第二十五話
「一人二役の精霊王さま」第二十五話です。
本作は毎週火曜日の更新を目標にしています。
エドガーに「帰る」と告げて男爵家を離れた有沙は、しかしセルヴィッジ家には戻らず魔塔へ向かった。
大勢の魔導士が生活する魔塔には、深夜でも煌々と明かりが灯り、遠目からは巨大なシャンデリアのように輝いて見えた。
「わー。昼間見るより、夜の方が綺麗だなぁ……。まるでクリスマスツリーみたい」
塔の近くまで来た有沙は、そこで「フレイヤー」と土の精霊を呼んだ。
「精霊王様! いらしてたのですね」
一瞬で姿を現したフレイヤが、嬉しそうな顔で深々とお辞儀をする。
「うん。調査はどう? 魔塔主にはもう会った?」
「はい」
とたんにフレイヤは表情を引き締めた。
「あのヘイロンという魔導士が申しておりました、セルヴィッジ家を厚遇せよとの魔塔主の命令ですが、事実のようです。ヘイロンがアリッサ様の検査結果を報告し、侯爵の希望も併せて伝えたところ、ではそのように王宮に報告しよう、と魔塔主自ら申しておりました」
「へぇ?」
有沙は驚いて、宙に浮いたまま思わず腕組みをした。
「どうして魔塔主は、セルヴィッジ家を贔屓したんだろう……。侯爵家とは縁もゆかりもない人物なんだよね?」
「はい。生い立ちにもこれまでの経歴にも、セルヴィッジ家との関わりは一切ありません。ですがあのダリル・ファーカーなる魔塔主には、さらに気になる点があります」
「ん、何?」
「現在精霊王様が調べておられるランズベリー伯爵家ですが、ファーカーもあの家について調べているようです」
「えっ!?」
「魔塔主専属の隠密部隊があるようで、その者たちが、ランズベリー伯爵の近況を報告しておりました。さらにランズベリー伯爵が、ハーリー男爵家の賢者の書を狙っていることや、自分の部下を間者として男爵家に送り込んだことも知っていました」
「マジでっ!? 魔塔の忍者ってそこまで優秀なの!?」
「ニンジャ……?」
「あっ……。えーと、忍者は日本の有名な……隠密部隊の、名前……?」
「なるほど」
有沙のたどたどしい説明で、フレイヤは簡単に納得した。
「……それで報告の続きですが。彼らは伯爵の送り込んだ間者が、男爵夫人を呪いの指輪で病気にさせようとしていることまで突き止めていました」
「えー、すっごい。それで魔塔主は何て?」
「そのまま監視を続けよ、と申しておりました」
「男爵やウェッバーのことは、何か言ってた?」
「それについては何も……」
「ってことは、魔塔主の部下たちは伯爵家に潜入してるってことなのかな。もしかして魔塔主って、色んな貴族の屋敷に部下を潜り込ませてたりするのかな」
「いえ、今のところ、監視はランズベリー家とセルヴィッジ家のみのようです」
「ふーん……、って、セルヴィッジ家も監視してるの!?」
「はい」
空中で屹立したまま、フレイヤは神妙な顔でうなずいた。
「そちらもすでに調査済みです。メイドと厨房のコック、さらに下男と、三人の密偵がセルヴィッジ家に潜入しております」
「三人も! そのスパイたちは、セルヴィッジ家で何をしているの!?」
「働いています」
「え?」
「全員真面目に、おのおのの職務に励んでおります」
「それは、えーと……メイドとかコックとか、そっちの仕事?」
「そうです」
フレイヤは真顔を崩さず報告を続けた。
「全員勤務中はメイドやコックの仕事に専心し、上司からの評価も良い働きぶりです。同僚ともうまく付き合っていますし、問題は一切起こしておりません。彼らは週に一度の休みを利用し、ファーカーへの報告を行っています。報告するのは、セルヴィッジ家の詳細な近況と申しますか、侯爵家に出入りした者の名前や素性、屋敷に届いた手紙や荷物の目録、侯爵と夫人の一週間の動向などが主な内容です」
「その報告を聞いて、魔塔主は何て言ってるの」
「引き続き監視を続け、万一侯爵家に危険が及んだ際は侯爵夫妻と娘の安全確保を最優先に動け、と……」
「え!」
有沙は仰天し、今聞いた言葉を反芻するため無言になった。
「……えーと。魔塔主がはセルヴィッジ家に潜入させた部下に、侯爵家に危険が及んだ際は夫妻と娘の警護をしろ、って命令したの?」
「はい」
フレイヤが嘘をつくはずもなく、ならばダリル・ファーカーが部下にそう命じたことは事実なのだろう。
