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一人二役の精霊王さま  作者: I*ri.S
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第二十話

「一人二役の精霊王さま」第二十話です。

本作は毎週火曜日の更新を目標にしています。

 いつもの目立たない旅人の恰好で、有沙は村に入った。そしてアンナの家でエドガーと落ち合った。

 現在アンナとその両親は、魔道具の力で別人に姿を変えて村に戻っていた。ロイ以外の村人は、彼らの正体を知らない。だがもともと住人だったアンナや両親は、今ではすっかり村の一員として馴染んでいた。

 アンナの母親とテラスでお茶していたエドガーは、有沙を見て、「リディア」とすぐに笑みを浮かべた。普段は無表情な彼が、リディアだけに向ける特別な笑顔だ。

 とたんに有沙の心臓は、小さなウサギになってピョンと跳ねた。

(うう~・私、最近、エドガーの笑顔を見ると、必ずドキッてするんだよね~。もう、なんか、すっごく恥ずかしい~~~)

 脳内でのたうち回りながら、有沙は努めて平静を装い、「エドガー」と軽く手を上げて挨拶した。

「こんにちは、ポーラさん。あっ、今はホリーさんでしたね」

 有沙が慌てて言い直すと、アンナの母ポーラは、「大丈夫ですよ」と気さくな笑顔を見せた。

「今は私たちだけですからね。さぁ、リディアさんもお茶をどうぞ」

 優しい夫人はそう言って、新しいカップにお茶を注いだ。

「ありがとう」

 有沙はエドガーの隣に腰を下ろし、「まだ依頼人は来ていないの?」と訊ねた。

「はい」

 有沙と似た出で立ちのエドガーは、ここから百メートルほど離れたロイの工房に視線を向け、「おそらく奴らが姿を見せるのは、日が落ちてからでしょう」と言った。

「今夜あたり動きがあるかと」

「そっか……」

 有沙は念話で、「夜になったらどうするの?」とエドガーに訊ねた。

「このまま家の外に突っ立っているわけにもいかないし。透明になるか動物に変身するか……」

「そうですね。ただ追跡だけならば、僕の精霊獣に命じれば済むことです」

「あ、そっか」

「それからポーラさんに、今夜はこの家に泊まっていけと言われました。最近アンナさんがロイのところに泊まることが多いので、部屋が空いているからと」

「あ、そうなんだ……」

「今、ドルフさんが、仕掛けた罠を見に行っています。アクリスがかかっていたら、今日はそれでシチューを作るそうですよ」

 アクリスとはヘラジカに似た大きな鹿で、その肉は野趣に富み美味だという。

 噂をすれば影。ドルフ(仮の名はアドルフ)が他の村人たちと共に村へ帰ってきた。小さな馬車には二頭の大きなアクリスの死体が積んであり、どうやら狩りは大成功のようだ。

 ドルフは目ざとく有沙とエドガーを見つけると、「おお、嬢ちゃんも来たのか!」と、右手を大きく振った。

「今日の夕飯は豪華だぞ! 期待して待っていてくれよ!」

 初めて会ったときの、やつれて殺伐としていた彼とは別人だった。明るく豪快に笑うドルフを見て、有沙はエドガーと顔を見合わせ、自然と笑みをこぼした。


       ***


 ドルフの家で焼きたてパンとアクリスのシチューをご馳走になった有沙たちは、そのまま彼らの自宅二階に案内された。

 そこは普段、アンナが寝室にしている部屋らしかった。

 そこに野営用の敷物を敷いて、ポーラは「悪いけどお兄さんの方は、ここで寝てくださいね」と言った。

 そもそも寝る必要のないエドガーは、「はい。ありがとうございます」と礼を言った。

「リディアちゃんは、アンナのベッドを使いなさいね。シーツは新しいのに替えてあるから」

「あっ、はい。ありがとうございます……!」

 リディアに扮した有沙も、慌てて頭を下げ礼を言った。

「じゃあ、また明日。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 ドアが閉じられ、小さな部屋の中で、有沙はいきなりエドガーと二人きりになった。

(ど、どうしよう……)

 初めてのシチュエーションでテンパる有沙に、エドガーが「精霊王様」と声をかける。

「はいぃっ!」

 おかしなテンションで答えた有沙に、こちらはいたって冷静なエドガーが、「僕はこれから、ロイのところへ行ってきます」と言った。

「えっ、じゃあ私も!」

「いえ」

 エドガーは有沙の前に立って、深い漆黒の瞳で彼女をじっと見つめた。

「精霊王様はお休みください。今日は魔塔にも行かれて、いろいろとお疲れでしょう」

「えっ? いや、私はべつに疲れてなんかいないけど。そもそも精霊王だから疲れとかないし」

 するとエドガーは黙り込み、困った顔で視線を斜め下へ逸らした。

「その……、ロイのところには今、アンナさんがいるので……。精霊王様の目や耳にお入れするには、いささか不都合な状況である可能性もありますので……」

 奥歯に物の挟まったようなその物言いに、有沙は一瞬思考を停止させた。だがすぐに彼の言わんとするところを察し、「ああっ、なるほど!」と声を上げた。

「なるほどね、うん、分かった! 私はここで、大人しく待ってる!」

 耳まで赤くして捲し立てる有沙に、エドガーは申し訳なさそうな顔で「はい。恐れ入ります。では、行ってまいります」と頭を下げた。


       ***


 ロイとアンナは、工房にいた。

 エドガーの予感は当たり、二人はあられもない姿で、一つのベッドの中にいた。エドガーは工房の外に出て、時間が過ぎるのを待った。

 村中が眠りに落ちた深夜。

「精霊王様。こちらまでお越しください」

 屋根の上に浮かんだまま、エドガーは有沙を呼んだ。眠らず待っていた有沙は、一瞬で彼と同じ場所に飛んだ。

「どうしたの、エドガー」

「見てください」

 眼下を示され、有沙は「あの連中は?」と訊ねた。

「指輪を依頼した者とその者に雇われた人間でしょう」

 工房へ来たのは、三人の男だった。二人は背が高くがっしりとした似た背格好で、いかにも戦闘慣れしていた。もう一人の男はリディアと同じくらいの背丈で、脂肪が詰まった大きなお腹を重そうに揺すっている。顔に醜い痣があり、見るからに胡散臭い見た目だ。

