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一人二役の精霊王さま  作者: I*ri.S
23/51

第二十三話

「一人二役の精霊王さま」第二十三話です。

本作は毎週火曜日の更新を目標にしています。

 はたして、ダグラスの希望は有沙に聞き入れられた。

「それならちょうど、あなたに任せたい仕事があるんだよね」

 そう言って有沙は、可愛らしいシマエナガから、旅人の扮装をしたリディアへと姿を変えた。

「えっ!」

「あ、驚かないで。今からはこの姿の方が都合がいいから、こっちに変身しただけなの」

「あの、さきほどの小鳥と、同じ精霊様なのですか?」

「うん。あ、私のことはリディアって呼んでね」

「わかりました。……リディア様」

(様はいらないんだけどなぁ……)

 これは心の中だけでつぶやき、有沙はダグラスと共にまた場所を移動した。

 そこはウィスタリアの西に位置し、王都からかなり離れた辺境地だった。かつては貴重な鉱石が採れた場所だが、それらも掘り尽くされ今は荒れた森と廃鉱山しかない。セルヴィッジ侯爵領ではあるものの、領民もいない見捨てられた土地である。

「ここは……」

 周囲を見回すダグラスに、有沙は「チェスナス山の麓だよ」と教えた。

「えっ。バーウィッチの森から、一瞬でチェスナス山へ飛んだということですか!?」

 馬車を使っても半月はかかる距離だ。ダグラスが驚くのも無理はない。

「うん。エド……仲間たちと相談して、ここが一番安全かなってことで」

 勝手知ったる土地を行く足取りで、有沙はダグラスの数歩前を歩いた。

 森を出ると均された道が現れ、「こんな人里離れた場所に……」とダグラスは戸惑った。

 さらに驚いたことに、道の先に人家が現れた。頑丈な木材を使って建てられた立派な家が複数。家の傍らには綺麗な水を湛えた小川が流れ、畑や果樹園もある。

「こんな所に村が……」

「うん。私が作ったの」

「えっ!」

「ここはもともと、鉱山で働いていた人たちの集落があった場所なんだけど、家も畑も荒れ放題だったから、それをちょっと手直しして、ついでに井戸を掘って川も作って、住みやすい環境に変えたの」

 驚くダグラスを連れ、有沙は村の入り口に一番近い家のドアを叩いた。

「こんばんはー。ドルフさーん。リディアでーす」

 有沙の呼びかけに、すぐに中からドアが開く。

「おう、嬢ちゃんか。いつもながら突然だな」

「こんな夜遅くにごめんなさい」

「いやいや、かまわんよ。あんたならいつ来ても大歓迎だ」と言って、ドルフは深夜の訪問者を室内に招き入れた。

「ところで、この初めて見る兄ちゃんは? いつも一緒のエドガーはどうしたんだい」

「うん、今日はエドガーとは別行動なの」

「ロイたちにはもう会ったか?」

「ううん、今、着いたばかりだから。ドルフさん家族もロイさん家族も、いきなり見知らぬ土地に連れて来られて、戸惑ってるでしょう? いちおう家や畑は用意したけど、不便はない?」

「まさか」

 ポーラは屈託なく笑い、「むしろ、以前より良い場所に家を貰って、リディアちゃんにはとても感謝しているのよ」と言った。

「三日前、あんたにしばらく身を隠して欲しいと頼まれた時は驚いたが。立派な家も用意してもらった上に、ここは驚くほど食べ物が豊富で気候も温暖だ。前の家と比べても住み心地は雲泥の差だよ。むしろ一生ここに住みたいくらいだ」

「本当に? あーっ、良かったぁ……」

 有沙はホッと胸を撫で下ろした。

「ドルフさんだけでなくロイさんも命を狙われたから、あのまま村に住むのは危険な気がしたの。それとここは、私が将来、ウィスタリアの最大農業生産地にしようと考えている場所なの。そのためには人手がいるし、これから移住者を増やすつもりなんだけど、村長役をドルフさんに任せられたらなぁって思って」

「えっ、俺を村長に!?」

「うん。まあその計画はまだ先の話なんだけどね。ウィスタリアは貴重な鉱石が採れて貿易で潤っているけど、食料自給率が低いでしょう? この高原地で麦と米と大豆を育てる二年三作農法ができたら、国の慢性的な食料不足を解消できる気がするんだよね」

