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一人二役の精霊王さま  作者: I*ri.S
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第十九話

「一人二役の精霊王さま」第十九話です。

本作は毎週火曜日の更新を目標にしています。

 翌朝。セルヴィッジ侯爵夫妻は娘と共に、今度は魔塔を訪れた。

 王都は東西南北、四つの区に分けられている。

 港に面した南地区は、交易、商業の街として賑わっている。テネーブル宝石店があるのもこの南地区だ。商いに属する市民も、その多くが同地区に居住する。

 北地区は北部の国境地帯と近いため、王国軍の城塞が高い国境壁を見下ろすように建ち、城下町には一般市民も住む。北部を治めるフェアクロフ辺境伯の城が国境壁の西端にあり、伯爵領内には手工業を生業(なりわい)とする職人が多く住んでいる。

 次いで西地区だが、ここには上級貴族が多く住んでいる。北地区と西地区の境界に王宮があり、その王宮を頂きにして、公爵家などの邸宅が階級順に、南下しながら建っている。セルヴィッジ家もこの一角にある。

 最後の東地区。ここには西地区に居を構えることが叶わなかった下級貴族が住み、さらに南地区との境界に聖教会、北地区との境界に魔塔がある。

 西地区ほど洗練されてはいないが、東地区も相応の整備はされているため、道は良い。王都を東西に横断する大通りには連日出店が並び、貴族と平民、双方を対象にした商品を売っている。

「フルーツの砂糖漬けはいかがかねー。甘くて美味しいよー」

「北部で採れた高山茶はどうかねー。ハーブとフルーツがブレンドされていて、香りも最高だよぉー」

 呼び子たちの元気な声は、馬車で移動中の有沙の耳にもしっかり届いた。

(あーっ、フルーツの砂糖漬け、食べたい! お茶も美味しそう! ってか、今度エドガーかエレノア誘って、この辺りで沢山買い物したい!)

 透明リディアの姿で公爵夫人と向かい合って座り、有沙は心の中で絶叫した。

(よく考えたら私、精霊王になってから、全然買い食いとかしてないし! せっかく体力無限大な体に生まれ変わったのに! 精霊王だから、買い食いし放題なのに!)

 どうせあと十年くらいは、アリッサが成長するまでろくに侯爵邸も出られない。侯爵令嬢役をこなすことも悪党の一味を捕まえることも、どちらもとても大事で重要な責務ではあるが、せっかくの異世界転生、第二の人生をもっと謳歌すべきではないのか。窓外の景色を眺めながら、有沙は改めてそう思った。

 そんな世俗的な精霊王の隣には、今回めずらしく、ノーミーデスのフレイヤが同行していた。

 結局エドガーには、ロイの村へ行ってもらった。

 有沙が別の精霊に同行を頼もうとしたところ、普段あまり声を上げない土の精霊が、真っ先に名乗りを上げた。

「精霊王様! 魔塔には、私を連れて行ってください!」

 有沙も他の精霊たちも驚いたが、フレイヤとしては、どうしても魔塔主のファーカーに会い、その本性を見極める心づもりらしい。

「もし彼が本当に魔族と契約したのならば、その者の土属性を無効にしたいのです。人族と魔族の争いに興味はありませんが、そんな種族間の諍いや(はかりごと)に、私の土魔法が悪用されることが耐えられないのです」

 一本気で正義感の強い、フレイヤらしい言葉だった。

「我々の属性を失って無属性になったとしても、魔族と取り引きした彼は、暗黒魔法は使えるでしょう。いっそ精霊王様のお力で、全属性を奪っても良いのでは」

 フレイヤはそう言ったが、有沙としては、まだ会ったこともない魔塔主相手にそこまでするつもりはなかった。

(まあ今日は、魔塔のテストを無事にやり過ごすことが目標だし……)

 有沙は向かいに座るクラリスと、その腕に抱かれて眠るアリッサを見た。

(どうか、この作戦がうまく行きますように……)


