第二話
「一人二役の精霊王さま」第二話です。
本作は週に一度の更新を目標にしています。
「有沙さーん。日比原有沙さーん」
誰かの呼び声に、有沙はゆっくりと目を開けた。が、あまりの眩さにふたたび目を閉じ、右手を庇にして陰を作る。
「あ、お目覚めですねぇ~」
頭上で呑気な声がして、庇越しに声の主を見た。初めて見る顔の女性が、明るい笑みを浮かべてこちらを見つめていた。祖父がファンだと言っていた、昔のハリウッド女優によく似ている。
「マリリン・モンロー……?」
蜂蜜色の髪に柔らかそうな白い肌、赤い唇に肉感的なスタイル。体にまとわせた白いドレスも相まって、目の前の見知らぬ外国人は、マリリン・モンローのそっくりさんにしか見えなかった。ただし、口元のほくろはない。
「あー、よく言われるんですよぉ。私に会った地球の方は大抵、その名前を出されるんですよねぇ」
見た目欧米人だが日本語ペラペラの美女は、気さくな口調でそう言った。
「ですから私の名前は、マリリンでいいです」
「え? 本当の名前は……」
「ないので」
「え?」
「そもそも、この見た目も仮のものです。名前もありません。ですから私のことは、マリリンと呼んでください」
「え……」
(この人、何を言ってるの……?)
そこで有沙はようやく、ここが病室でないことに気づいた。視界に入る色が病室と同じ白だったため、違和感を覚えなかったせいだ。
彼女が今の今まで横たわっていたのは白いフカフカした床で、端が見えないほど広大で、上も下も、視界に入る範囲全てが白かった。家具はない。だが屋外でもない。初めて見る異質な空間に、有沙はこれが現実なのかさえ分からなくなった。
「あの……もしかして私、死んだんですか……?」
「あ、はい」
自称マリリンはあっさり認め、「享年十七。まだ若くていらっしゃるのに、お気の毒なことです。お悔み申し上げます」と、まったく心のこもっていない慰めを口にした。
「じゃあここって、天国とか地獄に行くための、審判の場ですか?」
「あー、まぁ、そうですね。そういう通過点的なところです」
「へぇ……」
有沙は改めて、周囲の様子を観察した。閻魔様も地獄の鬼もおらず、輝く輪を付けた天使もいない。
「思ったよりずっと殺風景な場所だな……」と、有沙は心の中で呟いた。
「って言うか、アレですね」
冷静な有沙を見て、マリリンはどこかつまらなそうに肩を竦めた。
「地球の、特に若い方は、ここへ来ても平然としてらっしゃいますよね。異世界転生系でしたっけ? そういう本とかゲームが流行っていて、皆さん、すっかり免疫がついちゃったんでしょうね。こちらとしては話が早くて助かりますけど、あまりにリアクションに乏しいって言うか、もう少し、驚いたり感動したりして欲しいって言うか……」
「何かスイマセン……」
あきらかに落胆した顔のマリリンを見て、有沙は思わず謝った。
「それで、マリリンさんは天使ですか? それとも死神? あっ、もしくは女神とか?」
この問いにマリリンはそっけなく、「私はあくまで、死後のガイドという立場です。まぁ、どれも間違ってはいません。お好きなように定義してください」と言った。
肩透かしを食らった有沙は、「はぁ……」とあいまいに頷いた。
「えーっと、もう細かい説明は抜きにして、本題に入りますね」
「あ、はい。お願いします」
死期が近いことを覚悟していた有沙は、すんなり自分の死を受け入れ、その場に正座した。
「えー、日比原有沙さん。あなたにはこれから、オスティアへ行っていただきます」
(……ん?)