「麦は分かるが、米と大豆ってのは何だい」

「えっと、米はホシミの国やロータナシアで主食にされてる穀物で、大豆はアクアカリスで沢山採れる豆の種類だよ。米も大豆も栄養豊富で色んな料理に使えるから、ここウィスタリアでも育てたいなって思って。そこはフレイヤっていう土地の専門家と、オリビアっていう植物の専門家に相談中なんだけどね。外の畑で育ててるトウモロコシやサツマイモも、ここの環境に合うように仲間たちと品種改良したものなの」

「はぁ、何だかすごい話だなぁ……」

「私には、リディアちゃんの言っていることの、半分も理解できないんだけど……」

 戸惑い顔のドルフとポーラを見て、リディアは「そこで、このダグラスだよ」と、ようやく魔導士を紹介した。

「この人は元、魔塔の魔導士でね。研究者でもあるの」

「ほぅ?」

 そこでダグラスは慌てて、「ダグラスと申します」と頭を下げて挨拶した。

「このダグラスもね、ドルフさんたちと同じ悪い貴族にひどい目に遭わされたの」

「えっ、そりゃ本当かい?」

「まぁ……お気の毒に」

 いきなり夫妻の視線に同情が混じり、ダグラスは恐縮しながら「いえ、私は……」と口ごもった。

「魔塔にも故郷にも帰れなくなって、彼がこれから私の力になりたいって言ってくれたから、ここへ来てもらったの」

 有沙の簡単な説明で、ドルフとポーラの警戒はすぐに解けた。ドルフは魔導士の手を両手で掴み、「あんたも苦労したんだなぁ……」としみじみした口調で言った。

「まぁまぁ、とりあえず立ち話も何ですから、こちらへどうぞ」

 ポーラに促され、有沙とダグラスは夫妻と向かい合ってダイニングテーブルに着いた。

 席に着くなり有沙は、「あのね、急なお願いなんだけど、今日一晩、この人をここに泊めてあげてほしいの」と頼んだ。

「えっ」と声を上げたのは、夫妻ではなくダグラスの方だった。

「ダグラスにもこの村に住んでもらおうと思ってるけど、使っていない家にはまだ布団や生活用品がないから……」

「ああ、なるほど」

 ドルフとポーラも驚きはしたが、有沙に大恩を感じている二人は、すぐに気さくな笑顔を見せた。

「いいよ、部屋は余ってるしな」

「リディアちゃんの知り合いなら、私らにとっても大事な客人だからね。それに同じ村に住むのなら、家族も同然ですよ」

「よろしいのですか……?」

 意外な夫妻の反応に、ダグラスは目を丸くして驚いた。

「いいよ、いいよ。あんたの家の支度が済むまで、何日でもここにいたらいい」

 初対面のダグラスに、ドルフは打ち解けた笑顔で言った。

「それより二人とも、お腹は空いていない? 残り物で悪いけど、夕飯の鴨鍋があるの」

「わぁ、嬉しい。いただきまーす」

 有沙の返事に、ポーラはいそいそと立ち上がった。

「じゃあすぐに温め直すわね。ちょっと待っててね」

 竈の火を入れ直すポーラの背中を見つめ、有沙は「どの世界でもどの国でも、お母さんってこんな感じで世話焼きなのかなぁ」と思った。

 残念ながら有沙には、前世でもこちらの世界でも母親の思い出はない。だが世話焼きの八精霊がいるおかげで、こちらの世界では寂しさを感じる暇はなかった。そしてそんなお節介な精霊たちの影響で、有沙もいつの間にか、困っている者の世話を焼くことが、当たり前だと思うようになった。

「ダグラス。さっきの私の話で、だいたい理解できたと思うんだけど。あなたにはこの村に住んで、住民たちのアドバイザーになってほしいの」

「アドバイザー……」

「そう。相談役って言うの? 世話役はドルフさんとポーラさんが適役だと思うの。あなたには技術的、学術的な面で彼らを補佐してほしいの。家は複数余っているから、好きな所を使って。家具は一通り揃っているし、寝具や食器とか必要な物もすぐ準備するわ」

「私が村の相談役、ですか……」

「そう」

 有沙は真面目な顔でうなずいた。

「ウィスタリアは豊かな国だし国政も安定している。国民の大半は幸せに暮らしていて、とてもいい国だと思う。だけど、どんな場所にも弱者が存在する。不当に迫害されている人、悪人に苦しめられている人、行き場を失くして困っている人。私はこの村を、そういう人たちのシェルター……避難場所にしたいの」