       ***


 ラビサーをプレイしていた当時、有沙にとって魔塔とは、黒いローブを羽織った魔導士たちが大勢うろついているだけの、王都の中の一施設にすぎなかった。

 あまり重要な場所ではなかったため、ゲームをプレイ中は数えるほどしか来なかった場所だ。

 しかし改めて現実の魔塔を訪れると、その威圧感ある外観と門前から感じる重苦しい空気は、ここがただの魔法研究所ではないことを感じさせた。

 侯爵夫妻にとっても、あまり馴染めない場所なのか。

 昨日の教会での態度とは打って変わって、今日は二人とも顔が緊張でこわばっていた。夫人の腕の中にいるアリッサ(ルーチェ)だけが、呑気な顔で微笑んでいる。

 高い石の壁に囲まれた魔塔の敷地に入る出入り口は一ヵ所のみ。そこは馬車では入れない狭さで、有沙は他人事ながら、「大きな荷物とか、どうやって運び込むんだろう」と思った。

「ようこそおいでくださいました。セルヴィッジ侯爵様と奥様」

 門の前に立っていた黒いローブ姿の男が、感情の読めない張り付いた笑顔で、侯爵夫妻に挨拶をした。

 剃髪しているが、年は三十そこそこに見える。しかしこの男も魔塔主と同じで、実年齢はもっと上なのかもしれない。

(後で鑑定魔法かけてみようかな……)

 そんな企みをしながら、有沙は緊張顔のフレイヤを見た。

「フレイヤ。大丈夫?」

「はい」

 土の精霊はそう答えたが、その顔色はとても平気そうには見えなかった。

「私は次席魔導士のヘイロンと申します。今日の案内係を務めさせていただきます」

「ああ、よろしく頼む」

 トマスが堅い声で応じ、クラリスは黙って夫の後ろに立っていた。

「本日魔力検査を受けるのは、お嬢様お一人です。どうぞこちらへ」

 厚さが二〇センチはあるだろう重そうな鉄の扉が開き、ヘイロンが先導した。

 門を通ってすぐにまた、第二の門が現れた。

「申し訳ございませんが、従者の方たちはここでお待ちください」

 ヘイロンの言葉に、付き添ったラッセルが「何だと!」と声を荒げた。

「何か問題でも? 教会でも同様の対応だったと思いますが」

「ラッセル。言われた通りにしなさい」

 ヘイロンの言葉に重ねるように、トマスが部下に命じる。ラッセルは渋々といった顔で、「分かりました」と引き下がった。

(なーんか、空気悪いなぁ……)

 有沙の感想を読んだかのように、隣にいたフレイヤも、「何だか、嫌な雰囲気の場所と人ですね」とぼやいた。

「前に来た時は、こんな暗い空気の場所ではなかったはずですが……」

「えっ。フレイヤって、魔塔に来たことあるの?」

「はい。私がこの国の魔塔に寄ったのは、千年ほど前ですね」

「そっかー……。千年も経てば、きっと感じも変わるよねぇ」

 有沙が遠い目で答えると、フレイヤは「まあ、そうですよね」と周囲を見回しながら言った。

「あの、精霊王様」

「うん?」

「あの、しばし私一人で、単独行動をとってもよろしいでしょうか」

「え、どうしたの?」

「この建物の中を、いろいろと調べて回りたいのです。今日は魔塔主は留守のようですが、じつはエドガーにも、自分の代わりにと、魔塔の内部調査を頼まれておりまして」

「えっ、そうだったんだ。えっと……。その、アリッサたちがこの中にいる間は、できれば一緒にいて欲しいんだけど……」

 有沙が不安そうに訴えると、気さくな土の精霊は、「分かりました」と笑顔で応じた。

「ここの調査は、アリッサの検査が終わってからにします」

「うん。ごめんね、頼りない精霊王で」

「まさか! こうして我々を頼ってくださるのは大変光栄ですし、正直嬉しいです」

 どうやら本心らしく、フレイヤはニコニコしながら言った。

「前の精霊王様は、いつも泰然自若としていらっしゃったのですが、ええと、何と申しますか、そのぶん、行動力と覇気に欠けていらして……。我々も各々の役目をこなすだけの日々で、張り合いに欠けると言うか……」

「あー、ほぼニートだったよね、前の精霊王は」

「ニートが何かは存じませんが、必要以上に動くことを嫌っておられたので。今の精霊王様は、フットワーク軽くいろいろと活動されるので、配下の我々も働き甲斐があるというものです」