 思うに、痣のある太った男が依頼人で、後ろの二人はその護衛だろう。

「……背の高い二人は傭兵みたいだね。もう一人は……」

 眼下の三人を見つめ、有沙は「うん?」と首をかしげた。

 肥満男がドアをノックした音に、ロイはすぐに目を覚ました。彼は服を羽織り、眠ったままの恋人をベッドに残して寝室を出た。

 ロイがドアを開けると、男は彼を見てニヤリと笑った。

「指輪は完成したかね?」

「ああ」

 ロイは無表情に答えた。

「だが、明日の朝まで待てなかったのか。こんな深夜に訪問とは、あまりに不躾じゃないか?」

「ああ、悪かった。なにしろ一秒でも早く完成品を見たくてね。我慢できなかったんだよ」

 小さなテーブルを挟んで、ロイは依頼人と向かい合って座った。二人の護衛は、依頼人の背後とテーブルの脇に立った。

 ロイは屈強な二人の男を気にしながら、箱に収まった指輪を依頼人に渡した。

「これが依頼の品だ」

 箱を開けた男は、中から現れた見事な細工の指輪を見つめ、「おお……」と感嘆の声を上げた。

「わー、きれ~~~」

 有沙も、護衛とは反対側のテーブル脇から指輪を見て歓声を上げる。

「すごーい。ロイって本当にすごい細工師なんだね!」

 今の彼女の姿は、当然人間には見えていない。だが何かしら不審な空気を感じ取っているのか、護衛二人の表情は険しかった。

「……おい」

 護衛の一人が、テーブル横から依頼人に声をかける。

「品は受け取っただろう。もう行くぞ」

「ん? ああ、そうだな」

 痣の男は緩慢な動きで椅子から立つと、指輪の入った箱を大事そうに上着のポケットに仕舞った。

「いい仕事ぶりだ。また次も頼むぞ」

「おい」

 護衛に続いて部屋を出ていきかけた相手に、ロイが慌てて声をかける。

「まだ報酬を受け取っていないぞ」

「ああ、そうだったな」

 男は振り返りざま、一枚のコインをロイに向かって放った。

 手の平の一枚の銀貨を見て、ロイは「おい!」と声を荒げた。

「約束した報酬は、銀貨十枚だったはずだ!」

「ああ、そうだ。だが依頼した後で考え直したんだ。たかが田舎の細工師に、銀貨十枚は与えすぎだとな。むしろ一枚でも貰えたことに、感謝すべきじゃないか?」

「約束が違うぞ! 正当な額を払え!」

 思わず依頼人に掴みかかろうとしたロイだが、それを二本の鋭い剣先が制した。

 護衛二人の抜いた剣が、依頼人とロイの間に立ち塞がる。

「くっ……」

「ひひっ……」

 動けなくなったロイを見て、依頼人はたるんだ頬を歪めて笑った。黒い痣に縁取られたその目が、不気味なほど大きく開く。

「命が惜しければ大人しくすることだ。この二人は王都でも腕利きの魔剣士だ。これ以上騒ぐと、大事な腕を失うことになるぞ」

「うぅ……」

 その場で膝を突くロイを、依頼人の男はいびつな笑みを浮かべ見下ろした。

「夜遅くに邪魔をしたな。あとはゆっくり休んでくれ。ああ、そうそう……」

 狡猾な依頼人は、うなだれるロイを見つめ、言った。

「くれぐれも、この話は内密にな。万一外に洩らしたりしたら、お前もお前の家族も命はないと思え」

「なっ……」

 驚いたロイが顔を上げた時、もう彼らの姿はなかった。

「くそっ……」

 一人部屋に残り、ロイはテーブルを拳で叩いた。

「……ロイ」

 寝室からアンナが現れて、苦悶の表情を浮かべる恋人にそっと寄り添う。

「アンナ……。すまない、起こしてしまったな」

「いいのよ。それより、ロイ。大丈夫? あの人たち、またここへ来るんじゃないの?」

「……そうかもしれない」

「ねえ。思いきって、うちの親も一緒に村を出ない? 遠くの村へ移って、また一から始めましょうよ」

「だが、どこへ行くって言うんだ? 俺も君も親たちも、この村で生まれて育った。外の世界なんて知らない。若い俺たちはまだしも、老いた両親を連れて遠方の地へ移住なんて不可能だ」

「そうかな」

 そこでいきなり第三者の声がして、ロイとアンナは驚いて戸口を見た。だがそこに立つ人物を見て、すぐにホッと肩を落とす。

「リディアか……。いつからそこにいた?」

「最初からずっと見てたよ」

「今日は一人か。エドガーは一緒じゃないのか」

「さっきまで彼もいたけど、別の用があって今は村から出てる」

 有沙は質問に答えたあとで、二人の友人に近づいた。

「それでさっきの話だけど。この村を出たいって、本気?」

「え……」

「もし本気なら、私が新しく住む場所を提供してもいい?」

「えっ!」

 有沙は明るい表情で、「みんなにお勧めの村があるの」と軽くウィンクしてみせた。


 第二十一話につづく

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回の更新をお待ちくださいませ。

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