 そう語りながらも有沙は、精霊王という立場でここまで人族に介在しても良いものか、という迷いがあった。しかし何か行動しなければ、自分の心が参ってしまう。そう思った。

 自分には理想を叶えるだけの力があり、全世界の精霊が味方だ。凶暴な魔物ですら、精霊王が加護を授けたこの土地には入って来ない。

 悪人を倒すのは簡単だ。だがそういう人間はばい菌やウィルスと同じで、世界から完全に消し去ることは不可能だ。

 ならば、連中のターゲットとなる罪なき者たちに、餌食にされないだけの力を持たせるしかない。一人一人の力は弱く小さくとも、人は集団になることで大きな力を得る。

 いつの間にか芽生えたその志を実現すべく、有沙は八精霊と協力して拠点となる土地を探し、開墾し、土壌改良を行い、侵略を受けないための結界も張った。小川を引き、畑を作り、丈夫な家も建てた。

 だが、最初に誰をここへ住まわせるか、という一点において長く迷っていた。

 弱者を庇護するのは簡単だが、コミュニティを維持するには、心が強く公平な統率者と、それを補佐する知恵者と、健康な働き手が必要だ。精霊の加護を受けた土地でも、人の手で世話しなければ作物は育たない。

「まずはこの国で、ここを始まりの村にしたいの。そのためには村の代表となる人間が必要だし、知恵を授ける人間も必要なの」

 かつて古代魔術を研究していたダグラスにとって、はたしてこの申し出はどうなのか、と提案者である有沙自身疑問だった。

 古文書を解き明かす代わり、米や豆の育て方を研究しろ、とまるで専門外の仕事を押しつけている。だからもし彼が、「それはちょっと……」と難色を示したならば、また別の人材を探そう、と考えていた。

 だがダグラスは嬉しそうな笑顔を見せ、「それは素晴らしいです」と言った。

「そんな責任ある仕事を任せていただけるなんて……、こんなに嬉しいことはありません」

「いいの?」

「はい」

 ダグラスは笑顔のままうなずいた。

「ですがここは、どこかの貴族の領地なのでは? もしくは国有地で……。そうすると、勝手に村を作るとのちのち問題が起きるのではないでしょうか」

「わぁ、さっすがダグラス。鋭いね」

 あくまで軽い有沙の答えに、ダグラスは目を丸くした。

「でも大丈夫。ここはセルヴィッジ侯爵領で、侯爵と私はとっても仲がいいの。だから、ここの土地は自由に使わせてもらえるんだよ」

 これは半分正しく、半分嘘だった。

 領民のいない忘れられた土地だが、さすがに村ができればいずれ誰かがその存在に気づく。だから事前にエレノアからトマスに、侯爵領のこの場所を私の民に使わせろ、と命じたのだ。さらに将来は、アリッサ個人の領地にすることも約束させた。

「そうだ。ドルフさんやダグラスには、今度侯爵とも会ってもらうね」

「えっ!」

 有沙のこの言葉に、ダグラスだけでなくドルフとポーラも声を上げて驚いた。

「そんな、我々が侯爵様にお会いするなんて……」

「なんて怖れ多い……」

「でも一応ここの領主だから、挨拶くらいはしておいた方がいいと思うよ。あ、あと、この村から税はとらないって約束もしたから。そこは安心してね」

「え!!」

 また三人の声が重なった。

「領民税がないのですか……?」

「うん。トマスさんはそう言ってたよ」

「…………」

 今度は三人とも沈黙し、三人ともが狐につままれたような顔つきになった。

「ま、まぁいいか……。とりあえずこれまでは、嬢ちゃんの言う通りにしておけば間違いはなかったんだし……」

「そ、そうね……。リディアちゃんがそう言うのなら、そうなんでしょう……」

 ドルフとポーラはそう言って、無理やり自分を納得させた。

「私もリディア様がそう仰るなら、信じます」

 ダグラスはそこで表情を変え、「それと、一つお願いがございます」と真剣な表情で言った。

「え、何なに?」

「ここで稼げるようになったら、故郷の家族に仕送りしてもよろしいでしょうか」

「ダグラスの家族?」

「はい」

 ダグラスは神妙な顔でうなずいた。

「私の故郷の村は近くに鉱山も海もなく、男たちは獣を狩って、その皮や肉を加工して売り、女たちは小さな畑を世話して暮らしています。毎日どれだけ働いても暮らしは一向に楽にならず、皆が助け合って必死に生きています。魔法の才があったことで、私は奨学金を貰って王都の学校に通い、魔塔所属の魔導士になれました。魔塔では衣食住が保証されておりましたので、私は給金の大半を実家に仕送りしていました」