「そっかー。ほぼ自分のやりたことしかやってないけど、そう言ってもらえると、私も嬉しいよ」

 次席魔塔主、侯爵夫妻とアリッサ、その後ろを付いていきながら、精霊王と土の精霊はにっこりと笑顔を交わした。

 二つ目の門から殺風景なアプローチを進み、正面の一番大きな建物に着いた。

 何階建てなのかも不明な高い円柱形の塔の戸口で、ヘイロンが片手を高く翳すと、扉は内側から自動で開いた。

「どうぞ、中へ」

 次席魔塔主の案内に従って、三人+二精霊は塔の一階に入った。

「恐れ入りますが、もしも魔道具の類をお持ちでしたら、ここで係の者にお預けください」

「なぜだ」

「お嬢様の魔力測定を行う際に、我々の魔道具と侯爵様がお持ちの魔道具が共鳴し、思わぬ誤作動を起こす虞があるためです」

 ヘイロンの説明はもっともらしいものだったが、トマスは納得しなかった。

「魔道具同士が共鳴して誤作動を起こす事故など、私はこれまで聞いたことがない。本当に預ける必要があるのか?」

「念のための処置でございます」

 ヘイロンも譲らず、仕方なくトマスは、腰に差した剣と肘当て、そして指輪を外した。すかさず待機していた黒ローブの男が、大きな長方形のトレイを掲げ、トマスのそれらを受け取った。

「君は何を着けてきた?」

 夫に問われ、クラリスは「この指輪と……腕輪だけですわ」と言って、それらの装身具を外して夫に渡した。

 トマスの剣とクラリスの腕輪は、エレノアが直接授けた品だ。それらを一時的でも奪われたことで、二人の表情はより一層、厳しく険しくなった。

 一階には、上階に繋がる階段と二つの扉があった。

「では侯爵様と奥様は、こちらの扉からお入りください。お嬢様は、こちらへ」

 ヘイロンは右手の扉を夫妻に示し、アリッサを彼らから受け取ろうとした。クラリスは反射的に、魔導士の手から娘を庇うように身を捩ったが、それをトマスが制した。

「大丈夫ですよ、奥様。検査はすぐに済みますし、ご両親にもその様子をご覧いただけます」

 ヘイロンは顔色を変えることなく、落ち着かせるようにクラリスに言った。

 他の魔導士が右の扉を開け、夫妻に中の様子を見せる。

 二つの扉は、中で一つの部屋に繋がっていた。だが、部屋は中央部分で透明の厚いガラスにより分断されており、右のドアから入った者がガラスの向こうへ行くには、いったん部屋を出て左のドアから入るしか方法はない。

「なぜ、こんな形の部屋に……」

「本来魔力検査は、我々魔塔の者たちだけで行っておりました。しかし測定器の出した数字に対して、ご不満を抱く親御様が後を絶ちませんで。検査の様子を間近にご覧いただき、何の不正も行われていないことをご理解いただこうと、こういう形になりました。苦肉の策でございます」

「間にガラスの壁を作った理由は?」

「誓って申し上げますが、検査に痛みや不快感などございません。ですが、検査中に泣きだすお子さんも多いのです。そうするとまた、騒ぐ親御様が多くいらっしゃり、時に検査の妨害もされかねませんので。その対策としての壁でございます」

 ヘイロンの説明は、いちいちもっともだった。

 だったが、その声色と口調、張り付いた笑みのせいだろうか。言葉も態度も、何もかもが胡散臭く、聞く者の不安を煽ってきた。

 しかしここまで来て、検査を受けず帰れるはずもない。

 縋るような目で自分を見る妻の顔を見つめ返し、トマスはその細い肩をそっと抱き寄せた。

「大丈夫だ、クラリス。彼らを信用しよう。彼らも我々と同じく、ウィスタリアに仕える王国民なのだ」

「……はい」

 不安を拭いきれないまま、クラリスは腕の中の我が子を次席魔導士に預けた。ここでヘイロンが、ニタリ、と本物の笑みを浮かべた。それはこれまでで、一番不気味な反応だった。

「ちょっ、ちょっ、フレイヤァ~。このヘイロンって男、めっちゃキモイんですけどーっ」

「……同感です。ですが精霊王様。そんなにこの者が信用できぬのなら、例の【マインド・リーディング】を行えば良いではないですか」

「あ、そうか!」

「早くしないと、アリッサが連れて行かれますよ」

「わーっ、わーっ、ちょ、待って、待って。ちょっとだけストップ!」

 念話で会話しながら、有沙は慌てて時間魔法をかけた。

 これは精霊王のみに許された無属性魔法の一つで、「ストップ」とは言ったものの、実際には時間の停止ではなく、時間速度の鈍化である。

 つまり時間は流れているが、水道の蛇口をひねって出る水の量を変えるように、流れる時の量を絞ることにより、従来の時間速度を、百分の一ほど遅くできるのだ。一秒が百秒に変わるため、有沙の目には、周囲がほぼ止まっているように見える。

