、こっちの世界ではカルバート家の令嬢として生まれるみたいだから、すごくホッとしたよ」
「やはり彼女は、アリッサ誕生から二年後に生まれるのでしょうか」
「予定通りならそうなると思うけど……」
「しかしいろいろとゲームの台本とは違ってきていますから、全てその通りとはいかないのでは……」
「……うん。まあでも、その時はしょうがないと思う」
何にせよこの事実は、有沙の心をかなり軽くしてくれた。アリッサ推しではあったが、ラビサーのヘビーユーザーだった有沙にとっては、ヒロインのエミリアも大好きなキャラだったからだ。
「ってことで、目下の課題は二つ。今回の事件の本当の黒幕を突き止めるために、死亡したホレス・ボートンについて調べること。ダグラスみたいに誘拐された魔導士が他にいないかも調査すること。あとは、ランズベリー伯爵家にも監視をつけること、かな。ホレス・ボートンの調査については、ハーリー男爵家の件が片付き次第、エドガーに頼むつもり」
「なるほど……」
そこで風の精霊のエマが答えた。
「つまりランズベリー家の監視役を、我々の誰かが担うというお話ですね?」
「うん、そう。みんなそれぞれ精霊の仲間や眷属がいるでしょう? 今回の見張り役に適した妖精とか……」
「ならば風の精霊である私の仲間に命じましょう」
「屋敷の中もお主の仲間が見張るのか? それよりは火の精霊である我の仲間の方が、人の暮らしに密着していると思うが?」
「いえいえ。火よりは水でしょう。ここはわたくしの仲間に……」
エマの提案に、すぐに火と水の精霊から反論が出た。
有沙は「うーん」と唸り、「私のいた日本には、“適材適所”って言葉があってね……」と言った。
「だから、暖炉や火の気が多い厨房とかは火の精霊に、庭園や水の多い場所は水の精霊に、それ以外の場所は風の精霊に見張ってもらう、っていう案はどうかな」
三精霊はすぐに、「おお……」「素晴らしいご意見です」と、有沙の折衷案に同意した。
「精霊王様。私は引き続き、チェスナス地区の管理を続ければよろしいのでしょうか」
役目を与えられてウキウキの三人を横に、オリビアが有沙に訊ねた。
有沙は笑顔で、「うん。よろしくね、オリビア」と答えた。
「エレノアには侯爵家の見守りと、私の補佐をお願いするね」
有沙の言葉に、エレノアは「はい。しかと承りましたわ、精霊王様」といつもの優雅な仕草で腰を落とした。
そんな和やかな空気の中、雷の精霊ローガンだけが明らかに落胆していた。
「うぅ……。最近はフレイヤやオリビアも何やら忙しくしている中、今回も私だけが役立たずな存在……。なんと無念なことであるか……」
いかつい肩をガックリと落とす雷の精霊を見て、有沙は「そんなことないよぉ、ローガン」と笑顔で声をかけた。
「今日あなたと会って、思いついたことがあるの。もし時間があるなら、私と一緒にチェスナスの村へ行って欲しいんだけど」
「えっ、私とですか?」
驚く雷の精霊に、有沙はニッコリ笑って言った。
「うん。あの新しい村には、あなたの力が必要なんだよ」
第二十七話につづく
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