「そうなんだ」

「はい」

 ダグラスは懸念顔で、わずかにうつむいた。

「ですが攫われてからずっと、家族と連絡が取れていません。母と妹が今どうしているか、とても心配なのです」

「お母さんと、妹さん?」

「はい。三年前に父が流行り病で亡くなり、一家の主な収入源は私が仕送りする金だけです。それが途切れたことで、二人が今どうしているか……」

「ええっ!」

 そこまで聞いて、有沙は思わず立ち上がった。

「なんでそんな大事なことを、今まで黙ってたのよ!」

 勢い良く立ち上がった有沙は、「ちょっとここで待ってて!」と言い残し、すごい勢いでドルフ家から出て行った。


       ***


 しばらくもしない内。ふたたびドルフの家に戻ってきた有沙は、二人の人物を伴っていた。

 戸口から現れた二人の顔を見て、ダグラスは驚愕の表情になった。

「か、母さん! チェルシー……!」

「ダグラス!」

「お兄ちゃん……!」

 突然再会を果たした三人は、驚愕の表情を浮かべた後で、すぐに固く抱き合った。

「ああ、信じられない……。本当に、母さんとチェルシーだ……」

 家族との再会に喜びの涙を流すダグラスを見て、有沙は「はぁ」と肩を落として元の席についた。

「嬢ちゃん、あんたまさかこの短い時間で、ダグラスさんの村まで行って帰ってきたってのかい?」

 ドルフの問いに、有沙は「うん」と素直に答えた。

「私、魔法が得意だから」

「得意だから、って……。俺たちも、目隠しされてよく分からないままここへ連れて来られたが……。あんたのこの力は魔法の次元を越えているよ。まるきり奇跡だよ……」

 茫然とするドルフとポーラに、有沙は「そこは気にしないで」と無茶を言った。

(とりあえず、間一髪だったわ……)

 フゥと安堵の息をつき、有沙はポーラの淹れてくれたお茶を啜った。


 有沙が村を訪れた時。

 ダグラスの母ヘレンと妹のチェルシーは、火も焚かれていない暗い自宅で、飢えと寒さに震えていた。

 ダグラスの仕送りは母親の薬代と生活費に消え、最近はろくに食べられずにいたらしく、二人ともかなり痩せていた。あのまま放置されていたら、餓死か凍死していたかもしれない。

 まだ小学校低学年くらいの年のチェルシーが、いきなり現れた自分を見て騒ぐ元気もなく、ベッドの上で母親と薄い毛布にくるまって茫としている姿を見て、有沙は思わず涙ぐんだ。

 そしてすぐに二人に回復魔法をかけ、ダグラスのいる村まで一緒に来てくれないか、と告げた。ヘレンもチェルシーも一も二もなく同意し、有沙はその場で二人を連れて村に戻ったのだ。

 ハンサムなダグラスの家族だけあって、ヘレンもチェルシーも美しい見た目をしていた。だが栄養不足でかなり痩せており、再会の感動も冷めやらぬうちに、全員がポーラ手製の鴨鍋をご馳走になった。

「とりあえず今晩は、三人ともうちの客間で休むといいわ。リディアちゃんが建ててくれたこの家は部屋数も多いし、何なら生活が落ち着くまでいてくれて構わないから」

「ポーラさん……」

「ありがとうございます……」

 人の良いポーラの提案に、ダグラスとヘレンはまた涙を流して感謝した。

 特にダグラスの感激はひとしおだった。彼はその場で土下座しかねない勢いで、「リディア様。この御恩は、一生忘れません。この先の私の人生、全てあなた様に捧げます」と泣きながら誓った。

「うん、ありがとう」

 こういう展開に慣れてきた有沙は、笑顔でうなずいた。

「でも無理しなくていいから。とりあえずお母さんと妹さんに回復してもらうのが優先だから。あと村の空き家から自宅を選んで、あなたの仕事部屋を作ろう。専門書とか必要な物があったら教えて。今度来る時に持ってくるから」

「はい……。ありがとうございます……」

「ドルフさん家族とロイさん家族、そしてダグラスの家族。まだ九人しか村民がいないけれど、そのうちどんどん人が増えると思うから。みんなで協力していい村にしてくれるとありがたいよ」

「はい。精一杯務めさせていただきます」

「ありがとう」

 そこで有沙は立ち上がり、「うーん」と軽く伸びをした。

「じゃあ、私はまだやることがあるから、またね」

「えっ!」

 この言葉に、また全員が驚く。

「まさか、今から帰るのかい? 今夜はうちに泊まっていけばいいのに……」

 ポーラの言葉に、有沙は「ごめんなさい」と詫びた。

「じつはもう一人、この村に連れてきたい人がいるんだよね」

 有沙はそう言って、「次は村の金庫番を連れてくるよ」と笑った。



第二十四話へつづく

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回の更新をお待ちくださいませ。

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