 全員が超スローモーションで動く中、有沙は素早く、ヘイロンの心を読んだ。

 そして返ってきた回答を見て、「こ、これはっ……!」と、驚愕に目を見開いた。


       ***


 すっかりお馴染みとなった、ステータス表示の画面。

 有沙はそこに、対象を「次席魔導士ヘイロン」とし、「セルヴィッジ侯爵家とアリッサへ対し、良からぬことを考えてはいないか」と入力した。

 それに対する、ヘイロンからの返答は以下だった。

「良からぬこと? 滅相もございません。私は王家と国家に忠誠を誓った王国民です。以前からセルヴィッジ侯爵様の武勇と公明正大なお人柄は存じておりましたから、お会いできる今日この日を、心待ちにしておりました。お噂通り、侯爵様は大変ご立派な武人であらせられ、夫人は美しく貴婦人そのもの。またこのアリッサお嬢様は、お二人の資質をしっかりと受け継ぎ、非常に愛らしく聡明そうなお子でいらっしゃる。これまで何百何千人という赤子を検査してきましたが、これほど美しい御子は初めて見ました。ネイト司祭から、アリッサ様はとても特別な御子だから、くれぐれも粗相のないよう丁重に接するように、と言われたのですが、彼の言葉の意味がよく分かりました。この方が放たれている魅力と温かな光は、まさしく聖女そのもの。おそらく今から行う検査でも……」

「え! ちょ、ストップ! いや、キャンセル!」

 有沙は慌てて返信文を止めて、「ネイト司祭!?」と素っ頓狂な声を上げた。

「ちょ、フレイヤ。このヘイロンって人、じつはメッチャいい人みたい! あと、ネイト司祭の知り合いらしいよ!」

「ネイト司祭の?」

「うん、どういう知り合いか、今から聞いてみる!」

 有沙はすぐに、「ネイト司祭とはどういう関係ですか」と質問した。ヘイロンからの回答は早かった。

「ネイト司祭は私の従弟です。父親同士が兄弟でして、地方の小さな家門の出です。偶然にも同時期に、双方の家から魔力値の高い息子が生まれ、それぞれ教会と魔塔に入りました。立場と属する組織は違えど、彼とは昔から兄弟同然に育ったので、今も定期的に会っているのです」

「えー、そうだったんだー」

 有沙はさらに、「ちなみにネイト司祭は二十二歳だったけど、ヘイロンさんはおいくつですか」と好奇心で訊ねた。ヘイロンからはすぐに、「二十五歳です」という返事があり、有沙は「え!」と声を上げた。

「マジか……。ごめん、もっと上だと思ったわ……」

 しかし、彼が優秀な魔導士であることは、これで確実となった。家門の後ろ盾もなく、二十代で魔塔のナンバーツーになれるのだ。かなりの実力者であることは間違いない。

「精霊王様?」

 隣のフレイヤからの訝しげな視線に気づき、有沙はハッと我に返って、「あははは……」と意味なく笑った。

「えーっとね。ヘイロンさんはネイト司祭の従兄で、今も仲良しなんだって。セルヴィッジ侯爵家に対しても、まったく悪意はないみたい。むしろすごく好意的。あと、意外と若かったよ。まだ二十五歳だって」

「その若さで次席魔導士なのですか?」

「そうだよねー。びっくりだよね」

 とりあえず有沙は、「見た目の印象だけで疑ってごめん」という謝意を込めて、ヘイロンが最近気にしている、視力の低下を治癒してやった。せめてもの償いだ。

 安心したところで、有沙は時間を元に戻した。

 そしてアリッサの測定検査は、滞りなく平和に終了した。

 有沙が測定した時と同じく、アリッサの魔力測定の結果は二〇〇という、人族としては高すぎる(あたい)だったが、これに関しては致し方ない。さらに属性は光。この点は教会とも一致する。