「オスティアって、あのオスティアですか?」
「はい、あのオスティアです」
マリリン似の天使は事務的に答えた。
「有沙さんは生前、あの世界がいたくお気に入りだったようですので、オスティア担当の精霊王から直々に招請状が届いております。地球では若くして亡くなられたので、オスティアにはお好きなだけいてください、とのことです。そういうわけで、オスティアの精霊王、やってください」
淡々と告げる美人天使の顔を、有沙はしばらく、無言で見つめた。
そしていきなりピンと来た。
「あっ、これ夢だ」
思わず声に出し、有沙は「あははっ」と気の抜けた顔で笑った。
「なぁんだ、夢かぁ。そっかー。私、あそこで気を失って、きっと今、昏睡状態なんだ。それでこんな、おかしな夢を見てるんだー」
一人で笑う有沙を見て、金髪天使は「あー……」と肩を落とした。
「そう来ましたかー。そういう勘違いをされる方も、何割かいらっしゃいますねぇ。だいたいは、事故で急死された方などですねぇ。まぁ、心臓発作も、事故死と似たようなものですしねぇ」
経験豊富なガイドは有沙の発言をさらっと流したが、有沙は有沙で夢だと信じ込み、彼女の言葉をまともに聞いていなかった。
「うわぁ、そうと分かれば、逆にラッキーかも。もしかすると昏睡状態の間、ずっとこの夢を見続けられるってことでしょ? やけに現実味のある夢だし、これって最高じゃない?」
「……とりあえず、オスティアで精霊王に転生していただくことを、ご了承いただけますか」
夢だと信じ込んでいる有沙は、「あ、はい。オッケーです」とあっさり承諾した。
(って言うか、ラビサーに精霊王なんて登場したっけ? 蛍みたいな小さい精霊はいたけど、イベントの時にちょろっと映っただけだし、人型の精霊なんて、テキストでしか登場しなかったし……)
別の問題で考え込んだ有沙を無視し、マリリンは、「はい、同意得ました。もうキャンセルはききませんよ」と、悪徳訪問販売員みたいな台詞を口にした。
「転生後も地球人だった時の記憶が引き継がれますので、ご心配なく。あちらも、地球人とよく似たオスティア人が支配している世界ですし、有沙さんはゲームをプレイしておおまかなことはご存知だと思いますから、あちらのシステムに戸惑うこともないでしょう。もし疑問があれば、現地の精霊たちにお訊ねください」
「はぁい。ありがとうございまーす」
変わらず、夢だと思い込んでいる有沙は、元気いっぱいの笑顔で答えた。
(そっかー。さっきは死にかけて焦ったけど、こんなに楽しい夢が見られたなら、むしろツイてるかも。最高のクリスマスプレゼントじゃない?)
まるでラビサーの続きをプレイしている気分で、有沙は一人でニンマリした。夢の中だからか心臓も痛くないし、呼吸も苦しくない。かつてないほど体調も気分も良かった。
「他に希望はございますか? 精霊王ですので見た目はいかようにも変えられますが、引継ぎする時代は選べますよ」
「引継ぎ?」
「ええ、前任者がおりますので」
「先代の精霊王がいるってことですか?」
「まぁ、精霊王はあちらの世界に、必須の存在ですから……」
「私に引き継いだ後で、前任者はどうなるんですか?」
「さぁ? また別の世界に転生するんじゃないですか? そもそも前任者が引退を申し出たため、新しい精霊王が必要になったわけですし」
「普通はオスティアの精霊から、精霊王が生まれるんじゃないんですか?」
「体はオスティア産でも、魂は再利用するものですからねぇ。地球でも最近しきりに言っていますよね、3Rでしたっけ。リデュース・リユース・リサイクル!」
「よく知ってますね……」
「ええ。私は他世界へ地球の魂を送る専門の係なので、地球内でリユースされる魂に関してはノータッチなんです。だから普段は暇なんですよ。で、まぁ、ちょいちょい地球のニュースや動画を見ているんです。アメリカのドラマとかイギリスのオーディション番組とか、好きですねー。あっ、日本のアニメも大好きです」
「……何の話でしたっけ」
「引継ぎする時代の話です。精霊王ですから時間の制約もありません。ただ前任者が消えるのと同時に誕生する必要があるので、タイミングを合わせないといけません」
「なるほど……」
(すごいなぁ。我が夢ながら、メッチャ設定が凝ってるなぁ……)
「あ、まだ夢だと思ってますね? ……まぁ、いいです」
色気たっぷりの美女ガイドは、「はぁ」とアンニュイなため息をつき、「それで、いつの時代にしますか」と言った。
「オスティア自体は今、地球時間では二十億才くらいですが、オスティア人の文明が興ったのは約二万年前です。暦が生まれたのはかなり後で、旧暦と新暦に分かれており、旧暦が約五千年、新暦は現在千五百年まで進んでおります」
有沙は即挙手し、「じゃあ私、アリッサと同じ時代がいいです」と言った。
「いきなりそこ行っちゃいます? もっと前の時代にして、精霊王としての暮らしに慣れておいた方が良くないですか?」
「慣れておいた方がいいですか?」
「いえ、精霊王なのでほぼ何でもアリって言うか、まぁ、あちらで不便を感じることはないと思いますが……」
「ですよね? あ、でもたしかに、いきなり本シナリオに入るのは緊張するかも……」
「でしょう? ですから、ええと、アリッサ・セルヴィッジが誕生するのが新暦五〇八年なので、旧暦二〇〇〇年くらいから、どうですか」
「えっ、じゃあアリッサが生まれるまで、五百年以上待つってことですか?」
驚く有沙に、マリリンは「いいえー」と邪気のない笑顔で答えた。
「さっき言ったでしょう。旧暦は約五千年ありますから、アリッサが誕生するまで三千五百年ありますねー」
第三話につづく
次回の更新をお待ちください。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。