「うーーーん……」
あまりに理解不能な魔塔主の行動に、有沙は唸って空を仰いだ。
「……なんで? なんでセルヴィッジ家と縁もゆかりもない魔塔主が、自分の部下を使って侯爵夫妻とアリッサを守ろうとするの?」
「……そうですね」
フレイヤは自身も考え込む顔をし、「これはあくまで私の推測なのですが……」と前置きした。
「ファーカーは何らかのきっかけで、ランズベリー伯爵家がセルヴィッジ家を狙っていることを知ったのではないでしょうか。しかし確たる証拠がなく、そのため秘密裏に自分の部下を使って、ランズベリー家を探りつつセルヴィッジ家を守ろうとしているのでは……」
「もしそうなら、ファーカーさんメッチャいい人じゃないの!」
「はい」
「じゃあ魔塔主は、呪いのブローチを贈ってきた犯人じゃないの?」
「そのようです」
フレイヤの言葉に、有沙は「はぁ~~~」と脱力した。
「そっかぁ、魔塔主はシロかー……。ダグラスは魔塔の元職員だし、そのせいでファーカーに利用されたのかと思ったんだけど、この推理も的外れだったってことかぁ……」
「はい。ファーカーなる男は部下からも尊敬されており、魔導士としての才はもちろん、上に立つ者としての器も大きい人物のようです」
「そっかぁ……。まぁ、次席魔導士のヘイロンさんもいい人だったもんねぇ……。ってことは、魔塔は今回の件とは無関係かな」
「そうですね……。しかしファカーは、どうやってランズベリー伯爵家に目をつけたのでしょう。伯爵は魔塔に多額の寄付をしている貴族ですが、その関係から何か知り得たということでしょうか」
「うん、そうだと思う。それで、伯爵が狙っているのがセルヴィッジ家だと知って、侯爵家に部下を派遣したんじゃない」
「……はい」
有沙の弁に同意したものの、フレイヤの厳しい顔つきは変わらなかった。
「……正直申しまして、私はまだ、あの者を信用しておりません。人族としては不自然なほど魔力値が高いのもそうですし、私の加護もなく土魔法を全て扱える点も謎です。今は善人のふりをしているだけかもしれませんし、警戒を怠るべきではないと思います」
「うん、まぁ、謎の多い人物なのは間違いないね」
「しかし私がここに居続けることも非生産的です。ですから以降の見張りは、この者に頼みます」
そう言ってフレイヤは、一人(?)一匹(?)の精霊を呼び出した。
「この子は……かなり個性的なビジュアルだね……」
愛らしい光の精霊を見慣れている有沙は、現れた土の精霊を見て微妙な感想を言った。
それも致し方ない話で、現れた土の精霊は一つ目に一本足、おまけに腕が一本胸の真ん中からニョキッと生え、サイズは子猫ほどだが、お世辞にも可愛いとは言い難い見た目をしていた。
「ジイリッハという妖精で、私の眷属です。普段は鉱山の中をねぐらにしており、鉱夫の手伝いをしたり落石事故を防いだりする働き者です」
「えっ、メッチャいい子じゃん!」
「はい。この子に魔塔の監視をしてもらいます」
フレイヤは手の上に乗ったジイリッハを見て、「よろしく頼む」と短く命じた。
一つ目の妖精はピシッと背筋を伸ばし一本腕で敬礼すると、そのまま姿を消した。
「これで、魔塔で何か異変が起これば、私に伝わります」
「そっか。うん。じゃあえっと、フレイヤはこれからどうするの?」
「精霊王様が作られた村へ行きます」
フレイヤは即答した。
「土壌改良が進んでいると聞きましたので、その確認と。あそこには廃鉱山がありますが、どうやら完全に掘り尽くしたわけではないようなので、そちらも村の発展に使えないか調査したく思います」
「えっ、そうなんだー。分かった、ありがとう。よろしくねー」
「はい。精霊王様はいかがなさいますか」
「私は一度セルヴィッジ家に戻って、あとランズベリー家を調べてみるつもり」
「分かりました。何か御用がおありの際は、すぐにお呼びください」
「うん、そうさせてもらうー」
魔塔の前で土の精霊と別れて、有沙も今度は侯爵家に戻った。
***
深夜とあり、屋敷は静かだった。
宵闇に包まれた侯爵夫妻の寝室に入ると、ベビーベッドに寝かされていたアリッサがパッと目を開く。その足元で丸まっていたソルも顔を上げ、「ニャ~ン」と猫らしく鳴いた。
「ただいま、ルーチェ、ソル。変わりはなかった?」