「結果が出ました」

 クラリスに娘を返し、ヘイロンはニタリと不気味に笑った。

「アリッサお嬢様の魔力値は二〇〇でした。おめでとうございます。これは驚異的な数値ですよ」

 どうやらこの善人は心底嬉しい時、こういう胡散臭い笑顔になってしまうらしい。「損しているなぁ」と思いつつ、有沙は結果を聞いた夫妻の方に注目した。

「二〇〇……!」

「そんな……」

 予想通り、セルヴィッジ侯爵夫妻の動揺は大きく、また落ち込み様もあからさまだった。

「……ちなみに他の貴族の子では、どのくらいの値が普通なのだ」

 トマスの問いに、ヘイロンは「そうですね……」と顎を掴んで考えた。

「アリッサお嬢様と同じ月齢のお子様ですと、だいたい五〇から一〇〇くらいでしょうか」

「これまでで一番数値の高かった子は?」

「王太子のジェイデン様です。数値についてはお伝えできませんが、アリッサ様に引けを取らない数字です」

「……ではうちのアリッサは、王太子と同じくらいの高い数値だった、ということか」

「左様ですね。さらに申し上げるならば、アリッサ様の方がわずかに上回っております」

 その答えに、トマスとクラリスは重い表情で沈黙した。

「お喜びではないのですか? ああ、王族の数値を越えてしまったことで、不敬にあたるのではと危惧されておられるのですか?」

「……まあ、そうだ」

「そうですねぇ……」

 トマスの答えに、ヘイロンも真顔で考えた。

「では、アリッサ様の数値をジェイデン様と同等にまで下げて、王室に報告することにいたしましょう」

 この発言には、侯爵夫妻のみならず有沙たちも驚いた。

「そんなことが可能なのか?」

「申し訳ありませんが、確約はできません。私の役目は今回の検査結果を、魔塔主にありのまま報告することです。しかし魔塔主から、侯爵様から何かしらご要望があれば、それをしっかり聞いておくように、とも命じられております。侯爵様がそのような形をお望みならば、あの方もそのご希望に沿うことは厭わないでしょう」

「それはこちらとしても有り難いのだが……。だがなぜ、魔塔主が我々にそのような配慮を……」

「理由は存じません。これまで魔塔主が、このような特別扱いをしたことはございません。魔塔に多額の献金をしてくださっている貴族に対しても、忖度など一切なさいませんでした」

 ヘイロンの正直な返答に、トマスは真面目な顔つきで「うむ」とうなずいた。

「理由は分からないが、魔塔主の配慮には感謝する。くれぐれもよろしく伝えてくれ」

「はい。魔塔主は今夜お戻りの予定です。王宮への報告は明日行われます。詳細を手紙でお知らせした方がよろしいでしょうか?」

「そうだな。そうしていただけると有難い」

「かしこまりました」

 ヘイロンはそこで、夫妻に対し恭しく腰を折って礼をした。そして自分をじっと見つめるアリッサの視線に気づくと、わざと変顔をして「ベロベロバァ!」と言った。

 夫妻は面食らったが、アリッサは「キャッキャ」と明るい声を上げて笑った。


       ***


 夫妻が塔から出ると、ラッセルと部下たちが待ちかねた様子で彼らを迎えた。

「侯爵様! いかがでしたか?」

「……うむ」

 トマスは妻と視線を合わせ、「何事もなく終わったよ」と答えた。

「あの案内役の次席魔導士も……誠実な人柄だった」

「ええ。子どもがお好きなようでしたね」

 穏やかな笑顔を見せる侯爵夫妻を見て、部下たちもホッと表情を緩める。

「うん、良かった」

 馬車に戻る侯爵家一行を眺め、有沙はそこで、隣に控える土の精霊を見つめた。

「それでフレイヤは、このままここに残るの?」

「はい。魔塔主も今夜戻るそうですし、しばらくここに留まって調査を続けます」

「そっか、分かった。気をつけてね。私に手伝えることがあったら、いつでも手を貸すから」

「恐れ入ります。調査結果はあらためて報告に参ります」

「うん。私は今から、ロイさんの村へ行ってくる。エドガーもいるはずだから」

「はい。いってらっしゃいませ」

 そこで有沙はフレイヤと別れて、ロイの村へ飛んだ。


 第二十話につづく

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回の更新をお待ちくださいませ。

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