有沙が話しかけると、二人は同時に「はい、精霊王様」と明るい声で答えた。
「え!?」
ソルだけでなくルーチェも答えたため、有沙は仰天して無邪気に微笑む赤ん坊を見た。
「い、今、返事した? ルーチェ……」
赤子の中に入った光の精霊は、「はい、精霊王様。私もお返事しました」とハキハキした口調で答えた。
「えっ、ちょ、どういうこと? ルーチェ、ちょっとそこから出てきてくれない?」
精霊王の命に、ルーチェはすぐに赤ん坊の体から出た。
その姿を見て、有沙は目を丸くした。
「ルーチェ……。二、三日見ない間に、ずいぶんと大きくなったね……」
初めてここへ呼ばれた時は手の平サイズだったルーチェだが、今は赤ん坊のアリッサと変わりない大きさになっていた。姿も、指人形に羽が生えているような妖精の見た目から、手足が伸びて人間の幼女と似た見た目に変化している。
思いがけないルーチェの成長に驚いた有沙は、慌てて「エレノアーッ、ちょっと来てーっ!」と光の女神を召喚した。
すぐに現れたエレノアは、ルーチェを一目見て状況を理解した。
「あらぁ……」
呑気な声を上げ、エレノアは優美な笑みを浮かべた。
「これは、びっくりな展開ですわねぇ……」
「そう言ってる割に、全然驚いてないみたいだけどっ!?」
「まぁ、もしかしたらと、予感はしておりましたので」
「予感って!?」
エレノアは人間の幼児サイズに成長した光の精霊を見つめ、その金色の髪を優しく撫でてやった。
「精霊王様の魔力と神聖力の影響で、この子に何らかの変化が起こるやもしれない、という予感ですわ」
「やっぱりこれって、私のせいなの!?」
「せいと言うか、おかげと言うか……。精霊王様の影響であることは間違いございません」
慌てふためく精霊王に、光の精霊は笑顔で答えた。
「精霊王様が意識されずともこの屋敷の者たちに加護が施されたように、アリッサの中にいるこの子にも、精霊王様の加護が与えられたのです。弱い下位精霊だったこの子は、今は中位精霊に成長しました。こういった事例は珍しいことですが、精霊王様のお力を考えれば当然の結果と言えるでしょう」
「と、とりあえず、このことでルーチェやアリッサに不都合はないの……?」
「問題ございません。むしろ以前より知恵がついたことで、今後アリッサが成長してからも、ルーチェに代役を任せることが可能になりました」
「あ、そうなんだ……」
ようやく落ち着きを取り戻した有沙は、白い簡素な精霊服を身に纏ったルーチェの姿をじっと見つめた。有沙の視線に気づき、幼女サイズに成長したルーチェがニッコリと笑う。
(か、かわいっ……!)
その愛らしい姿に、有沙は思わずルーチェを両腕に抱きしめた。
「ルーチェェエエ。おっきくなったねぇえええ」
すっかり親戚の小母さん気分で、有沙はルーチェのフワフワで柔らかな金髪を撫で、すべすべの頬に頬ずりした。
髪もいくぶん伸びたルーチェは、宗教画の天使を思わせる愛らしい顔で、「精霊王様、くすぐったいです」と笑った。
「でも賢くなったのなら、赤ん坊の中にいるのは窮屈じゃないの……?」
「問題ありません。アリッサの体は精霊王様の神聖力に満たされて魔力で守られているので、この世界で一番安全で心地の良い場所です。アリッサの中にいると、私はとても幸せな気持ちになります」
知能も成長したルーチェは、有沙が面食らうほどにハキハキと淀みなく答えた。
「それに、私たち精霊にとって人の時間はあっと言う間です。あと百年くらいここにいても、私たちにとっては束の間の時間でしかありません」
「あー、そういう感覚なんだー……。まぁ、不快でないならいいよ。安心した」
「はい。お気遣いいただき、ありがとうございます」
ルーチェのこの返事に、有沙は「本当に、ずいぶんと大人になっちゃって……。敬語も完璧じゃないの」とまた感慨深い顔でつぶやいた。
「侯爵夫人や侍女たちの会話を聞いて覚えました」
「ああ、なるほど……」
納得・安心した有沙は、ルーチェをアリッサの中に戻し、緊急で呼びだしたエレノアに向き合った。
「そうだ、エレノア。今からちょっと、ランズベリー伯爵家に行きたいんだけど、ついて来てくれる?」
第二十六話につづく
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